2005年4月17日日曜日

celebrate


 工場は今日も動きつづけている。四方を白い布で囲ってあるため、その中で何が行われているのかは見えないが、鉄を断ち、鎚を打つ甲高い音、柱と柱とがぶつかり合い組み上がっていく際の鈍い振動、そして、積み上がっていた何ものかが唐突に崩れ落ちて起こる容赦のない衝撃が、のどかな青空の下、小止みなく鳴り響きつづけている。
 僕は座って工場を見ている。それが、僕に与えられた仕事なのだ。今日も異常は起こりそうにない。僕は明日、ここに来なくていいことを思い出し、今日は金曜日だった、と、いまさらのように気がついた。
 二週間が経ったのだ。行かなかった結婚式から、二週間が経った。四月一日、――あの日、ウェディングドレスを着た栞は、いつも以上に白く滑らかな肌をしていて、その皮膚のむこうからは、凛として引き締まる〝栞〟という存在の確かな重みが感じられた。両の瞳には、「不安と期待」といった月並みな言葉を超えたしなやかな強さと、真っ直ぐに伸びる彼女の道とが映し出されている。……
 これらの光景は皆、友人から聞いた話と、ウェブ上で見つけた何枚かの写真と、あとは普段の栞を知っていた僕が勝手に付け加えたディティールとで、知らず知らずのうちに出来上がっていたものだった。栞の式の最中に、僕は心斎橋で他の新入社員たちと酒を飲んでいた。それは、入社式の後に有志が自発的に開いた飲み会で、同期の中でも来ているのは六割に満たなかった。行かなくてもよかったのだ。僕がいなくても、よかったのだ。
 高校時代、僕と栞は公認のカップルだった。同学年の誰もが知っていて、卒業アルバムにも、二人一緒に談笑している写真が載っている。栞の両親まで、僕らの交際を喜んでくれたし、栞の家で昼食をご馳走になった五月の日もあった。しかし、それらはもう、みんな四年前の話なのだ。僕は、目の前の工場の動きに集中しようとする。いつの間にか、白い布の中で新しいふくらみが出来ていて、不意に、大きな塊が地面に落下して轟音を立てた。しかし、落下したのが何であるか、僕は依然、推測することさえ出来ないでいる。
 僕に気を使ったのか、誰も、栞の夫のことについては話さなかった。不思議なことに、夫の姿はウェブ上の写真にも一切写っていなくて、それはまるで、栞がその式を経ることによって、初めて夫のもとへと歩みだしていくかのようだった。
 僕は、僕のよく知っている十八歳までの栞のことを思い出してみた。元気で、よく笑い、おっちょこちょいで、のんびりしているようでいていつもどこかで他人に気を配りすぎている。――そんな栞と、あの日真っ白なウェディングドレスを着て一人(一人?)バージンロードに立っていた女性とは、どうしても一致しないところがあるような気がした。この四年間は、彼女にとってどういう距離だったのだろう。この四年間、どういう道を歩みつづけて、彼女はあの日、その道のさらに先へと旅立っていったのだろう。
 工場は当初、平べったい直方体の形をしていたらしい。工業団地などでよく見かける型の、ありふれた中規模工場だった。それが今では、空へと高くせり上がり、(二十七、八階はあるだろうか、)周囲を取り囲む白い布を通して、そのごつごつした六角柱の輪郭を五十メートル以上離れた僕にまで感じさせている。
 この工場は、わが社が開発中の新製品であり、前任の先輩社員によると、機械を作り出す機械、工場を作り出す工場なのだと言う。通常、機械は人間が作り、使うものであって、わが社が通常扱っているような機械を作るための機械であっても、それを必要とし設計し作り出すのは結局のところ人間だ。しかし、わが社の新製品は、自ら考えて機械を作り出していく。自らが収集・蓄積したデータを基に、利益追求のために最も合理的な開発・生産を行っていくのだ。その過程に、人間は一切関わらない。それは、機械が機械を作っているというよりもむしろ、工場が細胞分裂しながら自律的に成長していく感じに近かった。だから、先輩社員たちはずっと、この新製品のことを〝工場〟と呼んできたし、入社早々その監視を任された僕も、慣習どおりにそう呼ぶことにしている。
