いつかは部屋を出なければならない。 みかんなんて剥いていても仕方がないぜ。 いつかは部屋を出なければならない。 左前の白い押し入れを蹴破ろうか、「卒」! ドアを開けても空には窓がある。 壁のない窓だ、むこうで炎が燃えている。 みんなが口々にそう言うのだ。 けれど実際、空に煙を見た者はいない。 ただの一筋も。 ちらりちらりと隠されて、 ピカピカする火の切れ端だけ、 笑いとともに語り継がれていく。 結局、ここも部屋なのだ。 窓のむこうまでまた部屋にして、 僕らは楽しそうにみかんを剥いている。 見もしないテレビがついたままで、 死に損なった弟も存外元気だ。 どこからかDVDを借りてくる。 抱える膝ばかりがあり余るから、 昼のフリマで売りに出されている。 ああ! だから出なければならない。 もっともっと、 いつかは部屋を出なければならない。 銭湯にでも行くみたいにして、 三六〇円と、少しの五円玉だけを持ち、 ごくごく普通に一つの窓から出なければならない。 あるいは、「卒」! 押し入れを蹴破って花を見にいく。 何も目指さず、何も振り返らず、 ただ小銭の音だけが空に響く時、 壁と窓とは崩れ落ちるだろう。 あなたの膝に、刻まれた傷の跡が、 初めての痛みにやさしく満たされるだろう。 その光景をぼんやり夢想しながら、 僕はまた、新しいみかんを剥く。 (あなたはこの詩を忘れてくれ。) (あなたはこの詩を忘れてくれ。) 首をなくした弟が、 さっきから同じ言葉を呟いている。 「春過ぎて、夏来たるらし……」 「春過ぎて、夏来たるらし……」 もう、寝る時間なのだ。 おやすみ (二〇〇四年五月十二、二十二、二十三、二十四日) |
2004年5月24日月曜日
(あなたはこの詩を忘れてくれ。)
2004年5月21日金曜日
2004年5月19日水曜日
2004年5月18日火曜日
風物詩(小説版)
ラムネのビンは空になった。僕は橋の欄干にそれを置いた。足の下を、音を立てて流れる川の速さが涼しい。 顔を上げれば、むせ返るような夏の宵闇は黙り続けている。その中で、ラムネのビンは一つだけ置き去りにされて、冷えていた。鳴らないビー玉の音が、かすかな光として聞こえ続けている。 「風物詩って、あるでしょう?」突然、瑞枝が口を開いた。「詩なんてさ、もう誰も聞いたことがないのにね。せこいよね。詩って言葉だけ、ね、残っちゃって」 その問いかけに、僕は答えることができない。瑞枝と会うのは何年ぶりだろう。そのことばかりを、僕は考えようとする。 「風鈴の音も風物詩、花火もお祭りも風物詩、ところてんだって…」 「いや、あのさ」話し続けていた瑞枝の言葉を、僕はたまらなくなって遮った。「もっと、…もっと別の話をしよう」 「ん?」瑞枝は狐につままれたような顔をして、それから、笑った。「そうね、ごめん。なんかね、歌えるかな、と思って」 「歌えるかな、と思って」。この言葉が、僕の覚えている瑞枝の最後の言葉だった。神社の石段を駆け上る女の子が見えた。幼い日の瑞枝だった。僕は、自分がどこでなにを見ているのかがわからなくなって、振り返った。昔神様が住んでいるとされた森は、セミの声もなく黙っている。見えない雨が降っていた。肌でそれを、感じていた。赤い傘が回る。絶えることなく、緋の車輪のようにつややかに回る。僕はどこにいるのだ。祭りの屋台で。オレンジ色の電球の明かりと、金魚すくいのゆらめく水面。十三歳になった瑞枝がしゃがんで笑っている。声をかけようとして、瑞枝のことを思い出そうとして、追いかける紙はぬれ続け、映像は言葉はキラキラと逃げ続けた。瑞枝がしゃがんで笑っている。 ……チリン。不意に、縁側で風鈴が鳴った。僕は、その音で我に返った。初めて聞いたようでいて、ずっと鳴り続けていたようでもある、音。縁側に座って、僕はこれまで、何をしていたのだろうか。 歌うことができないもの。それが今も、どこかで置き去りにされて、冷えている。鳴り続けている。そんな気がした。「歌えるかな、と思って」という、その言葉でさえ、歌い続けている(そして黙り続けている)夏の宵闇。 山の向こうから、花火の音が聞こえた。きれぎれに語られる、一言であり全てでもあるような、告別の言葉。告別のひかり。誰かがいま、旅立とうとしているのだろうか。 空に咲くひまわり。その、涙のような一瞬のきらめきの中で、橋の上の瑞枝が振り返って、消えた。 風鈴は鳴り続けていた。縁側に足を放り出すと、足の下を、音を立てて流れる川の速さが涼しい。 |
