2005年11月21日月曜日

【批評ギルド】 「朝寂」 やまなか さおり


 批評の一文目は、いつも困ります。という文章で無理矢理一文目をクリアーして、なんとか批評を始めていきたいのですが。

 やまなか さおり 「朝寂」 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=46533

 なんというか、非常に端正な詩だと思う。何が?と聞かれると、詩の姿が、と答えるほかないのだが、それでは意味不明だろうから、もう少し書いてみると。
 この詩の中で、登場人物は呼吸しているだけだ。そして、その呼吸を確かめている。けれど、そこには「わたしが」呼吸している、その「わたしの呼吸」を「わたしが」確かめている、という風な「わたし」の出しゃばりは感じられない。話者も、自分の考えをガンガンがなりたてたりしない。伝えたいことは、短い言葉として、というか、それら言葉が描くこの詩のしずかな立ち姿として、我々の前に現れる。それが、心地よい。

   仄暗い朝の
   静けさに身を委ね
   ゆっくり
   呼吸を確かめる

 詩の出だしは、もどかしいほどにつかみ所がない。どの一行をとっても、これと言った決め手に欠ける感じで、かと言って状況説明過ぎてうざったいこともなくて、私はこの詩に入り込むことも拒否することもできず、どうしよう、と困ってしまった。しかし、

    いち
      にぃ
        さん
          しぃ
   
          いち
        にぃ
      さん
    しぃ

 という所では、素直に感動した。「本当に、ただ数えているだけやん!」と。
 呼吸というものは、それが大切であるくせに、普段意識されることが全然なくって、けれどそのリズムにはきっと詩や生命の秘訣なども込められているのだろう、と勝手に思っている。詩の一行は呼吸の長さによって決まる、という説もあってそれは個人的にあまり好きではないのだけれど、とにかく詩の形と言うものが、呼吸なり生命なりを文字通り「形」にしている、と考えることもできるのだ。
 その呼吸(リズム)を形にすることに特化した例として、スペースだけで詩を作る例(ドラッグアンドドロップすると形が浮き出てくる)とか、あるいはある種の純粋詩も挙げられるのだが(たぶん)、そうやって対象に真っ直ぐに挑むことが却って対象を見えにくくしてしまうのではないか、という懸念もあるのであって、それら呼吸やリズムは生きている我々とともにあり、意識されずに繰り返されるからこそ呼吸やリズムとして続いていく、という側面もあるのであって、意識してしまったらそれはもはや、有限の我々の意識の中に閉じ込められた檻の中の表象となってしまう(純粋詩はその表象自体を破壊するほど徹底しているから、まだいろいろやってください、と思えるのだが)。
 ところが、この詩では、呼吸を一つの形にしながら、それを「ただ数える」という行為に結び付けていることによって、呼吸を呼吸のままでとっておくのだ。いや、こう言うべきだろうか。この詩では、ただ数えることの中に呼吸が現れている、と。
 話者は、その呼吸についてうるさくは言わない(少なくとも、ある地点までは)。ただ、それを形にする。詩の姿として示す。それだけだ。その書く態度とも言えるものが潔く、凛とした空気となって詩を包んでいる、そのように感じた(むろんその空気は、朝の空気でもあるのだ)。呼吸だリズムだと自分で騒ぎ立てている詩は、いわば人工呼吸の詩であって、この詩の呼吸は「自発呼吸」として(自発呼吸のまま)、詩の文字の中に掬い取られる。
 
●二、「生きている」について
 さて、「一」では「自発呼吸」について書いてきたわけだが、というか、「一」という区切りを入れ忘れていたので、そこは読者さんが思い思いの場所に入れてくれたらいいのだが、ここでは、「生きている」という部分について述べる。
 この詩の見た目の特徴としては、「一」で書いた、数えている所の字下げによる往還がまず挙げられるのだが、それともう一つ、次の部分が注目されよう。

   規則正しい
   自発呼吸
    (すぅ と)

