(まえがき)というかなんというか、「映画的世界に対する文学」の後半が書けなくてそれなのにこんなものを書いている俺を許してほしい気がするが、何より小説「ZONEのことなど」であれだけ書いたのに一晩のた打ち回って悩み抜いた結果、「CRYSTAL LIVE X」(長瀬実夕さんや天然色の出る東京のライブ)に行かないことにした自分がやりきれない。恩返しできなくてごめんねランタイムさん及びレッドワーカーズさん! さて、「クラッシュは、床に落としたら壊れちまったって感じだ」ってのはクラッシュのギター・ボーカルだったジョー・ストラマーがクラッシュ解散後(解散後どれだけ経っていたかは知らんが)のインタビューで言っていた言葉だが、その精神に今頃になってとても魅力を感じている。バンドをかっこよく終わらせるっていうのはそれこそかっこいいことだし、だからこそピストルズは今でも伝説なんだろうけど、やりきるだけやりきった結果というか床に落としちまうところまでやってしまってその結果、あっけなく壊れてしまった、というのも思い切りというか無謀さというか残酷なまでに無邪気なエネルギーというか、そういうものをあっけらかんと感じさせて素敵だ。 俺はそもそも記憶を形に残すことが嫌いで、だから記念写真とかもあんまり撮らないしビデオとかその手のものも割合苦手だ。いや、そんなことを言って黒沢清が出たトップランナーのビデオとかZONEが出た番組のビデオとか家には山盛りになっているのだけど、そういうのはなんとなく録ってしまうのであって見て記憶を確かにするためのものでもないし、実際あんまり見ることはない。そして、自分がナマで経験したものは、やはり思い返せるように形に残してほしいと思いながらもそれが与えてくれるものが結局、自分の記憶の流動と生成が与えてくれる独特のまぶしさに届かないことも知っている。だからこそ、俺はこれまで自分の中の思い出というものを大切にしてきたし、大切な思い出ならばそれは画然と他のものから区切られて存在してほしいと思っていた。 で、まあ今回のCRYSTAL LIVEなんだが、なぜ俺がのた打ち回るほどそれに惹かれているんだろうということを実際のた打ち回っている最中にふと考えた。そして気づいたことに、それはあのライブが少なくともZONEにとってまさにZONEを床に落とそうとする運動であるからだった。今年の彼女たち四人の夏ツアーは、特にバンドとしての強力な一体感と決して妥協しない気迫とを感じさせてあまりに感動的だったので、俺は例によってそれをきちんと区切って覚えておこうとしていたのだが、ツアーが終わった途端にヴォーカルの中心であったMIYUという人が長瀬実夕としてZONEとは一線を画するソロ活動を開始、所属スタジオ主催のCRYSTAL LIVEに出ることになった。そのライブにはもともとZONEからもう一人MAIKOという人が特別ゲストが出ることになっていたのだが、その人もZONEの代表としてではなくあくまで一人のアーティストとして、天然色という自分のユニットを率いての参加だということが後になってわかった。 もともと四人の音楽性も個性もバラバラで、その上メンバーの自由度を優先するグループだったし、いつかこういう形になってくるだろうとは薄々思っていたが、まさかツアー直後(といっても、ファイナルからもう二ヶ月たつのだが)にやってしまうとは思わなかった。そしてそのことの重さに気づくことよりも早く、怖いものみたさや単なるショックから来る懐古的な気分とは全然違う衝動が俺を動かしていた。彼女たちは、ツアーで作った自分たちを床に落とそうとしているのかもしれない。それを見ることによって俺の持つ夏ツアーの思い出は確実に輪郭をぼろぼろにされるだろう。それでも俺は見てみたいのだ。床に落ちこれまでの形が壊れたところに見える現在進行形の彼女たちの、前に進んでいくその姿が見てみたい。 11月19日には今年の夏ツアーのツアー写真集が発売されることになっていて俺ももう既に予約までしてしまってあるが、それがなんだかどうでも良くなってきた。なぜって三ヶ月前ライブだったものが写真になって出る時には、彼女たちはもうそんな場所からはずっと遠い所にいるのだから。そのことを彼女たちが今現在明確に、その姿でもって示してくれているのだから。違う所というのがどういう場所なのかはわからないけれど、彼女たちはもうすでにそこを目指して自分たちの破片をくぐり抜け、他でもないただ一人の身体で歩みつづけている。 んで、ここからは短い<本編>なんだが。現代文学はもう、壊れることを生業にしてきているんじゃないかしらと高橋源一郎『あ・だ・る・と』を読みながら思った。