 工場は最終的に、資源の完全な自己供給と、産業廃棄物の完全な再利用とによって自足するはずだ。それは当初、わが社が工場に託した目標であったのだが、今ではむしろ、工場自体の意志のようになっている。しかし、当分は実現が難しいらしく、今朝からももう何度も、白い布のむこうからダンプカーが走り出して来たり鈍色のアームが伸びて来たりして、工場が己の成長のために必要な様々な材料を取り込んでいくのが見受けられた。どこから集めてきたのか、ダンプカーが鉄屑や空のプラスチック容器を満載にして、白い布のむこうに吸い込まれていく。ある時などは、先輩社員の車がアームに持ち去られたこともあったらしい。
 今、工場は何を思ったのか、白い布の一部をこちらに向けて開けてある。その傷口のむこうには、複雑に入り組んだ鉄の柱や足場がかろうじて見えるだけで、それが何をするための部分なのか、僕には全くわからない。重く鎮まった金属製の暗闇の中で、黄色がかったライトの光が、怪物の一つ目のように輝いている。こちらへと何かのメッセージを送っているように、ライトは不規則な点滅を繰り返すのだが、その信号が何を意味するのか、これも僕には一向にわからない。ライトが消える。そしてまた点く。また消えてすぐ点く。またすぐに消えるだろう、という予想に反して、今度はずっとずっと点きつづける。そして不意に消える。青空を横切っていく鳥は見えない。
 四月一日、――あの日、僕は自分が新しい人生を選び取ったと思っていた。大衆居酒屋の薄暗い電灯の下、膝と膝とがぶつかり合うくらいの間隔で胡坐をかきながら、引っきりなしに大笑いしては小皿を回し合っていた。あの時、僕は社会人としての自分を選び取り、栞とは別の道を自分の力で歩き始めたと思っていた。しかし、僕は今、僕とは無関係に動きつづける機械を眺めながら、完璧な青空の下で一人、あの日の栞のまなざしばかりを考えている。僕はあの場にいなかった。そして、これからもずっといない。僕のいる世界から栞は旅立ち、もう、追いつくことは決してできないだろう。
 「おめでとう」
 あの時言えなくて、これからも言えない言葉を抱えながら、僕はずっと、一人で生きていくしかないのかも知れない。
 「おめでとう。おめでとう、ずっと」
 声に出してそう呟いた時、空の遠くを、真っ白に透き通った鳥が自由に飛びまわるのが見えた。しかし、それは多分まぼろしだ。新入社員研修の時に教えられていたからだ。ここでは空は完璧で、青いタイルに隙間なく覆われている、と。それゆえ、景色の中に侵入してくるものなど、あるはずもない、と。しかし僕は、その時見えた白い羽撃きを、信じた。
 僕は立ち上がった。作業着の尻が草の汁で汚れていて、そこから四、五枚、尻の下敷きになっていた桜の花びらがひらひらと落ちる。花びらからは、濃く、若い緑が滲み出している。僕一人分の身体の重みが、僕の骨格と足下の草原とにかかり、僕はやっと、ここも一つの道の上だと、――栞とは別々の、しかし、同じように一人で歩んでいくべき夢の途中なのだと、知った。
 工場の白い布のむこうから、金属製のアームがぬうっと伸びて来て、駐車場に止めてあった僕の車を引っつかみ、持ち上げた。アームはそのまま白い布のむこうに消えた。しかし、僕はもはや絶望しなかった。騒々しく動きつづける巨大な塔の前で、僕はじっと立ちつづけ、いつまでも、見えない機械と向き合いつづけていた。