   昨日から
   羽化した朝
    (はぁ を)

   あぁ 今日も
   生きている
    (繰り返して)

   生きている
 
 詩の基本的な流れは字下げなしの部分(各連一、二行目)が語っているのだが、その裏で、呼吸が行われている。これも、生きている我々の裏でつづく呼吸の側面をうまく形にしている、ということもできるだろうが、正直な所、こういう複線的な書き方は手法としては凡庸ですらある。
 しかし、この詩では、その凡庸な手法が大きな効果を生んでいる。なぜか、といえば、この詩では「繰り返し」がきちんと織り込まれているからだ。そして、最後にそれが手のひらのように合わせられるからだ。


   あぁ 今日も
   生きている

 という書き方は、いささかナイーヴすぎるきらいがある。ここには感傷があって、もっといえば感傷を抱いている話者だけがあって、肝心の「生きている」がない、そう思う。「生きている」というのは、さっき呼吸について書いたように、もっと(我々に対して)そっけないものであると思うのだ。というか、この詩は実際、呼吸をただ数えることを通して、そのようにして生を掬い取ったではないか。その同じ詩が、ここでこのような言い方をすることに対しては、私は書き手の無用心ささえを感じる。
 ところが、この感傷を、裏でつづいていた呼吸が、越えていく。感傷は、感傷に浸っている話者に終始することが多く、そこが終着点になってしまいがちなのだが、その終着点を、この詩の伏流は、実にそっけなく越えていくのだ

     (繰り返して)

 この一語に、どれほど戦慄しただろう。「生きている」という、どう考えてもそこで終わってしまいそうな断言を超えて、繰り返されていくもの。ここに、私は本当に「生きている」何かを感じたのであり、感傷に浸る話者という小さな領域を覆す、恐ろしくも貴いものを見たのである。
 そして、その上で繰り返される言葉、

   生きている

 これは、主流としてつづいて来た方の言葉が行き着いた「生きている」と、括弧つきで伏流としてつづいてきた呼吸とが合わさって出てきた、いわば陰と陽が抱き合った形での本当の「生きている」であって、それは一回目の「生きている」を越えたところで言葉になった(誰がこの言葉を語ったのか?)生なのだろう。

●三、手を合わせる
 「二」で書いたような、陰と陽が合わさったものとしての生を考える時、私はどうも、それが「手を合わせる」とつながるような気がしてならない。手の甲は我々の外皮、あるいは日の当たる陽の部分であり、手のひらは日の当たらない内臓のような印象が、個人的にあるのだ(実際はこの逆で、日本では手のひらは陽、手の甲は陰とされている。だから、葬式で無闇に手のひらを見せることは無礼に当たるそうだ)。
 「手を合わせる」のところで作者が「湿り気」という言葉を選んだことは、非常にいい選択だったと思う。これは、「羽化」ともむすびつき、また、まだほの暗い中に浮かぶ朝露などもイメージさせる。羽化は外敵に見つかりにくい夜に行われ、羽化したばかりの成虫の羽は濡れている。そして、彼らの外皮は湿っていてやわらかく、白い。あまりにも無防備な命。夜の闇の中に震えるように浮かぶその、白。
 我々は、夜、闇に守られながら(責められながら)自らを解体し(解体され)、いわば自発呼吸だけになって生きる。そして、朝になり、朝食を摂ることで、「わたし」を「わたし」として成り立たせ、自分の一日を生きていく。この詩の立ち位置は、まさにその間、羽化した成虫のしずかな白さとともにあるのであり、その白さや湿り気がやがて固い外皮に閉じられると言う転換点が、ちょうど、「手を合わせる」――湿った陰の部分を陽の部分で挟み込み、内に閉じる――という行為に象徴的に表れているのではないだろうか。