そういえば、カミュの『ペスト』も、なんかヒューマニスティックなように見せて最終的にはなんか解決できないというか収集できてない、もうちょっとましな言い方をすれば、語り手が一人で物語を背負うしかない状況になってるのに明らかに背負いきれていず、結果語り手が小説のドデカさに引き裂かれてしまっていてそれによって事実上小説自体も破綻している。これを不条理だとか正義の不在だとか簡単な言葉でわかった振りするのは簡単だけど、そんなやつは自分で実際に物語を背負って壊れちまえ!と俺なんかは思う。あ、でも、そもそもそれができないからわかった振りするのか。しまった。 で、壊れている文学といえば、小島信夫なんかすごいわけで、語り手がなし崩し的思考(この場合、なし崩れ的思考か)をしていて俗に現実的とか客観的とか言われる一貫した視点がそもそも作れていない。それをいかにもアバンギャルドっぽくやるんじゃなくて(というか、今日において行われるアバンギャルド的壊し方は、「落としたら割れちまった」的壊れ方ってのとは根本的に違っているような気がする)ものすごくよくわかる開かれた文体で、とっても親しみやすくそのぐるぐるしながら奇妙にずれていく思考を見せてくれるんだからたまんない。バカみたいに笑えて、楽しくて怖い。 この壊れるということは、ひとつにはシミュラークル化したといわれる世界を脱臼させる上でちょっと面白いんじゃないかと思う。壊れることは必ずしも僕らを映画としての世界の外には出さないが、逆に映画自体を限りなく瓦解させてその底辺部にできる空き地によってリアルを見せてくれる。「床に落としたら」というのは高度差のある運動であって、床っていうのは普段意識されてないしはっきりと見ることはできないけど、落としたものが砕けることによって初めて視線が向けられ意識されるものだ。それは、最終的にいかなる映画も犯せないスクリーンの白に似ている。あるいは、黒沢清の映画に、映画自体ですらわかってないようなシーンが入ることと同じようにして、引き裂かれたり収まりきらなくてはみ出したりした先に外側を感知させてくれる場合もある。さらには小島さんよろしくシミュレーションの世界の中で飽きずにぐるぐるやっているうちに、シミュレーションの中に変にリアルが生まれてくることがある。それは、小説の文章が生の時間を孕み出す感じ、あるいは青山真治監督の映画『ユリイカ』でのアホみたいに長い長回しが、映画の中にたしかに空間があるという妙な実感を僕らに与えるのと似ているのかもしれない。 じゃあ、詩ではだれが壊れてるんだろうって考えたら、不勉強ゆえ出てきませんでした。ただ、その潮流はやっぱりある気がしていて、身近な様々なものを歌いながら、歌っているのは主体とかではなくてもう刹那的な皮膚感覚でしかなくて、その皮膚感覚自体も詩の中で拡散していく、というのはなみさんとかみいさんの詩とかちょっと前のちょりさんのとか読んでて感じるのだけど。ああ、あと今村知晃さんも。まあ、それぞれ特徴はあって、たとえば今村さんのは落として壊れるその速度自体で突き抜けようとしていたり、割られるものの放つ光の多彩さ加減でそのむこうに光源としての野生の太陽を感じさせたり、さらにいいときにはそこに廃残者的自意識が絡んできて詩を独善から解き放つばかりか自分が割った破片をどうしようもなく抱えてしまって(当然ぐさぐさ刺さる)それでも自分が招来した太陽に向かっていく、という姿が見えて単純にカッコイイと思ったりする。 まあ、他にもいっぱいいるんだろうけど、たとえば中途半端に頭がいい人は壊れていく感じを出そうとして壊れている言語を取り入れようとし、実際うまく取り入れるけど自らの批評性と詩の逃れがたい形式性ゆえ空回りというか何と言うか、その壊れていく感じがすぐに一篇の中で定式化してしまうというつまらなさがあるように俺は感じている。っていうか、俺もやった。 詩は必然的に形式への意志をもつだったかそういうことを聞いたことがあって、もしそれを抜け出せないなら、壊れていくことではなくて別のルートで探してもいいんじゃないの、ということも思う。だって、小説はもともと形式のないこと、中途半端であることを特長として生まれたんであってそれを現在生かしているだけだし、詩は小説の真似みたいにならなくても別のやり方でだって現在の世界に立ち向かっていけるはずだ。たとえば、いとうさんや最果タヒさんの詩がすごいと思うのはそういうところで、散文詩にしろなんにしろ詩としての形式性を活かしながら、それでもって小説とかが壊れていかざるを得ないこの世界に潜むものを見事に描ききっている。 で、結局何が言いたかったかというと、MAIKOさん実夕さん頑張ってね、ということです。 |