2004年5月16日日曜日
2004年5月13日木曜日
「詩人やめました」について。
(自戒も込めて) 詩人をやめてから、はや三ヶ月以上もたっている。なぜ、「詩人やめました」なんて間抜けな宣言を出したのか。そのことを、今日は少し、語ってみようと思う。 まず、確認しておきたいこととして、「詩人をやめた」ということは、わたしにとっては詩を書かなくなったということを意味しない、ということがある。実際、「詩人やめました」のあとでもわたしは十日に一作くらいのペースで詩を書いているわけだし、むしろ、そちらの詩の方がこれまでの詩よりも評価が高かったりもする。では、「詩人やめました」とは、一体どのようなことを意味しているのか。そのことについて語るためには、わたしにとって詩が何であったかから始めなければならないだろう。 わたしにとって、詩は自分の命よりも大事なものだった。それは、わたしの人生などをはるかに凌駕して貴重であり、わたしの生も、魂も、もしそれらが無駄になっても、詩のために役に立てたならそれでいい、と思っていた。むしろ、詩のために役に立つことで、自分の生がその死後も安らげる場所を見つけられるようになる、端的に言って、僕が満足しながら死んでいくことが出来る。そのように考えていたのだ。 試しに見てみるがいい。ある時期からある時期までのわたしの詩は、自己表現のまったく逆を行こうとしていた。自分の名を詩には決して刻まず、自分のいわゆる「気持ち」などは無視して、ただ言葉が言葉や世界との関係で生じてくる瞬間だけを捉えようとした。「叙情を抹殺する」ことを自らの使命として掲げていた頃もあった。すなわち、個人的な感情ではなく、ただ詩のために、詩のまぶしさを少しでも捕まえてきて発揮するために、わたしは詩を書いていたのである。「叙情を抹殺する」は、個人的な感情に対するそのような拒否反応の、最たるものであった。 以上のように考えていたわたしにとって、詩人としての自分は、表現するものではありえなかった。それは、詩のための場所であった。詩が去来し、そして計り知れない輝きを残していく。その輝きを、傷として刻み込み、皆に可視化するためのある種の検体として、わたしはあったのだ。 だから、たとえば時代の病理を言葉にして残そうとする場合は、まず自分が病理に身を開く必要があった。病理を自分の中に招き入れ、自分を一切放棄して病理に身を明け渡す。その、病理に満ちた身体に言葉がやってきて、形を成す時、それが病理をあらわす詩となるのだ。特にわたしは、ボードリヤールあたりが批判する現代の病理を、自ら体現しようとした。生のシミュレーション化だ。そして、我々の存在の映画のような軽さ。 どうせ、この状態で長く生きてはいけない、と思った。傷の痛みがある。病理に満たされ自らの意志を失った身体がある。たとえ痛みに耐え切れても、まず社会に出ることは不可能だ。それならどうするか。ま、その時は線路に飛び込めばいい、と思っていた。そうすることで、わたしの詩は完結するだろう。わたしの名前はそれきり失われ、わけのわからない作者名がふられた詩だけが残る。そこにあらわされた病理だけ、一つの時代を語る詩の言葉として、詩の栄光として、残っていけばいいのだ。わたしなど、そこにはいらない。 わたしにとって、詩人とはこのような存在である。社会に適応できなくてつらいから詩を書くのではない。詩を書くために、自分を文字通り殺して詩に身を開くのだ。わたしは、このような形で詩に貢献しようとしていた。多少ヒロイズムのきらいがあったのかもしれない。しかし、詩に対する思いと覚悟の強さは、人一倍のものがあったと思う。 ところで、わたしは詩人を自ら名乗ることをいとわなかった。詩人と言う存在が、これほど身近にいないご時世だ。自分が詩人を名乗ることで、わたしに身近な人に詩も身近に感じてもらおうと思ったし、わたしが何か、少しでも詩のすばらしさを伝えていける役目を果たせれば、という思いもあった。 そしてそれは、ある意味で、詩を自分ひとりの背中に背負うことでもあった。