●四、いくつか気になった点について(箇条書き)
・最初の出だしの中途半端さは、それがいかに朝の雰囲気に合っていたとしても、やはり考え物のような気がする。特に、ここで「身を委ねて」という表現を使ってしまっては、そこに「わたし」の姿が出てくる気がして、うまくないな、などと思ってしまう。それよりもむしろ、手を合わせると同時に手が現れてそれと同時に初めて身体が現れるようにしたら、面白いんじゃないだろうか(というのは、完全に個人的な好みだが)。呼吸だけがあって、手を合わせることでそれを綴じ込んで(それを綴じ込むことによって手を合わせるという行為が実現されて?)、「わたし」の身体が形になる、という方が、流れ的にすっきりすると思うのだ。おせっかいで申し訳ない。
・「生きている」の次の連、「一朝 一朝/繰り返される喜びを」ってところは、いきなり話者がまとめの姿勢に入っていて、これまでの呼吸している地点からは全然離れてしまっています。一つの朝の中で呼吸をたしかめているところから、もっと大きなところに向かおうとしたのでしょうけど、そのような普遍化の歩みはもっと慎重であるべきだと思います。下手な勘繰りを入れると、作者としては「生きている」で一息ついてしまって、そこからどうしたらいいか考えた時に、ここにあるような普遍的なフレーズが浮かんだのでしょうけれど(たぶん)、こういういかにも詩的な普遍化は、これまでの地に足着いた展開(本当に感じて、考えて書かれた生きた言葉)に対して、重大な裏切りをすることにもなる、と個人的に思います。まあ、これも個人的な好みの問題ですが、一応、参考までに述べさせてもらいます。
・「今日が始まる」というのは、あまりにも簡単すぎやしないだろうか。そんなにすぐに始まるのか、本当に? 何か、「疲れていても、今日は始まる」というア○ナミンVのCMを思い出した。あまりにも割り切りすぎと言うか、今日というものへ強引に頭を切り替えられたようで、後味が悪かった。や、この詩においては、やっぱり今日は始まらなければならないんだろうけど、けれど、この一行はあんまりじゃないかな、と思うのだ。

●五、蛇足
 タイトル、「ちょうせき」と読むのでしょうね。ふつう「朝夕」と書く言葉であり、「朝と夕方」という意味で考えると、正直、単なる文字遊びにしかすぎない、と思います。つまり、あんまりもとの言葉の意味が生きてこない、という。
 ただ、「朝夕」には朝から晩まで、いつも、という意味もあって、そうなってくると、俄然詩のテーマとも響いてくるわけで。いや、だからなんだって話なんだけど、いいタイトルだな、と思ってしまったのです。

●六、蛇足の蛇足
 これって批評なのかね? ごめんなさいね、やまなかさおりさん。

2005年11月14日月曜日

入沢康夫「「誕生」へ」のフレーズに基づくRe‐mixed Texts(反復される喪のために)


差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年八月二十八日 二十三時五十七分四十二秒
宛先:    増田考志
件名:    Re:お久しぶりです。

> 栄さん、お久しぶりです。増田考志です。暑い日が続きますが、お元気で
>お過ごしでしょうか。
> 私はいま、人生で初めて、北海道の大地の上にいます。今日の夕方ごろに
>新千歳空港に着き、そこからは空港バスで、ここ、札幌まで来ました。この
>メールは、すすきのの外れにあるインターネット喫茶から打ってます。ホテ
>ルをうろつき出て、人に道を訊き訊きこの店まで歩いてきました。すすきの
>と聞いて、決して変な想像をしないように(爆)。
> 私が北海道に並々ならぬ愛着を持っていることは、栄さんもご存知でしょ
>う。あれほど、ゼミでも発表しましたしね(笑)。けれど、私が初めて北海道
>に来てみて感じたのは、憧れの地に対する感激ではありませんでした。
> かといって、無論、幻滅したわけではありません(笑)。そうではなくて、
>何と言ったらいいのだろう、私は、言葉を失ってしまったのです。ここ北海
>道は、あまりにもすき間が大きすぎるのです。そして、ちょうどそのすき間
>にはまり込んでしまったかのように、というか、そのすき間の中で佇んでい
>る自分にはっと気づいてしまったかのように、言葉が寄りかかる対象を見失

