振り返れば、一面の夕暮れだった。景色は坂とともになだらかに下り、いつしか平らになって、ずっとむこうまで続いていた。山は取り囲むことなく点々と散らばるばかりで、こんもりと盛り上がった濃緑のふくらみを除いて、あとは、水彩絵の具をこぼしたみたいな民家の淡い広がりが、うすくうすく地面を覆い尽くそうとしている。屋根の途切れ目のむこうに背の低い雑草が見え隠れしていて、そこを横様に通り抜けていく川の流れが感じられた。けれど、川そのものは見ることはできなかった。これらはすべて遠く、儚いくらいに平らで、果てがない。透明な夕日に濡らされて、一面のオレンジになって暮れ残り、それでもじわじわと、自らの抱いた薄暗さを滲み出させて消えていた。それはまるで、焼け野原のようにしずかな、しずかな夕暮れだった。 その光景の真ん中を、何回か曲がりくねりながらこちらへと続く、一本の道があった。田んぼの中に浮き橋のようにとどまるその細道の上、同級生の平山が、こちらに向かってゆっくりゆっくり歩いてきている。平山としては普通に歩いているだけなのだろうけど、ここから見ていると、たとえどれだけ待っても彼は到着しないように思えた。僕らはいまは、神社の石段の一番下の方に腰かけている。右隣では林が短い髪をワックスで整えていて、さらにその右隣、一段だけ上がった所には、長島が膝を抱えるみたいにして座っていた。長島は、何が楽しいのか、さっきからずっと人懐っこい笑みを浮かべつづけている。夕日はいつしか山の端に接していて、さらに一層その赤さを増していき、そう思う間にもう半分以上が山のむこう側に消え、ますます濡れて溶け出してしまう、留まることも忘れているかのように、もうそのわずかな辺縁が見えるばかりでそれも小さくなっていく、歪むみたいに沈んでいく、気がつけば青紫の夕闇が足元の道から立ち上っている。 その時、僕らは中学生だった。それぞれに部活を終えて、丘の上にある学校から降りてくる途中、いつもそうやって神社の石段に腰かけていた。特に何をすることもなく、日が暮れきるまで、そこで三人でいた。林が時々、学校や教師についての不満を言う。長島はいつも愛想のいい顔をしていて、相槌を打ったり笑ったりしていた。ごくまれにおっとりした声で何かを言うけれど、その言葉は決まって遅れてやって来て、受け取り手もないまま夕闇の中に滞った。そんな時、僕はいつもほほ笑んでいたような気がするけど、その笑みもまた、長島に向けられたものではなかった。あてどなく、遠くの軒下で虫がしきりに舞っている。小さな虫だ。一つところで必死に旋回しながら、黄昏の中にどうにか自分を紛れ込ませていく。 長島が学校でいじめられていることは、僕も知っていた。けれど、神社の石段に座っている間、彼は人のいい笑顔を間断なく浮かべるばかりだから、僕は長島に何を話しかけることもできなかった。林は林で、長島のことには無関心なように、いつもぼんやり前ばかりを眺めていた。林の学生カバンはぺしゃんこで、気がつけば地面に倒れている。どうかすると、そのカバンが僕の太ももに寄りかかっている時などがあった。林の髪は、前の年の秋ごろ急に茶色くなって、それからその年の春先にかけて肩に触れるくらいまでに伸びたけど、いつしか短くなって、色もずいぶん黒くなっていた。何があったのかは聞かなかった。今も、知らない。 ――もうすぐ、夏休みだな。 ――そうだね。今年も、長谷川さんと花火見るの? ――長谷川? 二千年前に死んだよ。 僕らの頭上には、石でできた大きな鳥居があるはずで、わざわざ首をぐっと傾けて振り仰がなくても、僕らはそのことを知っていた。僕らの後ろには、様々な言い伝えのある深い森が真っ暗に繁り、その中に一筋、いやに仄白い石段が急な斜面を登っている。立ち上がって振り返れば、その様子はよく見て取れるだろう。けれど、僕らはじっと腰かけたままで、決して後ろを振り返ろうとはしなかった。