少なくとも、わたしの周囲にいる人に対しては、わたしが唯一のナマで触れ合える詩人であって、ナマで触れられる詩の世界の、ほとんど唯一の存在であるのだ。このことの重さを、わたしは十分自覚していたし、その重い使命に答えていこう、という責任感もあった。 だからわたしは、どこでも詩人を名乗りながら、詩的な考え方を惜しげもなく披露し、しかもそれで必ず成功を導き出してきた。詩人は、教室の隅っこでノートに向かって、根暗に自分の気持ちを吐き出している存在ではない。詩人は詩人としてもっと社会に出て行けるし、そこで独自の居場所を築くことが出来る。そして詩は、人々にとってもっと身近に存在できるし、もっと根本的に生活を豊かにすることもできる。そういうことを伝えたかった。 しかし、である。これと、先に述べたわたしの詩人としてのあり方とが、絶望的に矛盾するようになって来たのである。つまり、先述のようにして詩を書いているうちは、決定的に社会に出て行くことが出来ないのである。もちろん、わたしがこともあろうに病理を自らの対象にしたことに、問題の一端があった、とも言えよう。しかし、ことはそれだけに留まらなかった。 まず、詩を第一の目的に据える立場は、生きていく上でのその他のこと、すなわち普通に生きていて手に入るだろうささやかな、しかしそれ自体は大変貴い様々なものに対する自分の目を、曇らせることになる。これは、詩が人々の生活を豊かにする、という考えと見事な矛盾を描き出す。詩をやるために、普通の生活の豊かさを切り捨てなければならないのだったら、そのような詩はむしろ生きることのまぶしさを軽減しているともいえるのだ。そのようなものを、他人に薦められるはずがない。順番が逆なのだ。生きることがまぶしいからこそ、そのまぶしさを表すための詩が必要になる、というのがありうべき本来の形なのだ。 次に、詩を目的とすることで、詩の中で生きていくことが目的となってしまう、という事態が生じてしまう。詩の世界の中での細かな差異化に自分の価値と居場所を見出し、そこでの関係性の中に閉じこもってしまうことが起こりうる。これでは、社会に出て行くことなど到底不可能だ。もちろん、社会は様々な小社会の寄せ集めで出来ている。そして、小社会は多かれ少なかれ排他性をまとっている。だから、詩人社会がそれとして社会の中に存在することは何もおかしいことではない。しかし、全社会的な生の中に自らの居場所を見つけるのではなく、自らの中での存在様態だけをありうべき生のあり方として限定してしまうような小社会は、少なくとも社会にとっては有用な機能物となることができない。 あと、これは余談的に付け加えるのだが、自殺は正直周囲の人にとって迷惑であるし、一般的にかっこ悪いとも思われている。詩を知らない周囲の人に詩人および詩の何たるかを示す存在が、自殺しなきゃいけないような生き方をしていていいのか、という疑問も生じてきた。 結局、極めて大雑把に言って、詩を目的とすることから、生を目的にすることに、わたしの意識が変わってきたのだ。そして、生を豊かにするものとして、詩が果たす役割はとてつもなく大きく、だからわたしは、血まみれになっても甘えることなく詩をつづけていく。そのような順番で考えるようになったのだ。詩を書くやり方を変えるつもりはなかったし、詩に身を開くこと、自分の名を刻まないことは、以前のとおりにしようと思っていた。しかし、詩のために詩を書くのではなく、生きる中で詩が生まれてくる、という風にしようと思ったのだ。「歌いたいときに歌えばいい。」それが、自分の新しいモットーになった。 そしてこれは、詩をやっている者の中では、「詩人をやめた」ということへとつながっっていった。こう宣言することで、詩人たちの中で詩人として生きるのではなく、世界の中で「よく生きる人」として生きる、ということを、義務として自分に課そうとしたのである。その一方で、わたしは詩人がいないところでは、詩人を相変わらず名乗り続けている。詩人がどれだけ「よく生きる人」でありうるか、詩に関わることでどれだけ生が豊かになるか、それをもっと様々な人に伝えていくためだ。そしてもちろん、詩人を名乗ることで生じる責任に対しては、これまでと同等の、あるいはそれ以上の自覚をもっている。