    *   *   *   *    

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 Mステで初めて見た時はタモリが彼女たちの年齢の小ささに驚いていて、たしか当時は平均年齢十四・五歳だったはずだけどそれは僕が今計算しただけでその時タモリが言っていたかどうかは覚えていないし、どっちにしたって僕はテレビを眺めながら特にその幼さに驚くこともなかった。けれどというか何と言うか僕はそもそも驚くも驚かないもない状態だったわけだが、「それなのにしっかりした歌をうたうんだよねえ」と感心したようにタモリが言った時には「へえ」と少し気持ちがそちらに惹かれて画面を見ていた。それまでテレビを見ていなかったのかと言われると一応見ていたはずだし、見えていた記憶もかすかにあるのだがそれは水の中で写真を見ているように茫洋としていてしかも声も聞こえなくて静止している、あるいはとっても緩慢にゆらゆら動いている。僕の覚えている映像はタモリの言葉とともに唐突に始まっているのだ。テレビの中では、長い椅子に座って彼女たちは他の大人の「アーティスト」たちに囲まれタモリの横でこぢんまりと埋没していた。埋没していたようなんだけれども、それは決して押しつぶされる感じではなくて、四方からの圧力を背負うことで彼女らの内から満ち押し返してくる力が画面の真ん中でじっと腰かけていて、その静かさが逆に怖かった。小さな輪郭と白い肌、意志の強そうな黒い瞳で四人並んでかけていて、一番小さな子の長い髪はまっすぐ下に落ちていた。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 Mステのステージで彼女たちは当時のヒット曲を歌い、僕は切実で澄み切ったその歌声も歌詞を丁寧に胸のうちに置いていってくれるその歌い方も四人それぞれの個性が出ている楽器の演奏も全部それぞれに悪くないと思ったし、それどころかこれはいいとも思ったがそんなことは努めて思わないようにした。いいと自分を納得させられなかったのは楽器の音が小さいとかたしかそんな理由で、僕はたしかに彼女らの楽器の音が小さいことが不満だったのだけど、それは僕自身が必死になって音を小さく聞こうとしていたのかもしれないと今思い出すと思えた。というか、むしろ鳴っていた音がうまく思い出せないくらいだ。何かドでかいガラスを一枚隔てているみたいで、歌っている彼女たちに向けてそのガラスを懸命に押し付けているのはたしかに僕の力だ。当時大好きなバンドが解散したばかりで僕は彼らの代わりに自分の心を引っ張り出してくれる人たちを求めていたし、漫然と音楽番組を眺めては代わりの人たちを探しながらその実在を求めていなかった。

    *   *   *   *    

差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年八月二十九日 四時二十七分九秒
宛先:    増田考志
件名:    Re:お久しぶりです。
 増田くん? お久しぶり。メールありがとう。それから、さっきは変な返信をしてしまってごめんね。
 北海道、いいね。人生初だったんだ? きっと、今頃やっと感激してるんじゃないかな。おいしいものもいっぱい食べてる? また、みやげ話とか聞かせてね。
 そうそう。京都はまだ暑いです。熊本にはまだ帰ってない。学会とかで先生のお手伝いをしたり、色々忙しいからね。それに、院試ももうすぐだから。院試が終わったらまた、帰るよ。
 増田くんは就職先が決まってていいなあ~。じゃあね、また。熊本から帰ってきたら、その時飲みましょう。こちらこそ、久しぶりに喋れるの、楽しみにしています。