   (二〇〇五年四月十六、十七日)

食卓(1001/1011)


銀の皿が回る
ように
円周が
鋭い光を反射する
ように

僕らはいない
料理のない食卓に
ただ 数字だけがある

円く取り囲む椅子
の数
を 数え
費やされた
言葉たち 手足たち

こぼれた談笑は
すべて録音され
もはや無数に
複製された

 (昔に録ったやつは
  デジタルリ・ マスタリング
  して

 リ・ プレイ
 アンドリ・ プレイ
 アンドリ・ プレイ

声の暗さも
指先のふくらみも
0と1になって
減らないから

 リ・ プレイ
 アンドリ・ プレイ
 アンドリ・ プレイ

僕らはもう
いたまない


銀の皿が回る
ように
円周が
鋭い光を反射する
ように

誰もいない食卓で
もう何度目だっていい
あっけない午後が
料理も乗せずに
回転しつづけている



   (二〇〇三年九月一〇、十一日)


   (小詩集『試論』より)

2005年4月15日金曜日

ロリコン論試論 「罪と罪」


古い伝説が横断してゆく
坂道の下
晴れてしまった交差点を

古い伝説が横断してゆく
白い背中と
かじりかけた林檎の 青

一斉に鳴り始めた着うたは
とまらない
いつまでも変わらないまま

誰もいない校庭のまん中に
重ねられてゆく
遠い朝焼けのように

尊かった教えは
雲のように直進し
どこかで 果てていた

傷のない耳と
幼い背中を見つめる僕の
それは

欠けてしまった 罪


「さあ むすめよ」
こんなありふれた街角で
僕はあの子に 声をかけたいのだ

「さあ むすめよ
 わたしたちの会えない母親に
 会いに行こう

 いますぐ ここから
 ひかりの射し込む
 あのバスに乗って」




〝わたしたち〟の乗ったバスは
やがて 躊躇うこともなく

坂道の下で
〝彼〟 をはねるだろう



   (二〇〇三年八月二十日、九月一、二、三日)


   (小詩集『試論』より)


2005年4月3日日曜日

「難解」についての一意見


これは、某小説サイトにおいて、ある方から「空走距離」に対してのご感想を頂いた折に、そのご感想に対して書いた文章の一部です。ですから、小説のことについて書いてありますが、これはきっと詩にも関わりがあるだろうなあ、というか、この考え方自体、詩を読むことを通して身につけてきたものなので、当然詩にも当てはまるだろう、と思って、あえてこちらにも投稿させていただきます。ただし、多少変えた部分があります。

   (前略)

 ただ、言い訳がましくなりますが、「難解」という言葉について、私の考えを述べさせてください。私にとって、小説の感想で「難解」というものはあまり存在しません。それゆえ、それが私の目標であることもありません。私が抱く、小説の感想としては、「難解」ではなく「読みにくい」や「疲れる」(これらは、私の中でそれほど否定的な感想ではありません)、それから、「おそらく作者は日本語がわかっていない」や「書いている人の自慰行為」(これらの感想は、歴然と否定的です)などがあります。

 さて。なぜ、「難解」と感じないか、というと、私が、一般的な意味で理解しようとしていないからです。難解とは、「解き難い」ということ、つまりこんがらがっている毛玉が一本の糸にほどけない、ということです。その解(ほど)かれた一本の糸とは、皆さんがテーマとかメッセージとか意味とかいうものでしょう。でも、それを理解してなんだと言うのでしょう。そこが私には逆にわかりません。
 たとえば、この小説[註:「空走距離」のこと]が持ちうるメッセージとしては、「本当を自分を探そう」、とか、「僕らはみんな生きている」とかになるでしょうか(私としては、そのようなことを言いたいわけではありませんが)。しかし、そんなことなら、小説なんか書かなくても、誰でも言えます。つまり、それらを理解させることが小説の目的ではない、と私は思うのです。

 たしかにある時代、紙の上での一つの実験のようにして、人間の真実の姿を描き出す、ということは小説の目的でありました。しかし、それは人間についての一意見を言うためのものではなく、むしろ、そのような意見などを無効化する人間の不可思議さなどを明らかにするためではなかったか。作者がどのように人間や世界を描くか、というのは確かに興味の尽きない所ですが、それは決して作者の伝えたい意見などではなく、そのように人間を見てしまうという作者のあり方、あるいはビョーキであって、小説とはそのような作者のビョーキまで含めて、人間の解き難い不思議さを抱え込んだものではなかったか。解き難さを抱え、同時にその解き難さに囲まれながら、その中で自分の行く道を探していくものではなかったか。そう思うのです。
 しかし、学校教育では、そこを全部意味と表現に還元してしまう。作者のある種のビョーキや、作者が小説という修行を通して手繰り寄せた彼自身の道を、作者が伝えようとした意味やメッセージに読み替えることで、本来は人間や世界の解き難さを抱え込んでいるものであり、且つ、そこでの苦闘でもあるはずの小説を、「言いたい意見を適切に伝えるための表現」に変えてしまう。つまり、お決まりのあの台詞です。「この小説で、作者が言おうとしたことは何ですか」。