2004年10月27日水曜日
壊れちゃった、とか
2004年10月25日月曜日
小説 「ZONEのことなど」
Mステで初めて見た時はタモリが彼女たちの年齢の小ささに驚いていて、たしか当時は平均年齢十四・五歳だったはずだけどそれは僕が今計算しただけでその時タモリが言っていたかどうかは覚えていないし、どっちにしたって僕はテレビを眺めながら特にその幼さに驚くこともなかった。けれどというか何と言うか僕はそもそも驚くも驚かないもない状態だったわけだが、「それなのにしっかりした歌をうたうんだよねえ」と感心したようにタモリが言った時には「へえ」と少し気持ちがそちらに惹かれて画面を見ていた。それまでテレビを見ていなかったのかと言われると一応見ていたはずだし、見えていた記憶もかすかにあるのだがそれは水の中で写真を見ているように茫洋としていてしかも声も聞こえなくて静止している、あるいはとっても緩慢にゆらゆら動いている。僕の覚えている映像はタモリの言葉とともに唐突に始まっているのだ。テレビの中では、長い椅子に座って彼女たちは他の大人の「アーティスト」たちに囲まれタモリの横でこぢんまりと埋没していた。埋没していたようなんだけれども、それは決して押しつぶされる感じではなくて、四方からの圧力を背負うことで彼女らの内から満ち押し返してくる力が画面の真ん中でじっと腰かけていて、その静かさが逆に怖かった。小さな輪郭と白い肌、意志の強そうな黒い瞳で四人並んでかけていて、一番小さな子の長い髪はまっすぐ下に落ちていた。 Mステのステージで彼女たちは当時のヒット曲を歌い、僕は切実で澄み切ったその歌声も歌詞を丁寧に胸のうちに置いていってくれるその歌い方も四人それぞれの個性が出ている楽器の演奏も全部それぞれに悪くないと思ったし、それどころかこれはいいとも思ったがそんなことは努めて思わないようにした。いいと自分を納得させられなかったのは楽器の音が小さいとかたしかそんな理由で、僕はたしかに彼女らの楽器の音が小さいことが不満だったのだけど、それは僕自身が必死になって音を小さく聞こうとしていたのかもしれないと今思い出すと思えた。というか、むしろ鳴っていた音がうまく思い出せないくらいだ。何かドでかいガラスを一枚隔てているみたいで、歌っている彼女たちに向けてそのガラスを懸命に押し付けているのはたしかに僕の力だ。当時大好きなバンドが解散したばかりで僕は彼らの代わりに自分の心を引っ張り出してくれる人たちを求めていたし、漫然と音楽番組を眺めては代わりの人たちを探しながらその実在を求めていなかった。 あとになってから、彼女たちを見るのはその時が初めてではなかったことがわかるのだが、それはまた別の日の話でこの時のこととは関係ない。とにかく僕は後味の悪い思いをしながら、彼女たちの名前を覚えておいた。それがやがて、彼女たちのことを間違いなく好きになるまでにはいろいろと段階があって、今は引っ越した友達の下宿でCDTVを見ていて新曲で踊っている彼女たちの姿を偶然見かけて、その友人からダンスも踊れるということを聞かされた時は冬だったけど部屋の中はほのかに温かくて、Mステで初めて見た時は帽子をかぶっていてぱっとしなかった髪の短い子のダンスが挑むような目つきでカッコイイというか怖いくらいででも彼女のやわらかな人柄も一緒に滲み出していたから、今はない友人の部屋のカーペットの柄やコンポの鈍い銀の光などと一緒にぼんやり覚えているし、次の年の六月にポップジャムでその子が片足をぐっと前に出した姿勢でベースを弾きながら大サビを歌う時、客席の心持ち高くてずっと遠いところを真っ直ぐ見つめながら高音部を眉をしかめて歌ってふとその目のままで笑った、その時のはっとしたような感動も彼女のあたたかくナイーヴでたくましい声もその時の白い衣装ときれいになった顔立ちとともに覚えているのに、それらはもう驚きでもなんでもなくて僕を大きく包むばかりだ。 いろいろな段階を踏んで僕らが今ここにいるのはたしかなはずなのだし、その到達の喜びみたいなものも当然こうやって物語る時にはあっていいはずなのだけれど、でも正直なところ段階が今ここにいる僕らの背中の方、振り返って目をこらさなければ見えないような辺りを遠巻きに流れていっているだけのような気がして、それはさびしいといえばさびしいのかもしれないけれど、たとえば夜、橋の下の川が立てつづけるせせらぎの音を思うなら、まるで子守唄に包まれながらそれにも気づかずに眠っている子どもみたいで僕はやはりしあわせだ。 長瀬実夕、そして天然色。ソロのR&Bシンガーとして明後日のステージに立つ髪の長いあの人と、同じくそのステージに立つ髪の短いあの人のおそらくアコースティック中心になる特別ユニットと。