* * * * 差出人: 栄安津子 送信日時: 二〇〇四年八月二十八日 二十三時五十七分四十二秒 宛先: 増田考志 件名: Re:お久しぶりです。 > 栄さん、お久しぶりです。増田考志です。暑い日が続きますが、お元気で > お過ごしでしょうか。 > 私はいま、人生で初めて、北海道の大地の上にいます。今日の夕方ごろに > 新千歳空港に着き、そこからは空港バスで、ここ、札幌まで来ました。この > メールは、すすきのの外れにあるインターネット喫茶から打ってます。ホテ > ルをうろつき出て、人に道を訊き訊きこの店まで歩いてきました。すすきの > と聞いて、決して変な想像をしないように(爆)。 > 私が北海道に並々ならぬ愛着を持っていることは、栄さんもご存知でしょ > う。あれほどゼミでも発表しましたしね(笑)。けれど、私が初めて北海道 > に来てみて感じたのは、憧れの地に対する感激ではありませんでした。 > かといって、無論幻滅したわけではありません(笑)。そうではなくて、 > 何と言ったらいいのだろう、私は、言葉を失ってしまったのです。ここ北海 > 道は、あまりにもすき間が大きすぎるのです。そして、ちょうどそのすき間 > にはまり込んでしまったかのように、というか、そのすき間の中で佇んでい > る自分にはっと気づいてしまったかのように、言葉が寄りかかる対象を見失 * * * * 「はい。野坂夕香です」 「あ、……もしもし、水橋孝司です」 「えーっと……。どちらの水橋さんですか?」 「え? ああ、そうか。どう言ったらいいんだろう。昨日の水橋です」 「昨日の水橋さん? ……あ! もしかしてコージくん?」 「うん、水橋孝司です」 「そうだったね。ごめん、忘れてた。なはは」 「あはははは。忘れてたって何やねん」 「いやー、ほんとごめん。で、今どこにいるの?」 「北海道庁の傍の、公園」 「ああ、あの木がいっぱい生えているところでしょ。赤レンガはもう見た後?」 「いや、まだこれから。公園を周ってから見に行くつもり」 「そうかそうか。まだ札幌にいるんだね。で、今晩はどうするの?」 「ああ、そうだ。そのことで電話したんだった。実はもう、ホテルをチェックアウトしてしまってて、今晩泊まるところはこれから探さなきゃいけないんだけど。……よかったら、泊めてくれる?」 「今晩かあ……。うん、いいよ。ちょうど仕事もないし、大丈夫」 「ほんとに?」 「うん。ほんとに。で、待ち合わせ場所とかどうする?」 「いや、それはさすがに野坂さんの都合に合わせる」 「そっか。うーん、そういうこと言われると困るんだけどな。……。じゃ、路面電車のすすきの駅ってわかる?」 「決めさせてごめん。うん、わかるよ」 「そこに夜十時でいい?」 「全然大丈夫。ばっちりやわ」 「オッケー。じゃあ、今晩ね。……ん? 何?」 「何?」 「何か聞こえない?」 「何が?」 「何か、カタカタ言ってる。小さい音で、鳴ったり鳴らなかったり。いや、鳴ってないんじゃなくて、こちらに聞こえてないだけかな」 「ああ、これは……」 「わかった! ミシンでしょ。あの、足で踏んで輪っかがグルグルグルグル回るやつ」 「足踏み式ミシンな。でも、ごめん、それじゃない。実は今、封筒を持っていて」 「ああ! その中にミシンが入ってるんだね」 「いや、入ってないって。あ、でも、もしかしたら入っているかもしれないけど。まあいいや。また今晩、そのことも話そう」 「うん。楽しみにしてる」 「急なことでごめんね」 「いいえいいえ。じゃあ、今晩十時に、……どこだっけ?」 「路面電車のすすきの駅」 「そうだね。ごめん、また忘れてた。じゃあね、また」 「うん。また」 ――野坂さん。いま、どこにいるの? ――わからない。暗くて、何も見えなくて、どこだかわからないところにいる。コージくんは? ――僕もわからない。僕のところも同じだよ。自分さえ見えないくらい、暗い。ただ、……何だろう。音が聞こえる。風が吹いていて、草が鳴っていて。で、その向こうから、クツニサ、クトンクトン。クツニサ、クトンクトン。……って。 ――それ、流れていく水の音なのかな。それとも、誰かが杭を打ってるのかな。よくわからないね。でも、聞こえるよ、ここでも。その音が、ここでも聞こえてる。……ねえ、あなたは今、どこにいるの? どんなに遠く離れていても、わたしもたぶん、そこにいるんだと思う。 ――クツニサ、クトンクトン。クツニサ、クトンクトン。 * * * * 差出人: 栄安津子 送信日時: 二〇〇四年八月二十九日 四時二十七分九秒 宛先: 増田考志 件名: Re:お久しぶりです。 増田くん? お久しぶり。メールありがとう。それから、さっきは変な返信をしてしまってごめんね。 北海道、いいね。人生初だったんだ? きっと、今頃やっと感激してるんじゃないかな。おいしいものもいっぱい食べてる? また、みやげ話とか聞かせてね。 そうそう。京都はまだ暑いです。熊本にはまだ帰ってない。学会とかで先生のお手伝いをしたり、色々忙しいからね。それに、院試ももうすぐだから。院試が終わったらまた、帰るよ。 増田くんは就職先が決まってていいなあ~。じゃあね、また。熊本から帰ってきたら、その時飲みましょう。こちらこそ、久しぶりに喋れるの、楽しみにしています。 * * * * |