前を向いたままの僕らの背中から、石段がまっすぐに伸びていき、眩暈のするほど遠くまで吸い込まれていく。そんな気がした。目をつぶれば、石段のむこうに平らな砂利道が浮かび、そこにゆらゆらとまぶしい縁日が立ち並んでいて、どこから風が吹いているのだろう、店先の風車がしきりに回っていた。 ――京都の大文字焼きって知ってる? ――ああ、五山の送り火のことだろ。 ――うん、それそれ。林くん、見たことある? ――いいや、ない。俺は、放火の方がいいよ。 ――……あ。……船が、出ていく。 長島が指差した辺りには、いつもと同じ夕闇があるばかりで、僕はまた、あてどなくほほ笑んでいる自分に気がついた。林は自分の髪から指を離さなかった。長島が指差した辺りに気のないまなざしを向けながら、短い髪を、右手の人差し指と親指とでしつこく捻りつづけている。同級生の平山は、いつまでたってもここには着かなくて、やがて夜闇の中に見えなくなった。 ――誰もいないね。 ――ああ、誰もいない。 ――何も、残ってないね。 ――全部燃えちまったからな。 ――林くん、どう思う? 僕らってさ、……うそ、なのかな。 ――知るかよ。 ――そうだよね。わかるはずもない、か。 ――当たり前だろ。わかってたまるか。 ――……そんなこと言ってないで、たまには笑えよ。本気で笑えたら、たぶんそれだけでも本当になれるだろう? な? 俺たちだって。俺たちだってさ。 誰もいなくなった神社の石段を、駆け上っていくいくつもの浴衣姿があった。しなやかに伸び縮みする足首と、薄布一枚のむこうに息づく背中。真っ暗な石段に足音を響かせて、何人も何人も僕の脇を駆け抜けていった。すべての後ろ姿が森のむこうに吸い込まれていき、やがて足音も聞こえなくなった。途端、一発の花火が夜空に炸裂して、辺りを一瞬明るく照らした。しかし、そう思ったときにはすでに光は消えていて、後はただもう、虫の声さえ聞こえない宵闇が広がるばかりだった。 あのまま、闇をじっと見つめつづけていればよかったのかもしれない。けれど、僕は振り返ってしまった。振り返ると、一面の夕暮れだった。林も長島もここにはいなくて、僕一人だけ、どことも知らない丘の中腹に立っている。 このうそみたいな人生も、今年で四十年を過ぎた。生まれた時から誰かの余生で、誰かの死後みたいなものだったけど、特に、あの焼け野原を見てしまってからだろうか、ちょうど息を吸い込んだまま吐くのを忘れてしまったみたいに、ずっとこの丘の中腹に引っかかったままになっている。いい加減、立ち上がらなければならない。歩き出さなければならない。そんなことは知っているけれど、そのために腰かけるべき石段がここにはないのだ。遠くでは、水彩絵の具をこぼしたみたいな民家の淡い広がりが、うすくうすく地面を覆い尽くそうとしている。その中の一軒に、僕の帰るべき家というのもきちんと用意されていて、そのことがまた、僕をあてどなくほほ笑ませた。 長島は中学卒業を待たずに自殺した。林は十七の時に連続殺傷事件を起こした。「荒れる十七歳」なんてマスコミに呼ばれながら、僕は潜める息も吐き出す息もないままに生きつづけてきた。二十五年がたった。その間に何度も、ふと思い立って本気で笑おうとしたけど、いつだって頬をぎこちなく引きつらせるのが精一杯だった。そのぎこちなさが暮れ残り、そればかりが形を伴って、僕だった。どこかに凝りを積もらせながら、僕は昨日から引き継がれ、明日へと宛てもなく続いていった。 二十五年がたった。やがて百年がたつだろう。焼け野原はいくじなしの微笑をたたえたまま、本当に笑うことも、ましてやもう一度焼き払われることも拒みつづけるだろう。いつまでたっても同じ夕暮れだ。どれだけ待っても平山は到着せず、僕らはすでにない伝統を幻の家に見立てて引きこもり、引きこもりながら果てもなく広がって、長すぎる過呼吸の死後を生きていく。 (二〇〇五年五月二十八、二十九日) |
