2004年1月29日木曜日

まじめな恋愛詩の試み 1



   図書館



黒い花びらが猫のように通り過ぎて
「さよなら」ばかりが降り積もっている
図書館

昼過ぎから不在になったままの
誰かのむくろを指の腹でめくると
後姿しか返事をしなかった

小さな耳ばかりを思い出している
百年来つづいているという
書庫のことはいつも知らない



自分が、ずっとまじめな恋愛詩を書いてきていないことに戸惑いをおぼえ、少しずつ若かったころに戻ろうかと思っています。今日この頃。
だから、「まじめな恋愛詩」っていっても、あくまで自分のが不真面目だったって言うだけなので。誤解なきよう。




2004年1月18日日曜日

一篇の恋愛詩を書くために


一篇の恋愛詩を書くために
俺はアダルトビデオを借りにいく
まっすぐに伸びるあたたかな言葉
が、見当たらず
遠くまで
歩いてビデオを借りにいく

薄暗い部屋の中で
ひとり、明るく繰り返されていく映像
その中で
伊東怜がはにかんでいる

「え? ……ふふ、うさぎちゃんを殺すの」
「え? ……ふふ、うさぎちゃんを殺すの」

光と一緒に消費されていく
何回も見る
うさぎの頭になっている


いつの頃からか
見えない時計を片手に提げて
迷い込んでいた
俺は繰り返されていた
痛みを忘れた画面の上で
誰かと二人
報われない旅をつづけ
出口を失くした旅をつづけて

検索する
けれど名前を思い出せない


一篇の恋愛詩を書くために
俺はアダルトビデオを借りにいく
いま、この唇でもつぶやける
そんな言葉を探している

一篇の恋愛詩を書くために
俺はアダルトビデオを借りにいく
繰り返されていく映像の
伊東怜の、はにかみを
何回も見つめ
何回でも見つめ

その中に
見つけ出そうとする
俺の頭を
あの人の指先を
思い出せない肌の白さを
言い表すための

 まはだかな あなた

を。


2004年1月16日金曜日

春について


   1

しあわせなんだと

いま ほんとうにしあわせなんだと

日記にかくことに

どんな意味があるでしょう

書かれなかった六年の月日と

光の中へ芽吹いていけた

あの日の日付け

しっかりと記し

笑った 笑顔の

しずかな荷積みと

船出を見送る

いつの日もかわらない

同じ重さの ギターを抱いて

海を見る目は

春にゆられていく



   2

しあわせなんだと

いま ほんとうにしあわせなんだと

日記にかくことに

どんな意味があるでしょう

書かれなかった六年の月日と

光の中へ芽吹いていけた

あの日の日付け

去りゆく季節に差し込まれ

その身を折り曲げていく

一枚の栞 その足元から

いま 蔦が鮭にかわり

鮭が細身の雲雀にかわって

この朝の上空へと 垂直に

声だけを残して

つきぬけていく



2004年1月11日日曜日

ムスメノミウリ

商売できるでしょうか?
二人で出かけて一人で帰ってきた。
故郷の壁は動揺し、
空は無惨に流れ続けた。

商売できるでしょうか?
七つの子どもたちは流氷に乗って去った。
いかめしい鬼瓦に腰かけて、
不審げに見つめてくるうらぶれた太陽。

かつて、遠いあの街で、
一つの海が沈み、塔が隆起した。
何一つとして取り締まらないための、
まがいものの塔。その影の先で、
現れるために隠され、
自ら嘲笑を纏いながら、
わたしたちは流通した。終わる所なく。
他人の朝の、明るい皿の上で、
姉が塩になった。
姉が塩になった。

商売できるでしょうか?
裏切り者の、命ある者の、
恋路をたどった果てでの帰郷。
商売できるでしょうか?
何もかも失って、まだ、
わたしは故郷で今度こそ生きたい。


うつろな壁になった家々の間で、
いま、現れるために現れていくもの。
しずかに開いていくわたしの生殖器。
おさないままの、あたたかな夜の海辺で、
姉よ。なつかしい子どもたちよ。
別れても、残ることを選んだわたしが、
ほら、力一杯この手を振る。
いなくなったあなたたちにむけて、
ここで何度もおかえりを言う。

 生み直しながら、
 生きています。
 おかえりなさい。

 生まれ直しながら、
 生きています。
 おかえりなさい。



2004年1月4日日曜日

偽書 異本


廊下にまで霊があふれていることを、不思議に思ってはならない。霊たちはいつも立ち止まったままだから、横を通りすぎるわたしたちことを、ずっと見つめつづけている。ちょうどここに降り立つまでのわたしたちの漂泊を、はるか前から、眺めていたように。そしていつのまにか、そばを歩んでいるしずかなまなざし。

わたしたちは、どこかに帰りたいのだろうか。そして、わたしたちの同伴者は。電車の中、単語帳をめくるわたしたちの隣で、吊革を握っている上半身だけの霊。次のホームでは下半身が待っていて、そこで彼らは、ひとつになろうとする。それが繰り返されていく、毎日。そのホームに、わたしたちもまた、毎日降りる。もちろん今日も。

「ただいま」と言いながら誰もいない台所を過ぎ、西の窓を開け放つ、いつもどおり。空の彼方でセイラムの木が、魔女(男女問わず)の死体を鈴なりにして、ゆったりとたわんでいる。その空と雲、そして舞い散る木の葉の清潔さが、今日もわたしを激しく苛立たせる。学校の廊下と、あまりにそっくりで、あふれていた霊のうつろな瞳を思い出す。

いま、ここで、試しに仮定してみよう。何も生まれなかったと。そして、何も死ななかったと。それでももはや、何も変わらないだろう。レンジが回る一分三十秒。それが終わると、仮定は自動的に保存されて目の前から消える。証明も反証もないままに。西の空で、時計を提げたウサギが出入り口を見失う。宙吊りになって動かない、縛り首の木は真っ黒な影になっている。

コンビニのおにぎりだけで、ここまで大きくなってこられた生命の不思議。そして、太柱を塗り固める丹塗りのように、その上に重ねられた度しがたいうそ。ついさっきまで苛立っていたことを真っ白に忘れて、わたしは、わたしたちは、躊躇うことなくまた箸を割る。誰もいない台所で。同伴者は、すでに壁にかけられ、等身大のフィギアで叩かれて、押し花のようになって重ねられている。


参考 『偽書』