2005年8月31日水曜日

「Ishkar」 scene 11


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差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年九月十九日 〇時十五分二十秒
宛先:    増田考志
件名:    
 増田くん、元気? 栄です。私は昨日、熊本から帰ってきました。増田くんも、もう京都に帰ってるよね。よかったら、今度の火曜日、一緒に飲みませんか?
 まさか、まだ北海道にいたりなんかしないよね。この前一度、聞きたいことがあってケータイにメールしたんだけど、返事ももらえなかったし。最近連絡ないし。どうしてるんだろう、と、ちょっと心配しています。
 それから、もしまだ北海道にいるようなら、お土産はチョコがいいなー、なんて思ったり(笑)。いろんな話も聞かせて下さいね。楽しみ。じゃあ、またね。

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 暑い盛りを歩いてくぐり抜けてきた。今、日は大空の西に傾き切って、仄白んだ青に懸かりながらゆっくり落ちてきている。
 取材旅行に来ていた男は、恵庭の駅で降りた。水橋も新千歳空港までは行かず、千歳の駅で電車から降りた。まだ九時前だった。それからはずっと、千歳市の中で時間を過ごしている。
 駅前のロータリーは広く、その右側、交差点の角になったところに、スカイグレーの四角い建物が建っていた。敷地面積も大きくなく、こぢんまりとしていて、壁の下の方に横一直線に並んでいる窓ガラスには、何の装飾もされていない。建物の角になったところに、有名衣料品店のロゴなどが並んでいることから、ショッピングモールか何かだろうと推測された。雪が積もらないように縦になった信号。その向こう側の中空を、建物と同じスカイグレーの連絡通路が横切っていて、その壁にも横一直線にガラスが並んでいる。
 信号が青に変わり、まだ誰もいない連絡通路の下を、何台かの自動車が通り抜けていく。その流れに沿って、水橋も横断歩道を渡り、通路の下をくぐり抜けた。建物の陰は涼しく、剥き出しの首筋や両腕には、どこかひんやりと冷たかった。
 それから、どこをどう歩いたのか。水橋にはよくわからなかった。ビジネスホテルなどが立ち並ぶ街の中心部には、土曜日だと言うのにスーツ姿の人たちもいた。その中を、肌にぴったりと吸いつくようなタンクトップとズボンを着て、淡い色の茶髪に白いエクステを付けた女性が二人、のんびりとした足取りで歩いてくる。そして、そのままの足取りで、水橋とすれ違う。見渡す限り、道を行き止まりにする山などは見えない。時々、建物の向こうに、不穏な形をした小山が頭を覗かせるだけだ。広々とした朝の光景の中、人々は歩いていた。歩いていて、そこにいた。
 水橋は、少し進んでは角を曲がり、また進んでは角を曲がって、どんどん奥の方へと入っていく。いつの間にか、日は青空の真上近くに昇っていたようだ。突然目の前に現れた中学校のグラウンドでは、陸上部だろうか、炎天下のトラックを何周も走っている集団がいた。砂の舞う地面の上、いくつもの身体と足音、そして全員のかけ声が、遠ざかっていく、ゆるやかなカーブを描いて戻ってくる、しばらく真っ直ぐ走ってきて、またこちら側でカーブを描きつつ、もう、次第に遠ざかっている。そのグラウンドの辺縁をかすめるような気持ちで、水橋は中学校の前の歩道を歩いていく。
 それからまた何回か曲がりながら進むうち、道の際に立つ建物は再び大きくなってきて、水橋は幅の広い通りに行き当たった。横断歩道を渡りきった向こう岸は、民家の立ち並ぶ住宅地だった。この景色ならバスの中から見たことがある、と水橋は思う。新千歳空港から札幌に向かうバスの中から、水橋はこれに似た景色を眺めていた。アメリカの開拓時代の形式を取り入れた民家は、傾斜の急な屋根と造りの頑丈な窓ばかりが目立ち、四角ばった建物それ自体はかえって小さく感じられた。バスから見ていると、それらはまるで、規則正しく立てて並べられたマッチ箱のようだった。
 建物に対して庭や空き地があまりにも広いことも、バスから見ている水橋の目を引きつけた。それは、家が庭を持っていると言うよりは、あてどない風土の上にかろうじて家が乗っている、といった感じだった。バスが千歳市を過ぎて恵庭市に入った時、水橋はその広すぎる庭に生えているイトススキに気がついた。しずかな風に揺られながら、その細い細いススキの群生は、今にも夕暮れにかき消えてしまいそうだった。
 今、その時の景色が目の前にある。歩きながら見る家も、やはり四角ばっていて小さく感じられたが、その小ささは、重かった。急な屋根と頑丈な窓との重みを抱えて、分厚い壁の内へ内へと力を蓄えていく、そんな印象を受けた。冬には、この家の庇からも長くつららが垂れ下がるのだろう。水橋は、二月の石狩で見た、雪に埋もれた暗い民家を思い出した。あの時、僕は歩いていた。そして今も、歩いている。
 二、三軒先の家のガレージから、オレンジ色の原付を押して女性が一人、出てきた。銀色のヘルメットの円い輪郭が、日差しをまぶしく弾き返している。女性は、水橋の方を少し見た。水橋と同じで、大学生のようだった。軽く会釈を交わした後、女性は原付にまたがると、エンジンをかけ、そのまま道の上を向こうへと走り去っていった。少ししてから、一台の自動車が水橋の横を通り抜けた。自動車は、原付の走りに吸い寄せられるかのように、その後をついていく。二つの後ろ姿は、ともに小さくなり、やがて影かスピードそのもののようになって、道のずっと遠くで一つに重なった。その同じ道を、水橋も自分の足で、歩いていく。
 何かの音が聞こえた気がして周囲を見回したが、辺りには、広すぎる庭で揺れる草以外、動くものは何も見当たらない。水橋は、また前を向いた。自分が鼻歌を歌っていることに気がついたのは、その時だった。

