2005年8月16日火曜日

「Ishkar」 scene 9


 さっぽろ駅に着いた。黒と暗褐色の壁に囲まれた駅構内を出て、白とサックスブルーの地下街を歩く。周囲の明るさは変わっても、道幅の広さと床の明るさは変わらなかった。湿度は低く、目に触れてくるものの肌合いはどれもさっぱりしていて、清潔だった。水橋は、自分の足音が聞こえないことにぼんやりと気がついている。重さも軽さもない歩みが、まぶしくてだだっ広い地下の通路に、空気みたいなテンポで重ねられていく。
 地下街を抜けて長いエスカレーターを昇る。歩くことなく、上の方を眺めがら乗りつづけると、前方に外の光が見え始めていた。その光が照明の光と交じり合いながら、やさしく包み込む。歩かなかった。地上だった。水橋はエスカレーターから降りた。そのままJR札幌駅構内に向かうこともできたが、彼はその直線的なルートから外れ、駅前の広場に進んでいった。
 広場には、何もなかった。いや、実際は、広場を突っ切って道が南に伸び、その両側には灰色の石柱が、均整を保って並んでいる。柱のさらに外側、地下街へ降りていく部分には、ガラス製の四角い建物が建っていて、朝の日の光をしずかに反射していた。道の向こうには、枝を広げる緑の木々と駅前通の入り口とが合わさって見え、そこから先は、巨大なビル群が通りを左右から挟みこむように迫り出して、ずっと遠くまで真っ直ぐ立ち並んでいる。左後方を振り向けば、愛嬌のある形をしたガラスドームが、青みがかった光を放っていた。
 しかし、やはり、広場には何もなかった。たくさんの物に囲まれて、広場は景観の中になじんでいくどころか、むしろ、その剥き出しの平らさを晒していた。物があって、何もない。どんなオブジェもその大地を支配することができず、逆に、オブジェを越えて地面そのものが、空白の荒々しさで浮かび上がってくるようだった。物はその地面の上に、今にもかき消されそうになりながら、かろうじて乗っている。ここでは自分もそうなのだ。水橋は、そう思った。
 見上げると札幌駅ビルは、右に背の高いオフィスタワー、左にヨーロッパ風の百貨店を従えて、大きすぎるケーキ箱みたいにそこに置かれてある。

 ホームは、暗く、湿っていた。JR札幌駅二階。一番ホームから十番ホームまでを一挙に含み込む内部空間は、そのために十分すぎるどころか、かえって無駄にさえ思えるほどの幅、奥行き、高さを持っていた。しかし、造りはどこか粗末だった。光はほとんど差し込まず、地面は濡れていて、壁や天井は陰鬱な色に朽ちている。窓や、線路のずっと先の方から差し込んでいる光も、ホームを明るく照らし出したりはしない。むしろその光は、まるで古ぼけた炭小屋の屋根板のすき間から落ちてきているみたいで、その光のせいで、内部の粗末さが余計に顕わになるように感じられた。
 それぞれのホームには、目を少し上げればすぐに見える辺りの中空に、ロープが張られている。そこには色分けされた小さなプラスチックカードが何枚も懸かり、カードには「スーパーおおぞら」、「スーパー北斗」、「エアポート」など、様々な特急・急行・快速列車の名前らしいものが書かれてあった。その下に書かれてある番号と組み合わせて、各列車各車両の乗車位置がわかる仕組みらしい。
 水橋は、「エアポート」のカードの下に並んで、周囲を眺めていた。これまで見てきた北海道とは別の北海道があるようで、水橋は、自分の気持ちが次第に身を屈め、自分の胸を抱え込むように黙りこくっていくのを、感じた。この、背骨が押しつぶされそうなほどに重い、暗さ。その内部にみっしりと籠もっている、発せられない無音のうめき。藍の着物を着た男の、曲がった背中がふたたび水橋の目によみがえった。
 息継ぎをするように、水橋は辺りを見回した。まだ朝早くであることもあり、人は少ない。しかし、もっといてもいいはずのサラリーマンやOLが、ほとんどいないのは気にかかった。
 しばらく考えてみて、水橋は今日が土曜日であることに思い当たった。とうとう曜日感覚もなくしてしまったか、と自分に苦笑いする。暗く湿ったホームには、早起きの観光客や部活の試合に向かう高校生、それにどこに行くのか、一人二人で立っている若者が見えるばかりだった。
 水橋の隣を、小学生くらいの女の子が駆け抜けていく。ホームの縁ギリギリまで行って、線路を覗き込み、少し後ろに下がって自分の足元を見つめ、それから顔を上げて前に進んでもう一度線路を覗き込んだ。「危ないなあ。落ちたりせえへんのかなあ」と、水橋は関西弁で心配しながら、その一部始終を見守っていた。すると、子どもが急にこちらを振り返った。満面の笑みだった。
 「ミズエ、ほら、危ないよ。こっちに戻ってって」
 母親らしい女性から声がかかり、ミズエと呼ばれたその子は戻っていった。両親は、二人で観光案内に見入っていたらしい。父親は今にもハイキングに行きそうなかっこうをしていて、その手に持った冊子の表紙では、カラフルに彩られた文字の下、乳牛が緑の草を食んでいる。
 三人の向こうでは、よく日焼けした高校生が一人、大きなスポーツバッグを肩からぶら提げて立っていた。その高校生は、周囲の物事にまるで関心がないように、手元のケータイをずっと触りつづけていた。屋根の向こうでは、今、雲が太陽と建物との間を、次々横切っているのだろうか。毀れるように差し込んでくる日の光が、様々に陰り、様々に照る。しかし、高校生はその変化を見ようともせず、目の前にある陰鬱な壁にも興味を示さずに、手の中に持った小さなディスプレイへと、若い首を折り曲げている。
 こういうものかもしれない、と水橋は思った。普通の人にとって、北海道とは、こういうものかもしれない。通り過ぎていくだけの観光客からすれば、それはただ自分が楽しむための観光地でしかなく、一方、そこに前から住む人間にしてみれば、それは何もめずらしくないいつもの背景なのだろう。きっと、それで普通なのだ。それで普通なのに、僕は、その二つの間にはまり込んでしまった。
 彼らと僕との違いは何なのか。彼らにあって僕にないのは、一体何なのか。ぐるぐると考えつづけるうちに電車は着いて、水橋は他の乗客と一緒に車両に乗り込んだ。彼は車両の左後方、窓側の席に座り、さっきの家族連れはそこから二つ前、通路を挟んで右側の席に座った。高校生は、車両の一番前に立ち、引き戸に背をもたせかけて――つまり、水橋の方を向くかっこうで、――ケータイをいじりつづけている。ミズエと呼ばれた女の子は、電車に乗った後も落ち着かなくて、窓に顔をつけて外を眺めたり、急に座席から降りて通路を行ったり来たりした。何かの拍子に、水橋と目が合うことが何回かあった。その度に、その子は何を思ってか、うれしそうな笑みを浮かべた。