その町へは午後になってから着いた。トンネルを抜けるとバス中の窓に収まりきらないくらいの海が映って、道はゆるやかに下っていた。道が平らになった辺りから、錆びた看板の出ているいくつもの民家があって、僕はそれが旅館なんだとしばらくしてから気がついた。 「この町は海抜0メートルなんですよ」と、部屋に案内してくれた仲居さんが僕に教えた。「だから、あの白い堤防が、わたしたちの命綱なんです。あの白い堤防が」 荷物を下ろしてしまうと、僕は外に出て、バスで来た道を自分の足で歩いてみた。日の光がアスファルトの上で行き場を失っていた。堤防はたしかに他の海岸よりも圧倒的に高く、そして、いやに白かった。僕は骨みたいだと思った。去年の九月、祖父はあのセメントよりも幾分茶色がかった骨になって、長い箸の先でもろくもろく崩れたのだった。 民家の軒先で、三十代くらいの女性が子ども用の半ズボンを干していた。老人が道を横切る。堤防の階段をゆっくり登って、やがて向こう側へ消えてしまった。車は通らない。黒と白のぶちになった猫が、植え込みの中から顔を出して、こちらを見た後また引っ込んだ。制服を着て歩いていく、肌のしなやかな女子中学生三人組とすれ違った。彼女たちは、海のことについて頻りに話していた。しかし、その声は静かで、詳しい内容は何一つわからなかった。車は依然通らなかった。 こんなに低い所に命がある。海風に吹かれ、看板を陽の光に次第に錆びさせながら、それでも生きつづけているいくつもの命がある。そう思いながら、僕は歩きつづけた。頼りないほど白いセメントの壁は、空に向かって垂直に切り立ちながら、人々の命を繋いでいた。一本のひものようだった。 「ここには物語がありません。ここには物語やテレビドラマがないのです。高さがなくて、要約できませんから。そのかわり、ここには生活があります。他愛ないほどの生活があります。昨日から今日へ、今日から明日へ、何の高さも生まない代わりに、いつまでもつづいていく穏やかな道があるのです」 「しかし仲居さん、道はゆるやかだけれど傾斜していました。それに、ここでも人は亡くなるのでしょう?」 僕は歩きつづけていた。振り返ると、これまでの生活はとても高くて、遠かった。彼らの歩く足場は透明で、曖昧だった。しかし、そのことにも気づかずどこかへと通り過ぎていく。笑い声が聞こえた。彼らは、自分が今海抜何メートルにいるのか、知らない。 「はい。ここでも人は亡くなります」仲居さんは、そう言って不意に窓の外を見つめた。海からは、一筋の煙も見えなかった。「けれど、それも、生活なのです。それも生活なんですよ。あなたは気づきませんでしたか? ここの町の低さは、ちょうどお葬式でご遺体が焼かれる、あの素焼きの台の平らさにそっくりなんです。今朝一人の若者が海で死んで、昨日の真昼にある家で双子が生まれました。さて、ところで今晩のお食事は、いつごろになさいますか?」 その日は、散歩から返ってきて、夕飯を食べて寝た。夕飯は伊勢海老で出汁をとった味噌汁と、刺身、山芋の煮付け、そしてご飯と茶碗蒸しだった。うまかった。僕はただ満足して、さっぱりした布団にもぐり込んだ。電気を消して何回寝返りを打ってみても、明日の予定は、何も決められそうになかった。 |
2004年7月21日水曜日
小説 海抜0メートルの午後
2004年7月15日木曜日
散文のお稽古 「愛してる。」
「何もない。何もない。何もない。」とつぶやいて目を開くと、うそを見たような気分になった。真っ白な天井があった。丸い目の端の方に、スチールラックが映り込んでいた。もう一方の端には、濃紺のビニールバック。紐で閉じられるようになった口の辺りが白くて、そこからショッキングピンクの丸い紐が出ていた。去年の夏に、ある女の子バンドのツアーに行った時に買ったのだ。一年間という時間が、白い部屋の中にやってきて、滞った。ちょうど、一日五回目の中に入れる軟膏みたいで、その軟膏っていうのは下まぶたをめくって確認すると、いつでも精子みたいにどろっとしてるのだ。僕は起き上がった。閉じたままの左目が痛んで、時計を見ると午後九時だった。 片目で見ると、世界というのは平坦になる。そして端のほうだけ丸くなる。そんな発見もまた平坦で、僕はかるくバランスを崩しかけた。自転車に乗るのはやはり怖かった。身体と空間とを忘れていて、怖さを感じないから。たとえば、今夜みたいな夜道の途中、歩いている人とすれ違う時とかに。 