2005年5月29日日曜日
焼け野原
2005年5月3日火曜日
小説 「忘れる。」 (後半)
トルルルルルルル……、トウ、トウ、トウ、トウ、 ペーーーーーーーン、トウトウトウ、ペーーーーーーーン、 原付に乗るようになってからも、わたしは何度も道に迷った。いつの間にか宵闇が辺り一帯に降りていて、わたしはその中を、エイミーと一緒にいつまでも走りつづけた。全然知らない道では、どうやら木も普段の木ではなくなり、道も普段の道ではなくなるらしくて。様々の太さの幹や枝葉が、複雑に絡まり合いながらこちらを見つめて沈黙し、道の脇で、何かの殻が音を立てて弾けていた。夏には、蛙がどこからか一斉に鳴き立ててきたし、血のように蒼い夜空の星を見上げながら帰ったこともある。隙間だらけの白い森の上空を、ゆっくり横切っていく薄物のような夕暮れを、この目の前で何回も見た。 ペーーーーーーーン、トウトウトウ、ペーーーーーーーン、 怖かったでしょう? 迷ってから帰ると、母さんは決まってそう聞いた。そんな時、わたしは決まってこう答えていた。 ううん。きれいだった。 それは、強がりではなく、本音だった。怖くなかったと言えば嘘になるけど、でも、その怖さはこの上なく、きれいだった。どうやって家に帰れたのかは覚えていなくて、それを思い出そうとするといつも、わたしはどことも知らない広い道の真ん中に立っている。エイミーはいなくて、ただ、わたし一人だけ。自分の足で立っている。そこはたぶん、小学生時代に通ったことのある道で、でも、どこに通じているかということさえ、わたしはすっかり忘れてしまっている。暗くなり始めた空では、青紫の雲が遠い誰かに語りかけるみたいに、鈍い光で瞬いている。 そこから、どうやって家まで辿り着いたのだろう。とにかく、わたしはいつだって、気がつけば家に帰っていた。その帰り道はたったの一つも覚えていない。けれど、ただ、決まってこう答えていたことだけは確かなのだ。 ううん。きれいだった。 トルルルルルルル……、トウ、トウ、トウ、トウ、 函館の街には、制服姿の女子高生が多くて、その中には、明らかに新入生らしい若々しい顔も見つかった。わたしは、その一人一人に言葉をかけて行きたかった。けれどエイミーは車道の上を快調に走るばかりで、沿道の景色をわたしと一緒に通り過ぎていく。 赤信号で止まった時、斜向かいのジェラード屋さんに入っていく後ろ姿が見えて、わたしにはそれが、高校時代の親友のように思えた。信号が変わるのを待つ。そしてまた、走り出す。後ろ姿が制服を着ていたことにはすぐ気づいた。彼女はいま、東京の会社で仕事をしているはずなのに。 母が家ごといなくなった時、わたしは何も言うことが出来なかった。自分がまた、何かの間違いで自分の家を忘れてしまったんじゃないか、と思った。わたしはケータイを取り出して、「函館の叔母さん」と書かれてある人の家に、電話をかけた。その「函館の叔母さん」は、何度もわたしに電話をくれたと言うのだが、エイミーに乗っていたわたしは、気がつかなかった。思えば、ケータイにある着信はいつも、友達からだったように思う。けれど、どんな友達から着信があって、どんな会話をしたのか、わたしはそれさえ思い出せない。ましてや、「函館の叔母さん」には、こちらから電話したこともないはずで、 原付で家を飛び出して、いったい、今までどこに行ってたの? 電話口のむこうから聞こえる声は、やっぱり、一度も聞いたことのない声だった。 トルルルルルルル……、トウ、トウ、トウ、トウ、 母さんはわたしが中学生の頃に死んだのだと言う。みんなが母さんの思い出話をする中で、わたしは一言も言葉を発さなかったと言う。叔母が自らの悲嘆に任せて、お母さんが死んだっていうのに、あんたはどうして悲しくないの? と問い正した時、わたしは燃えるような目で叔母を睨み返したのだと言う。 