そこに、「詩人をやめた」という甘えは、一切ない。 今、書いていて思ったのだが、わたしはもしかしたら、結局のところやはり詩を目的にしているのかもしれない。詩に、よく生きるという要素をより多く幅広く持ち込むこと。そして、自らがよく生きることで、一般的な詩人や詩のイメージをよりよいものにしていくこと。これが最終的に詩のために役に立つことだと思っているから、わたしはあえて、詩のために、「詩人やめました」なんて言ったのかもしれない。ああ、変わらないな、と思わず笑ってしまう。まあいい。わたしにとって、愛するとはそういうことだ。既に一生を捧げると言ってしまっている。その思いは、どのような紆余曲折をへようとも、本当に死ぬまで消えることはないのだ。(人生なんて、そんな愛の腐れ縁なのかもしれない。) で、まあ、今は何をしているのか、というと、就職活動をしています。普通に。詩人を名乗って、むしろそれを自己アピール(笑)して就職してみせることが、いまの目標です。もし、仕事にありつけなかったら、それは単純に僕の力不足でしょうね。詩をやっていて企業に就職できないはずがない。そして、もし駄目でも、とりあえず自殺はしません。なんとしてでも生き抜いて見せますよ。俺があほなことをやると、詩の名を汚すことになってしまうから。 (補記) もちろん、詩の細かな所を掘り下げることで、生の究極のまぶしさに触れることも可能であるし、排他的な小社会での役割を突き詰めることで、全社会的に影響を持つ仕事を残すことも可能であろう。そして何より、全社会的な生がどうであれ、自分がどこでどう生きるかを選ぶことは個人の自由と責任の問題であるのだし、その人が幸せかどうかは全社会との関わりでのみ決まるものではない。むしろ、個人の幸せは、結局個人の満足によるところが大である。 だからわたしは、今回のこの文章で、誰かのあり方を批判したい、とは微塵も思っていない。最初にも書いたように、これはあのまぬけな宣言に対する、わたしの個人的な釈明に過ぎないのである。無論、わたしのあり方から、自分と詩との関わり合い方を問い直していただければ、それに越したことはないのであるが。その場合でも、あくまで参考程度に、ひとつのきっかけ程度になれれば、それで本望である。むしろ、全員が俺と同じこと考えてるのは、絶対不健康やと思いますし。面白くない。 |
2004年5月7日金曜日
2004年5月5日水曜日
詩集『名もないことりが飛んだあとに、色をつけようと僕は空に手をかざした。』後半
おじぎする (『千と千尋の神隠し』へのオマージュ 5) おじぎする 夜の みずの小道で 十歳のおんなの子が おじぎする むこうから来た 傘のお化けとハチ合わせ 叫ぶ前に 逃げ出す前に 目を合わせ 心をしずめて お互いに 頭を下げる その 一瞬の 対話 お 十歳にして 達人の間合い 顔を上げた時 傘のお化けも 顔を上げた その目はつめたく濡れていた 稲穂がゆれる 田んぼのわきの 夜の みずの小道で 「かなしいの?」 と おんなの子の こえ 「ごめんなさい ごめんなさい」 そう言って駆け出した 傘のお化けは 知っていたのだ 映画の駒(coma) を その中でしか生きえない 失われた 自分たちの こえ を おじぎする おんなの子 正座する おんなの子 お茶を飲む おんなの子 「失礼します」 という おんなの子 映画の中で 想像の稲穂は しずかに頭を垂れていき 無自覚な僕は DVDを一時停止にすると ダイドコロにいって わかしたばかりの お茶をすすった 帰り道 (映画『害虫』へのオマージュ 1) 空の青さは、 白く、かすれ始めていた。 かすかに磁気を帯びた花びらが、 風に乗って、何枚も流れていくせいだ。 川原に舞い降りてくる夕暮れは、 どこか、鉄のにおいがした。 わたしの前髪をゆらして、 なまあたたかい風が、 遠くから、吹きつづけていた。 むこう岸の空で、 鳥が、 手紙のように千切れていく。 白く。 白く、横切っていく。 (「宛テ名ノ、モジガ、 マチガッテイルヨウデス。」) 青空の底のほうに、 屋根の低い家々が見える。 この叢で、 わたしは、十四歳になろうとしていた。 ひとりで鼻歌を歌いながら。 