    *   *   *   *    

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 部屋の中は乱雑に散らかっていた。何回も着まわしてきた衣服が、いつ着たかの区別もなく一かたまりに積み上げられ、崩れかかったままで止まっていた。丈の長いカーテンがだらしなく半開きになっている。外は夜だ。摺りガラスの向こう、最近出来たばかりの四角い高層マンションの明かりが、点々と白い。
 部屋の真ん中、そのマンションからも見える位置に敷かれた布団は薄汚れていて、長く湿気を吸ってきたためか、生地も風合いも一切の内実を失ってしまった。布団の横には、空になったカップ麺の容器が一つ置かれてある。僅かにスープが残るその底の窪みへと、二本の割り箸が斜めに差し込まれていた。前触れもなく小さくバランスを崩したその瞬間のまま、発泡スチロール製の縁に身を凭せかけて、じっとしている。おそらく、この二日の間、ずっと。箸の先の方には、スープと二日前の彼の唾液とが、穏やかな染みとなって残っている。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 《……は知っている。その部屋にあるのが何であるか。今、この文字たちを繰り返しながら、……は知っている。その部屋の中にあるのが何であるか。……は振り返らない。振り返らなくても知っているからだ。なぜ? それは「彼」が自ら語ってくれる》

 その部屋は、京都市の中心部を縦断する東大路から、路地を少し西へと入ったところにあった。そこは何年も前から新しい建物が建たず、寂れた店舗の閉店や古くなった住居の取り壊しばかりが行われている地区で、ある日、錆だらけになって放置されていた大きな工場を取り壊して高層マンションが建つまでは、その一帯はまるで、京都の中心部に広がる古い木と土と鉄の墓地だった。
 工場がなくなった。マンションが建った。数日の間、そこには何もなくて白っぽいだけの空き地が広がっていた。かつて工場をゆるやかに見下ろして、いつだったかよく見えない空き地を斜めから覗き込み、今では壁のような高層マンションから威圧的に見下ろされる。彼の住んでいた部屋はちょうどそのような場所にあり、それは五階建ての学生マンションの三階の一室だった。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 あとになってから、彼女たちを見るのはその時が初めてではなかったことがわかるのだが、それはまた別の日の話でこの時のこととは関係ない。とにかく僕は後味の悪い思いをしながら、彼女たちの名前を覚えておいた。それがやがて、彼女たちのことを間違いなく好きになるまでにはいろいろと段階があって、今は引っ越した友達の下宿でCDTVを見ていて新曲で踊っている彼女たちの姿を偶然見かけて、その友人からダンスも踊れるということを聞かされた時は冬だったけど部屋の中はほのかに温かくて《誰の記憶だ》、Mステで初めて見た時は帽子をかぶっていてぱっとしなかった髪の短い子のダンスが挑むような目つきでカッコイイというか怖いくらいででも彼女のやわらかな人柄も一緒に滲み出していたから《誰がそれを見たというのだ》、今はない友人の部屋のカーペットの柄やコンポの鈍い銀の光などと一緒にぼんやり覚えているし《誰が覚えているのだ。誰も覚えてはいない。……は知っている》、次の年の六月にポップジャムでその子が片足をぐっと前に出した姿勢でベースを弾きながら大サビを歌う時、客席の心持ち高くてずっと遠いところを真っ直ぐ見つめながら高音部を眉をしかめて歌ってふとその目のままで笑った、その時のはっとしたような感動も彼女のあたたかくナイーヴでたくましい声もその時の白い衣装ときれいになった顔立ちとともに覚えているのに、それらはもう驚きでもなんでもなくて僕を大きく包むばかりだ《「僕」とはどこにいる。増田考志がこれを打っていた京都の一室も、今は人の手に渡っている。それも「今はない」のだ。そして、彼は三重県の実家にもいない。……は知っている》。