書店に着くと、僕は店内をさっと見渡した。いろんな人がいた。いろんな洋服があった。セルリアンブルーのノースリーヴのシャツに、黄色のスカート。肌が白くて髪が黒い女だった。黒いTシャツにジーンズにサンダル。眉が濃く顔も浅黒いやせ型の男だった。店内は蛍光灯のせいで白かった。すぐに音楽雑誌の棚にむかった。 通路には何人か人が立っていて、そこを足早に通り抜けて棚の前に立つ。正面から棚の方を向こうと、足を使ってターンすると、僕は途方にくれてしまった。たくさんの雑誌があったのだ。首を振ってぐるっと見渡すと、たちまち面倒くさくなってしまった。 例の女の子バンドの載っている雑誌を二冊重ねてレジまで運んだ。一方のレジには客がいて、もう一方のレジでは若い女性の店員が書き物をしていた。そちらの方を向き直った時に一度ぐらっと来た。八九〇円だった。千円出しておつりを貰った。 店から出る時、話題の本のコーナーを通り過ぎた。その時僕は顔を棚の方(僕の身体の左側だった)に向けた。一冊の本が目に入った。小説だった。手に取ってページをめくると、「博士はそれを愛していた」という言葉が書いてあった。僕は鼻で笑って、すぐに本を棚に戻した。出口の方に向き直る時にまた一度ぐらっと来て、僕は口の中で「ファック」とうそぶいた。 店の外に出ると、夜は相変わらず暗かった。自転車を探した。街灯はぼんやりしたオレンジ色で、見当違いの辺りを照らしていた。左右に首をぐるっと回し、人がいないのを確認してから、道に踏み出していく。自転車の鍵を外そうとうつむいた拍子にまた左目が痛んで、僕は「愛してる。」という言葉について考えた。「愛してる。愛してる。愛してる。」と三回つぶやくと、それはうそになるらしい。それならば、「愛してる。」はとてもかわいそうな言葉だ。そう思った。自転車を用心深くこぎだすと、僕は途端にさびしくなってしまった。 平坦な交差点を横断する最中に、向こうから来た自転車二台とすれ違ってバランスを崩した。けれど、足はつかなかった。交差点を今度は横に渡るために、信号待ちをする。白いノースリーブに黒いストレッチパンツをはいた女性が立っていた。僕は書店のことを思い出し、本の中の「博士」を嫌悪した。京都の夜空は黒くて、交差点は涼しかった。誰か、「愛してる。」という言葉を愛してあげられるだろうか。「愛してる。」という言葉さえ使わず、対象の「愛してる。」も、うそにしてしまわないまま。 信号が青になった。自転車をこぎだすと、隣にいた女性がダッシュしてどんどん僕を引き離していった。僕はこれから家に帰って、片目で雑誌を読むだろう。なんとか愛そうとしていたのかもしれなかった。 |
2004年7月12日月曜日
廃業
六月よ 初めてもらった歌のことを 覚えていますか あなたのためだけに書かれ あなたがまだ たどたどしかった淡水の胸元で みんなのために生まれた歌へと 羽化 させなければならなかった あの あなたの双子のことを それは 降りつづく小雨に濡らされた 黒光りする鉄製の削岩機 それは やわらかな毛と毛にくるまれて 丸くなって震えている子ウサギの息 それは 緑の髭の生え初めた原野を 穏やかに渡っていく控えめの風 それは 繰り返し違う名前で呼び直され その度ごとに振り返る夕暮れ そしてあなたの羽でした そしてあなたの羽でした 六月よ 今日は曇っていて京都しか見えない あなたの元を飛び立った双子の 描いた軌跡も 落としていった影も 羽を失ったあなたが歩む 北海道のゆるやかな傾斜も ここからは なんとしても見えないから 痛みつづける左半身を連れて わたしは病室から出て歩き始める 今日は給湯室まで 明日は地下の購買まで そしていつしかどこかの喫茶店で あなたにしずかに追いつかんがために 六月よ わたしの双子よ あの歌の残響の中で あなたがひそかにその身を引いたように わたしもいま 命を捧げた詩の地獄から 手を 離そうと思います だから六月よ これは詩ではない 「自分の足で歩いていきます これはもはや詩ではない 「歌いたい時に また歌えばいい あなたも歩む 詩も歌もない川辺の散歩道の むこう 廃れていく家の 廃れていく庭園で いつか金色の芒が 笑顔みたいにほころびますように (二〇〇四年七月六、七、九日) |
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