2005年8月1日月曜日

「Ishkar」 scene 5


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差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年八月二十八日 二十三時五十七分四十二秒
宛先:    増田考志
件名:    Re:お久しぶりです。

>  栄さん、お久しぶりです。増田考志です。暑い日が続きますが、お元気で
> お過ごしでしょうか。
>  私はいま、人生で初めて、北海道の大地の上にいます。今日の夕方ごろに
> 新千歳空港に着き、そこからは空港バスで、ここ、札幌まで来ました。この
> メールは、すすきのの外れにあるインターネット喫茶から打ってます。ホテ
> ルをうろつき出て、人に道を訊き訊きこの店まで歩いてきました。すすきの
> と聞いて、決して変な想像をしないように(爆)。
>  私が北海道に並々ならぬ愛着を持っていることは、栄さんもご存知でしょ
> う。あれほどゼミでも発表しましたしね(笑)。けれど、私が初めて北海道
> に来てみて感じたのは、憧れの地に対する感激ではありませんでした。
>  かといって、無論幻滅したわけではありません(笑)。そうではなくて、
> 何と言ったらいいのだろう、私は、言葉を失ってしまったのです。ここ北海
> 道は、あまりにもすき間が大きすぎるのです。そして、ちょうどそのすき間
> にはまり込んでしまったかのように、というか、そのすき間の中で佇んでい
> る自分にはっと気づいてしまったかのように、言葉が寄りかかる対象を見失

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 「はい。野坂夕香です」
 「あ、……もしもし、水橋孝司です」
 「えーっと……。どちらの水橋さんですか?」
 「え? ああ、そうか。どう言ったらいいんだろう。昨日の水橋です」
 「昨日の水橋さん? ……あ! もしかしてコージくん?」
 「うん、水橋孝司です」
 「そうだったね。ごめん、忘れてた。なはは」
 「あはははは。忘れてたって何やねん」
 「いやー、ほんとごめん。で、今どこにいるの?」
 「北海道庁の傍の、公園」
 「ああ、あの木がいっぱい生えているところでしょ。赤レンガはもう見た後?」
 「いや、まだこれから。公園を周ってから見に行くつもり」
 「そうかそうか。まだ札幌にいるんだね。で、今晩はどうするの?」
 「ああ、そうだ。そのことで電話したんだった。実はもう、ホテルをチェックアウトしてしまってて、今晩泊まるところはこれから探さなきゃいけないんだけど。……よかったら、泊めてくれる?」
 「今晩かあ……。うん、いいよ。ちょうど仕事もないし、大丈夫」
 「ほんとに?」
 「うん。ほんとに。で、待ち合わせ場所とかどうする?」
 「いや、それはさすがに野坂さんの都合に合わせる」
 「そっか。うーん、そういうこと言われると困るんだけどな。……。じゃ、路面電車のすすきの駅ってわかる?」
 「決めさせてごめん。うん、わかるよ」
 「そこに夜十時でいい?」
 「全然大丈夫。ばっちりやわ」
 「オッケー。じゃあ、今晩ね。……ん? 何?」
 「何?」
 「何か聞こえない?」
 「何が?」
 「何か、カタカタ言ってる。小さい音で、鳴ったり鳴らなかったり。いや、鳴ってないんじゃなくて、こちらに聞こえてないだけかな」
 「ああ、これは……」
 「わかった! ミシンでしょ。あの、足で踏んで輪っかがグルグルグルグル回るやつ」
 「足踏み式ミシンな。でも、ごめん、それじゃない。実は今、封筒を持っていて」
 「ああ! その中にミシンが入ってるんだね」
 「いや、入ってないって。あ、でも、もしかしたら入っているかもしれないけど。まあいいや。また今晩、そのことも話そう」
 「うん。楽しみにしてる」
 「急なことでごめんね」
 「いいえいいえ。じゃあ、今晩十時に、……どこだっけ?」
 「路面電車のすすきの駅」
 「そうだね。ごめん、また忘れてた。じゃあね、また」
 「うん。また」

 ――野坂さん。いま、どこにいるの?
 ――わからない。暗くて、何も見えなくて、どこだかわからないところにいる。コージくんは?
 ――僕もわからない。僕のところも同じだよ。自分さえ見えないくらい、暗い。ただ、……何だろう。音が聞こえる。風が吹いていて、草が鳴っていて。で、その向こうから、クツニサ、クトンクトン。クツニサ、クトンクトン。……って。
 ――それ、流れていく水の音なのかな。それとも、誰かが杭を打ってるのかな。よくわからないね。でも、聞こえるよ、ここでも。その音が、ここでも聞こえてる。……ねえ、あなたは今、どこにいるの? どんなに遠く離れていても、わたしもたぶん、そこにいるんだと思う。
 ――クツニサ、クトンクトン。クツニサ、クトンクトン。

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差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年八月二十九日 四時二十七分九秒
宛先:    増田考志
件名:    Re:お久しぶりです。
 増田くん? お久しぶり。メールありがとう。それから、さっきは変な返信をしてしまってごめんね。
 北海道、いいね。人生初だったんだ? きっと、今頃やっと感激してるんじゃないかな。おいしいものもいっぱい食べてる? また、みやげ話とか聞かせてね。
 そうそう。京都はまだ暑いです。熊本にはまだ帰ってない。学会とかで先生のお手伝いをしたり、色々忙しいからね。それに、院試ももうすぐだから。院試が終わったらまた、帰るよ。
 増田くんは就職先が決まってていいなあ~。じゃあね、また。熊本から帰ってきたら、その時飲みましょう。こちらこそ、久しぶりに喋れるの、楽しみにしています。

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