自分が覚えていることばかりで、母さんを勝手に要約なんかしてしまわないでよ! 学校のテストなんかじゃないのよ! 母さんの人生は! そう叫んだらしい自分の怒りが、たしかに今でも、この身のどこかに残っている気がしないでもない。でも、忘れた。 わたしは忘れたわ! だから、絶対、他の誰よりも覚えている! ペーーーーーーーン、ペーーーーーーーン、 何もかも忘れてしまうわたしにとって、何が本当かわからないことなんて不思議でもなんでもなくて、叔母の言葉も、わたしの記憶も、どっちもわたしにとっては本当のことでしかない。十四歳の時に函館に引き取られたはずのわたしは、千歳の家の広い庭でエイミーにまたがって笑っていて、その庭を、うっすらと色づいた陽の光がやさしく満たしているのだ。その写真はちゃんと、今でも手元に残っている。その写真を誰が撮ったのかはわからないし、そんなことは、どうでもいいと思う。誰を癒すためでなく、わたしはわたしとして、笑ったのだから。 丸くゆがんだ金魚鉢の中で、空気中にまで唇を突き出して金魚たちは口をパクパクさせている。わたしはまた、薄暗い朝のガレージでエイミーのエンジンをかけている。あるいは、コンテナの脇を抜けて、すでに春の街の中を通り過ぎている。いくつもの光景をくぐり抜けて、わたしはそれら一つ一つを、大切に、大切に忘れていく。嘘みたいに雪がなくなって、夢みたいに外に出てきた人たちが行き交う、陽気な足音の、春の街へ。わたしもまた、いつかの春に、一つの足音として生まれ変われればいい。そう、思うから。 雪が融けたら、忘れちゃいけないことが二つある。一つは、金魚にエサをあげること。そしてもう一つが、原付のエイミーに乗って、街に出かけること。冬を忘れ、夏を忘れ、ただ春の夢の中に、この身ひとつで駆け出していくために。この二つだけは、決して忘れずに生きていく。今もあるこの身体とともに。空気みたいな、エイミーの振動とともに。 たとえ、何もかも、形に残さなくても。 怖かったでしょう? ううん。きれいだった。 (二〇〇五年五月三日完成) |
小説 「忘れる。」 (前半)
自作の詩「遅れる。」(http://awono-katei.blogspot.com/2004/05/blog-post_8874.html)への遠い回答として。 雪が融けたら、忘れちゃいけないことが二つある。一つは、金魚にエサをあげること。そしてもう一つが、原付のエイミーに乗って、街に出かけること。嘘みたいに雪がなくなって、夢みたいに外に出てきた人たちが行き交う、陽気な足音の、春の街へ。 トルルルルルルル……トウ、トウ、トウ、トウ、 長い長いまっすぐな坂を下って、遠くに見える街並みに向かって走っていく。右手には、海。圧倒的な群青の鎮まりの中に突堤が突き出ていて、そこでは白と赤に塗られたいくつもの巨大クレーンが、頑丈であからさまなその骨格を昼の日に晒している。拠り所もなく中空に伸びきった腕と、そこから真っ直ぐに垂れる一本の糸。ゆったりゆったりと動きながら、っていうかそうすることで逆に、出来るだけじっとそこに留まりつづけながら、停泊中の大型貨物船から、えんじ色とか青色とかのコンテナを運び出している。鉄の板で四角く囲まれた、しずかで儚い積み木の中に、何が入っているのかわたしは知らない。 耳元で、風がごうごうと渦巻いていて、わたしの近くの景色は速かった。エイミーのエンジンの音は風船みたいに軽くて、空気そのものみたいな振動が、わたしの身体に伝わってきている、気がした。何回か横を向いて見てみても、クレーンはやっぱり少しも動いていないみたいで、ふと目が行った道端の家では、カーペットを敷かれた犬小屋の中から犬が一匹吠えていた。わたしは、笑った。 ペーーーーーーーン、トウトウトウ、ペーーーーーーーン、 本当に大丈夫? 