 暑い盛りを歩いてくぐり抜けてきた。今、日は大空の西に傾き切って、仄白んだ青に懸かりながらゆっくり落ちてきている。
 昼過ぎには汗ばんでいた肌も、もう乾いている。足取りは少し重く、身体全体を、ほどよい疲れがやさしく包む。目に映る光景は、どこか遠く、涼しかった。弱まった日差しは、今はオレンジ色の淡い光となって、そこにある草を、家を、道を、木を、人を、車を、雲を、電信柱を、犬を、空を、靴を、そして声や音までも、果てしなく水平に照らしている。澄み切った夕べの空気が、水橋の腕をさびしくさせた。あらゆるものの輪郭は、黄昏のほの暗さに紛れるどころか、むしろ鮮やかに縁取られて佇み、佇みながら、しずかな光を放っていた。そして、その光の中で、輪郭は溶け出すようにほどかれていく。風が吹いていた。風は、かすかに色づいていて、まぶしかった。
 僕は今、ここで、一人でいる。風を受けて歩きながら、水橋はそう感じ取っていた。目を瞑り、深呼吸する。息を吐き出すと、自分もほどかれたように軽くなった。そして目を開ける。景色はさっきと変わらず、そこにあった。そこにあって、風に揺れていた。そのことが、水橋にはこの上なくうれしかった。
 駅へと帰る途中だった。鼻歌はいつしか止んでいた。それに気づいてふたたび歌い出そうとしたものの、水橋は、自分が何を歌っていたのか、うまく思い出せなかった。のびやかで、逞しい歌だったと思う。一日目、バスが山の中を走っているくらいの時分に、その歌が湧き上がるようにして聞こえてきた。今朝の電車の中でも、いつからか断続的に聞こえていた気がする。とは言え、これらの記憶ももちろん、後からでっち上げられたものなのかもしれない。水橋はその危険性を十分知っていた。しかし、さっきまでその歌を歌っていたという、自分の胸に残るこの感覚だけは間違いではない。決して間違いではない。水橋はそう信じた。そして、ふたたび目を瞑って、深呼吸をした。
 目を開くと、川が流れていた。道の少し先に、歩道の外側に立った白い手すりが見え、それは欄干でどうやらそこには橋が架かっていて、その橋の下に、川があった。左手から右手へと、川はゆらゆらと輝きながら流れている。幅が広く、色が暗かったが、水深はそんなにあるわけでもないらしい。上から見た限り、川底は平らだった。両岸には護岸工事が施され、二段になった土手を登ったところには、街路樹が横一列に並んで枝を広げている。木々のすぐ向こうには、住宅街が横たわっていた。
 住宅街は、川の向こう側いっぱいに広がっていた。それはまるで、染み出した水が周囲を宛てもなく浸していったような広がり方だった。そのため、水橋には、街路樹は川の氾濫から家を守っているのではなく、むしろ、家が川の中に流れ込んでくるのをギリギリで塞き止めているのではないか、と思われた。住宅の白と、木々の緑と、空に残る青と、そしてそれらすべてを淡く包み込んでいる夕日のオレンジと。閉じられることのない景色の中、川はその景色さえ通り抜けて、ずっと遠くからずっと遠くまで、止むこともなく流れていた。
 どこから流れてきたのか、どこに流れていくのか。どれだけ見晴らしても、川の両端は見えなかった。風が吹いていた。風は時々、水橋の周りで小さく渦を巻き、散り散りになって風下に消えていく。じっと川と景色とを眺めた後、水橋はゆっくりと歩き始めた。橋の向こうには、犬を連れた背筋の真っ直ぐな老人がいて、こちらにむかって歩みを進めている。水橋とすれ違う時、老人はにこやかにほほ笑んで頭を下げた。水橋も頭を下げた。北海道に来てから初めての、ほころぶような自然な笑顔が、彼の顔から足元の川へと、手紙みたいに落下していった。