 階段はマンションの外壁に取り付けられている。深夜バイトを終えて帰ってきた彼は、大体決まって、疲れた足取りでそこを昇っていった。三階にたどり着き、依然昇りつづけている階段からのっそりと外れ、濃緑に塗られた廊下を歩いて自分の部屋の前まで行く。鉄製の重い扉を開けるとその度ごとに、湿気に満ちた部屋の空気が彼の頬を親しげに打った。
 その部屋に彼はいない。十数分前まで彼が寝転んでいた布団の上には、今は一つの死体が転がっている。やせた胴体に淡い水色のパジャマを着、顔には半透明のポリエチレン製のビニール袋をかぶっていて、姿勢は真っ直ぐだった。仰向けになって、布団の上に転がっている。そのまま動かない。
 部屋の空気はずっと滞っている。しかし、それは完全に静止しているわけではなかった。よく見てみると、ついさっき生まれたばかりの小さな埃が、つけっぱなしの蛍光灯の光に照らされてかすかに上下している。様々な菌類を含んだ空気もしずかに渦を巻いていて、その渦がたどり着いた先、家具の裏側や流しの下など目に見えない片隅では、今この瞬間にも新たな命が花を開きつつあった。死体は現れて以来ずっと、この止むことのない腐食にさらされつづけている。いずれ、その皮膚や内臓からも花が咲くだろう。
 部屋の外は一面の雨だ。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

    *   *   *   *    

差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年九月十九日 〇時十五分二十秒
宛先:    増田考志
件名:    
 増田くん、元気? 栄です。私は昨日、熊本から帰ってきました。増田くんも、もう京都に帰ってるよね。よかったら、今度の火曜日、一緒に飲みませんか?
 まさか、まだ北海道にいたりなんかしないよね。この前一度、聞きたいことがあってケータイにメールしたんだけど、返事ももらえなかったし。最近連絡ないし。どうしてるんだろう、と、ちょっと心配しています。
 それから、もしまだ北海道にいるようなら、お土産はチョコがいいなー、なんて思ったり(笑)。いろんな話も聞かせて下さいね。楽しみ。じゃあ、またね。

    *   *   *   *    

 《二〇〇五年二月二十六日、増田考志は死んだ。その部屋には、彼の怠惰な生活を推測させる衣服の山、食べ散らかされたいくつものインスタント食品の容器や箸、読んだのか読んでいないのかさえ定かではない雑多な本、包丁、数枚のCD、鍵のないキーホルダーなどに混じって、一つのPCが発見された。そこには数多くの文書が保管されていた。どうやら彼は、インターネット上に(もちろんハンドルネームを使って)文章を発表していたらしい。事実、PCに保管された文書に記されているハンドルネームで検索をかけると、優に一万を越える記事がヒットする。しかし、彼が一つのハンドルネームで活動していたとも限らないし、彼の全人間像は、どうしたって収集しようのないものなのだ》

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 いろいろな段階を踏んで僕らが今ここにいるのはたしかなはずなのだし、その到達の喜びみたいなものも当然こうやって物語る時にはあっていいはずなのだけれど、でも正直なところ段階が今ここにいる僕らの背中の方、振り返って目をこらさなければ見えないような辺りを遠巻きに流れていっているだけのような気がして、それはさびしいといえばさびしいのかもしれないけれど、たとえば夜、橋の下の川が立てつづけるせせらぎの音を思うなら、まるで子守唄に包まれながらそれにも気づかずに眠っている子どもみたいで僕はやはりしあわせだ《彼がこう書いた例のバンドは、二〇〇五年の四月に解散した》。

 僕はやはりしあわせだ。

 外は夜だ。摺りガラスの向こう、最近出来たばかりの四角い高層マンションの明かりが、点々と白い《死体はまだ、そこに転がっている。かつて毛であったもの、かつて指であったもの、かつて性器であったもの、かつて唇であったもの、……それら一つ一つから無数の細かい虫が這い出して、かさかさと音を立てて部屋の四方に散らばっていき、壁と床の隙間、天井の角、窓のサッシなどのところに辿り着くと溶け込んでいくように見えなくなった》。
 《……はそのことを覚えていない。覚えているのとは違っている。ずっと前からそんなことがあったし、これからもあるだろうから、これは記憶などではないのだ。あえて言えば、――いや、これについて語る言葉など、あるはずもない。だから……はいつまでも……でありつづけるのであって、時々それが「わたし」や「彼」になる。それだけの物語だ》
 付けっぱなしになっていたPCの上では、暗くなった画面の上、水道管みたいなパイプが三次元的につながり、枝分かれして、広がっては消え、広がっては消えしている。