制服のスカートから、 切り傷だらけの二本の足を、さらけ出しながら。 のろしのように、 錆びたドラム缶を叩く音が聞こえる。 沈んでいく夕日に合わせて、 わたしの帰り道が、 キリキリと、その角度を変えていった。 ひかり、いき、時間 ――映画へのオマージュ 2 (映画『害虫』へのオマージュ 2) はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 まっ白な、 垂直の壁が、 いきを、する。 散らばった、 色とりどりのビー玉が、 おとを、たてる そしておとはきえる。 それを聞いている少女は、 動かない。 まなざし。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 止まっている。 止まっているのに、 ふるえている。 少女の肌。 それは、 少女をふちどっていく、ひかり が、 いきを、 しているからだ。 そんな、 時間。 時間。 ぼくらの、/ 少女の、/ そしてことりの、/ ことりの、/ことりの、/ 、/ 。 背後から、 ぼくらを追いこしていく、 ひかりのことり は、 スクリーンの上で、 何万枚のはねへと、 くだけていく。 どこに行くかわからない、 車の中で、 少女は、前方を見据えたまま、 微動だにしない。 その横顔で、 そのまなざしで、 そして、 少女が書いた、 届かない手紙の、文字の上で、 いま、 あざやかに、 ひかりのことりが、 くだけていく。 ふるえているのは、 ふちどっていく、ひかりが、 いきを、 しているからだ。 そして、 耳をすます、 ぼくら。 時間の呼吸に、 くだけていく羽音に、 しんと耳をすまし、 はねになっていく、 ぼくら。 声もなく、 呼びかけているのだ。 打ち寄せていく、 やまない波のように。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 『名もないことりが飛んだあとに、 色をつけようと僕は空に手をかざした。』 二〇〇三年三月十一日 月と海 増田考志 |
詩集『名もないことりが飛んだあとに、色をつけようと僕は空に手をかざした。』前半
湯屋 (『千と千尋の神隠し』へのオマージュ 1) No Time, No To-night. 彼女の小さなつぶやきが、 紅すぎる唇のあいだから、 夜に 二十一世紀トーキョーの夜に、 消える。 No Time, No To-night. 白くてぬめぬめと光る泡が、 彼女の小さな手の平から、 次から次へと生まれ落ちていく 、のを見た。 その時、裸の僕は震えていたけれど、 彼女は細い指の先まで、 落ち着いて、 No Time, No To-night. 疲れたようなため息をつく。 十八歳だった。 「湯屋」―― 昔はそう呼ばれていたらしい。 湯女という職業の女性たちが、 湯船で入浴客の垢をこすり落とし、 その後広間で歌い、踊って、 求めに応じて身体を売った、と 「ゆ」―― 「日本人ハ本当にお風呂が好きだから」と、 ジェニファーさん(仮名 ニュージーランド出身)は言うけれど、 「ゆ」―― 日本人である僕は、 「ゆ」 という響きを、 忘れかけている。 「ゆ」―― 立ち上る湯気も、 広々とした湯船のくつろぎも、 そして、 客の垢をこすり落とすために何度も何度も込められた、 湯女たちの全身の力も、 思い出せない、 「ゆ」―― 「ゆ」屋―― 「お客サマ、Soap landハ初めてですか?」 二十一世紀トーキョーの夜に、 白くてぬめぬめと光る泡は、今夜も、 ジェニファーさんの小さな手の平から、 とめどなく生まれ落ちつづけている。 No Time, No To-night. 疲れたようなため息をつく。 (ジェニファーさん――) 十八歳だった。 (僕は彼女の名前を知らないから、 (僕は彼女の名前を呼ぶことができないから、 (僕が書き残すことができるのは、ただ、 〝か〟〝ほ〟 (『千と千尋の神隠し』へのオマージュ 2) 行進する国家。 行進する、 幾千の、 顔、顔、顔、顔、顔、…… 〝か〟〝ほ〟 秋晴れの空に、 飛び散る種子のやうに、 〝ほ〟 という一(ひと)文字が、 分裂する。 