 この台詞の一番怖い(と僕が思う)所は、小説が抱え込む本来的な難解さ、さらには小説の危険さでもあり、おそらくは真摯な作者がそれに追い立てられ、またそれを追い立ててもいる、「生きること」の危険さを、すべて無害化してしまうことです。たとえば、「明日のない今日」[註:「空走距離」の前に書いた、非現実的で迷宮的な小説。舞台は冬の北海道]も、「話者の脳内ドラマ」として理解すると、とてもよくわかりやすい。あるいは、「慣れない土地に行って迷っている人の頭の中をのぞくと、たしかにこんな風になっているのかもね」なんていう理解もありえます。そう言う時、その読者さんにとって、「脳内ドラマ」の外側の世界は今までと変わりなく安全でありえるわけです。僕たちの生きている(とされている)世界はいつもどおりで、ただ、その中で変な人が変なことを考えているだけなのだ、っていう形で、世界の安定は守られる。あるいは、変な世界は変な世界だけど、それはまともな作者がまともな何かを表現しようとして作った箱庭にすぎなくて、僕らはその箱庭から、そこで表現されている作者の心情や意見を汲み取らなければならない、ということになります。そして、その心情や意見を、依然安定したままの「僕らの世界」の中で役立てていこう、と。こうして、作品の世界は変な世界あるいは箱庭として隔離され、「僕らの世界」、正常な世界はその外で安定をより強固にする。

 で、僕自身の考えとしては、小説はむしろ、そのような「僕らの世界」に動揺を加えるものではないのか、と思うわけです。だからこそ、僕は、箱庭の解読者として小説に向き合うのではなく、その庭の中、語りの中に迷い込みます。たとえば壁がいきなりプリンになったりしても、そこから何かのメッセージを読み取ろうとしたり、ましてや「狂人の内面を表現したもの」なんて思ったりしません。「うお、プリンになった!」と真剣に驚くだけです。さらに、壁がプリンになったと言うのにそれを話者がちっとも驚いていないとしたら、そのような世界に生きている人間の不思議を思い、壁がプリンにならないことを当然と思っている自分の世界を問い直し、さらには壁がプリンになるような世界観の根底にある、「その人のリズム」を感じ取ろうとするでしょう。

 (ただし、そのような「壁がプリン」みたいな書き方を、「これって前衛っぽいよね」と言った感じで使用している作品があれば、私はそういうのを「自慰」として最も嫌悪します。そう書かざるをえないものとして書かれてあるかは、全体を読めば意外とわかるものです。形だけ真似して芸術家面する者どもには、書かなければ死んでしまう、立ち止まれば死んでしまう、という不安や、書き続けていくことが負わせてくる息苦しさと追放、そして自分のいる世界に恐れ戦きながらも魅せられ、その世界の奥の奥まで覗き込みたい、もっともっと深くまで(狭くて空気が薄いあまりに、息が出来なくなるほどまで)潜っていきたい、と思ってしまうこのわけのわからない狂気は、一生理解できないままでしょう)

 言葉に書かれたことは、それ自身一つの出来事であり、一つの事件であります。そして、事件と言うものが往々にして、幾層にも重なった様々な遺恨や動機や決断や偶然めかした規則性を抱え込んでいるように、(たとえそれが嘘やフィクションであっても)そこには何らかの真実(真理ではなく)が宿る(たとえば、嘘をつくにもその人なりのつきようがありますし、嘘をつく理由も単純なものではない。嘘は大体、複雑な絡まりあいと奪い合いによって、というかもっと簡単にいってある種の動き続ける駆け引き(あるいは綱引き)の中で、ある一時の立場からつかれるものです。そして、表面に出た嘘の下には、その止むことのない絡まりあい・駆け引きの全体が宿っている)。
 だから、私は書かれた言葉をまず信じます。それは、その言葉が客観的に見て本当である、と信じることではなく、その言葉がたしかに書かれて有る、ということをまずは肯定することです。簡単に言えば、とりあえずその言葉どおりにイメージしてみる、受け取ってみる。言葉からすぐに意味やメッセージを受け取ろうとするのではなく、様々な地層を抱えて投げられた言葉を、その存在感や存在の重さを、まず全体として受け取ってみる(もちろん、それは膨大すぎてとても抱えきれるものではありませんが)。

 だからこそ、私の感想には「難解」というものはないのです。解き難いまんま受け取るわけですから。ただし、これはすなわち自分の世界を崩されてしまうことにも繋がるわけで、相当しんどい作業でもあるのですが。

   (後略)

初出:小説投稿HP Blue Campus