    *   *   *   *    

差出人:   増田考志
送信日時:  二〇〇五年十一月十三日 二十三時五十七分二十秒
宛先:    栄安津子
件名:    お久しぶりです。
 栄さん、お久しぶりです。増田考志です。ながらくお返事できなくて、すみませんでした。
 私はまだ、北海道にいます。いま、すすきのの外れにあるインターネット喫茶から、このメールを打ってます。帰るのは、まだ先になりそうですが、京都に戻ったら必ず真っ先に連絡して、おいしいチョコを持っていきますから。食べて下さいね。私も楽しみにしています。

    *   *   *   *    

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭さへも見えぬ。)

2005年11月12日土曜日

「Ishkar」 scene 13 (5) ライブ四曲目の途中まで


 「えー、……それでは。次の曲、聴いて下さい」
 椅子に腰かけたまま、照れ笑いのような表情で真ん中のギターが、言う。つづいてその顔が少し引き締まり、まるで両手で大切に置くように、次の曲のタイトルが告げられて照明が暗くなった。静かな拍手が、野を渡る風のように自然に湧き上がる。そのさざめきはやがて会場をいっぱいに埋め尽くし、けれど、その上をさらにおおらかに覆っていくように、広々としていながら星空のように切ない、ピアノとシンセサイザーの音が鳴り響いていた。
 真ん中の女性の声が、伸びていく。誰も楽器を弾かず、録音された音だけが鳴っている会場を、一人の女性の生きている声がひたむきに進んでいく。水橋はその曲が、彼女たちを有名にしたあのドラマの主題歌であることに、ようやく気がついた。さっきの拍手のあたたかさが、今さらのように胸に沁み入ってくる。真ん中のギターだけを残して、後は真っ暗になった会場の客席で、曲に合わせて赤いペンライトが揺れていた。平らに切り取られたステージは海岸みたいで、そこへと下っていく草深い野原では、金色の穂が――何百本もの光と腕とが――ゆったり左右に呼吸している。
 Aメロが始まって、金属的にささやかなアコギの音が、淡々と鳴っていく。真ん中の女性の歌声は、今は歌の主人公たちの出会いを綴っていた。言葉は感傷的になることもなく、一つ一つ、景色とともに見出されていく。シャッフルビートで弾んでいるドラムは、静かだった。ハイハットの音はほとんど聞き取れないくらいに小さく、バスに時折スネアが混じるだけのように聞こえる。ベースが通奏低音のようにいつしか響いていて、歌の主人公の気持ちが、今は遠い懐かしい喜びが、女性の声を借りて夕べの涼しさのように象られて、佇む。

   (中断)



 長らくこの場を借りて進めさせてもらってきた「Ishkar」ですが、やはり、どうしたってこれ以上前には進めなくなりました。正直、中断だけは、自分としては何としても避けたかったのですが、どうしたって無理な以上、もはやどうしようもありません。
 辞めるべきタイミングはこれまでにも何回もありました。これさえ辞めればどれだけ楽になるか、ということも何回となく考えました。けれど、自分が今探しているもの、自分が書こうとしているもののことを信じていましたので、その度ごとに気力を振り絞って乗り越えてきました。けれど、今回の敵は、やはり大きすぎた。強すぎた。いつかの作者コメントで書いたように、書き手としての自分が、完膚なきまでにぶっ潰されてしまったのです。いや、既にぶっ潰された状態で、それでも最後の最後まで力を搾り出して進みつづけてきたのですが、しかし、ここで本当に、力尽きてしまいました。
 読者のみなさまに対して、そしてこの小説自体に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいです。自分としても、ひどく悲しい。けれどいつか、この小説のことを掬い上げるようなものが書けること(あるいは、知らないうちに誰かの手で書かれてしまっていること)を宛てもなく期待して、今は、仮初の眠りにつきたいと思います。ありがとうございました。そして、すみませんでした。