あざやかに、 空一面にひろがつた、 〝ほ〟の〝ほ〟(火(〝ほ〟)の穂(〝ほ〟)?) あをを生み、 あるいはあをから生まれながら、 ひとつひとつ燃え、 ひとつひとつ消えてゆく。 幾千の、 〝か〟〝ほ〟 その煌きを、 束ね押さえつけ刈り取つていつてしまう、 無骨な手が、 いつからかある。 かつて、 八百万の〝か〟みは、ぞろぞろと、 橋を渡つて川向こうへ、 あるいていき、 朝には帰つてきたけれど。 今朝の新聞の第一面、 カラー写真に切り取られた、 世界の片隅の一瞬には、 行進する国家。 幾千の、顔は見えるし、 数えることもカンタンだ。けれど、 (きみ、もう気づいているだらう?) その写真には、 たつたひとつの〝か〟〝ほ〟がない。 ※「『千と千尋の神隠し』へのオマージュ 3」は、 ある人に捧げたため、非公開とします。 にりぃーかぎぃー (『千と千尋の神隠し』へのオマージュ 4) 雨が降るから、 海ができます。 わたしたちの住む、 細長い高楼の垂直だけを残して、 はるか どこまでもつづいている、海。 水平に、翼を開いた母のゆたかなまなざしが、 わたしたちを、 今日はしずかに見つめ返す。 青い空を映す、 平らな水鏡の上を、むこうへと、 古い電車が、 滑るように走っていきます。 かすかな音をたてて、 そのあとをついていった白い波も、 消えて、 電車はとうとう見えなくなった。 だからわたしは、部屋へと戻り、 今日の仕事に、手をつけるのです。 一冊の書物を読むように、 一日が、 終わっていきます。 白いページをめくる、 透明な指先の、たてる音。 わたしたちは、時折手を休めては、 海のむこうに、 耳をすますのです。 ほら、 電車がまた、走っていきましたよ。 いくつかの手荷物と、 幼かったわたしたちを乗せて、 今朝の電車は、 行ってしまった。 見えなくなった。 いつも走っていくばかりで、 電車は、一度も帰っては来ないから、 あれがいつごろのわたしたちだったか、 わたしはそれさえ、思い出せません。 窓ガラスの外に、 さびしい月の浮かぶころ、 わたしたちは、残された高楼の中で、 しずかに自分のふとんをしく。 帰りの電車がないのなら、 線路を歩いて帰っておいで、 と そう、わたしに呼びかけていたのは、 わたしだったのでしょうか。 それとも、母だったのでしょうか。 (夢の中で、 うなずくわたし。 いつまでも、 うなずいているわたし。) やがて今夜も、海のむこうから、 あるいは、この細長い高楼から、 雲が生まれ、 雨が降り、 雨が降るから、 海ができます。 そして、その海のむこうへと、 電車は明日も、誰かを乗せて、 滑るように、走っていくのでしょう。 作者註)「にりぃーかぎぃー」とは、「ニライカナイ」のこと。 沖縄では、海のむこうに「ニライカナイ」という楽園のような場 所があって、神様が、そこから海を渡って島々にやってくる、と 信じられていたらしい。「にりぃーかぎぃー」というのは、「ニ ライカナイ」の、ある時期、ある場所における呼び名であった、 と、作者は曖昧にだが記憶している。 |
2004年5月2日日曜日
映画『キャシャーン』へのオマージュ
鳥のいない映画を見ました。 ハヤブサよりも速く、 鉄をまとったあなたが駆けて、 量産された機械が燃え上がる 六月 鳥のいない映画を見ました。 命をもたない者たちの、 折り重なった夢の跡から、 ほたるのように飛び立とうとする、 ひかり つむいで ねえ、あれは音楽ではない。 ねえ、あれは絵画でもない。 あれは映画なのです。あなたよ。 怯えた豹のように見開いた眼も、 蜘蛛のように膨らんで破裂しそうな背骨も、 すべて 毒された森の中で 宛て名もなく果てていくまたたき 抱き合いながら すれ違っていく 生まれ持った名前を捨てて、 「俺の名は、……キャシャーン」 と、 名乗ったあなたよ。 砕け散った機械たちよ。 降ることはなかった六月の雨 傷んでいくまなざし すべてのひかりよ。 海に帰りなさい。 鳥のいなくなった空をわたって。 そうしてわたしは振り返るのです。 一層過酷な天を抜ける嵐に、 この肌をさらして、 そこから愛していくために。 映画館を、出る。 |
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