典子はいつだって、気がつけばぼんやりしてるんだから。 わたしの家に原付が来た夜、母さんはそう言って、笑いながら心配した。 忘れものもよくするし、それにほら、まだ、高校からの帰り道さえ覚えていないじゃない。 大丈夫よ、大丈夫。これまでだって、どうにかこうにか生きて来られてるんだから。 そう言って、わたしは元気よく笑った。あの晩は、夜のつめたさが遠い気配になって食卓を包み込んでいたはずなんだけど、母さんとわたしの笑顔が、あっけなくそれをふるわせた。楽しかった。よくは覚えていないけど、でも、楽しかったんだと思う。 今でも残る写真の中で、わたしはエイミーにまたがりながら、とてもうれしそうに笑っている。けれど、その写真はエイミーが来たあの晩ではなく、たぶん、何日か後の昼から暮れ方にかけて撮られたものだ。雑草が乱杭歯みたいに突き出た、なつかしい千歳のあの庭に、うっすらと色づいた陽の光が照り返っているから。 わたしの笑顔は、誰からもよく、癒し系だと言われていた。その呼び名も、どちらかというと嫌いでもない感じだったけど、でも、いつだってその言葉の奥に、もっとよく見てほしいわたしの何かがある、そんな気がしていた。自分ちの庭で、わたしはきっと、誰のためにも笑っていなかった。その写真を誰が撮ったのかはわからないし、そんなことは、どうでもいいと思う。誰を癒すためでなく、わたしはわたしとして、笑ったのだから。 この写真の笑顔は、母さんに大丈夫と言った時の笑顔とも全然違うはずで、母さんに向けた笑顔は、今はどこにも見つからない。これからだって、同じ笑顔で笑うことは出来ないだろう。それもそれで、いいんだと思う。何もかも形に残さなくても、わたしは、笑った。母さんと、笑ったのだ。あの時の楽しげな雰囲気が、街からの風になって頬を打つから、わたしは、首をすくめてアクセルを切り足した。 トルルルルルルル……、トウ、トウ、トウ、トウ、 金魚を飼い始めたのは、函館に移ってからだった。それがいつのことだったかはっきりしないけど、とにかく三匹とも、気がつけばぴっちぴちに育っていて、わたしは「おう!」と驚いた。透明な金魚鉢の中で、淡い淡い夕焼け色の光を周りの水に散らしながら、今日も泳いでいる。 こちらに近づいてくる時、つるんとした三角形の横顔はびっくりしたみたいに大きくなって丸くゆがむし、遠ざかっていくと、すばやくターンする尾ビレの連打だけを残して、後ろ姿がゆがみのむこうに抜け出していく。平地みたいな頬の上で、カンペキな同心円になっている金と黒との眼は何も考えていないみたいで、それが可愛くてちょっとこわい。でも、金魚たちは何も考えていないわけではなくて、きっと、わたしたちとものの見方が違うだけなのだ。実際、金魚はとてもよく人間を見ている。無関心にしていると思いきや、気がつけばいつも、こっちの方をそれとなく眺めながら、皮の薄い口をいっぱいに、パクパク開きつづけている。 胸ビレをひらりひらりと動かしながら、あっちに行ったりこっちに来たり、浮かんだり不意に沈んだり、ふうっと動きを止めて漂ったり、漂いつづけたり、そしてターン。その間中、ずっと眼は見開いていて、口はずっとパクパクしているのだ。わたしが気づかなくても。わたしが見ていなくても。 トルルルルルルル……、トウ、トウ、トウ、トウ、 金魚たちはゆがんだガラスの壁いっぱいにまで近寄って、こちらを覗き込もうとひらりひらりする。何粒かのエサを落とすと、今度は水面ギリギリ、というか空気中にまで唇を押し出しながら、パクパクが一斉に加速した。時々、半球形の泡が水面にあっけなく生まれて、あっけなく消える。ぱちん。水の泡らしく、そこには何の彩りも物語もない。金魚たちは必死で、わたしは薄暗い朝のガレージでエイミーのエンジンをかけている。 |
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