それぞれの名前を思うと、僕はそれだけでまだ来てもいない段階に包まれているような気がするけれども実際にライブを見る時の気持ちは当然そのようなものとはまったく違っていて、かつて自分を取り囲んでいた「アーティスト」たちと同じくらいの大きさにいつしか成長していた彼女たち一人一人の輪郭は今でも、自分が切り拓いていく新たなステージの中で凶暴な緊張をいっぱいに湛えているわけだし、そこで他でもない真っ直ぐな髪はゆれて他でもない挑むようなまなざしはふとそのままで笑うだろうから、僕はその度に驚きに殺されてしまうだろう。そして、こんなことは予想したってどうしようもないことで、ライブにしろその後のことにしろ僕は結局その場にいるしか仕方がない。ただ、その場に向かいたいなあと思っていてそのために努力までするであろう自分というかなんというか変なものがあること、それが夜を越え昼を越えなぜかここまで続いていて、自らを打ち砕く驚きに向かってまたここから流され歩み出そうとしていることに、今、心から感謝したい。 タモリのあの言葉で始まったこの僕の時間は今でも傷口を開きつづけていて、血が、そこから滔々と流れ出しつづけている。 |
2004年10月23日土曜日
詩の邪道その4 詩作中の考えの巻
詩を書くとき、作者は一体どのようなことを考えているのだろうか。よく言われることは、感動のあまり自分を失っているとか、彼我の区別がなくなって全的感興の中にいるとか、無我になっているとか、意識が消失して無意識の力に支配されているとか、なんかそういうものだ。 実際、僕もそのような状態になって書こうとしていた。ところが修行不足ゆえ、なかなか上手くいかない。感動のあまり自分を失ってその状態で書いたつもりでも、出てくるのは結局巷にゴマンとあふれているような言葉ばかり。というか僕の場合、感動に身を任せれば任せるほど詩の言葉はありきたりなものになっていった。「目は姿を見、/心を見、/美点を見、/肉体(からだ)を眺める//目は心を見、/汚点を見、/怒りに曇り、/そして落ち着く。/目は君を見る//愛とはつまり、この繰り返し/それでも僕は、愛を放さない/だって、君が好きだから……」。んー、われながらコメントに困ります(苦笑)。自分が浸っている日常や習慣をふりほどくことはなかなか容易ではないのだ。 では、意識をフル活用して書けばいい詩になるか、というとそうでもない。先の詩の邪道1~3で「面白い言葉」ということを書いたが、別に奇天烈な言葉や奇天烈なイメージを並べればそれでいい詩になるわけでもない。「まあ、こうしきゃあ面白いんじゃないの?」という程度で組み合わされた言葉には、そりゃまあ面白みは多少あるかもしれないがそれ以上のものは宿らない場合が僕の場合は多かった。 じゃあ、詩を書く時、どのようなことを考えればいいのだろう。修行足らずゆえ無意識になれない僕は、ある時期以降、意識と無意識を両方使って書くことにした。言葉が出てくる瞬間は間違いなく無意識に没入しているのだが、それが出てくる前にはこれまでの展開を分析しこれからの展開の計画を練り、さらに言葉が出てきた後にはその言葉をどういう表記で書くか、どのように続けていけばいいか、などの判断などを行った。その意識的作業で、無意識がよこす言葉を導き、かつ、やすりがけしていったのだ。逆に言えば、そのような分析、計画、構成、続行(あるいは中断)などは割合意識的に行うが、言葉が出てくる瞬間だけは無意識のために空けておく、そこには計画などを立ち入らせない、という方法を取ったのだ。正直言って、詩を書けない僕にとっては、この邪道的な方法が一番確実だった。 邪道詩を書くことは、ある意味で嘘をつくことと一緒だ。嘘をつくことを計画通りの作業のように行ってしまうと、嘘に人をだませるだけの力がなくなってしまうし、かといって自分が嘘つきとしてどう振舞うかに気を配らないと、どんなに嘘自体が迫真のものであっても変なところでボロが出てしまう。では、冷静と情熱のちょうどド真ん中で愛をさけべばいいのかというと、多分そういう二次元的な問題ではない。言葉を吐く瞬間の自分はもう言葉の中に没入させながら、その自分を絶えずチェックしかつ方向付ける冷静な自分も保ち続ける、ということがおそらく嘘にも邪道詩にも大切なのだ。そして、これはケンカやレースなどの時に、誰もが普通に行っていることなのである。 (これ以降は、実作編ですので、不要な方は読まなくて大丈夫です。) では、この方法によって、詩は具体的にどのように書かれるのだろう。 たとえば、「風物詩」という言葉が、就職活動中に受けた入社試験の問題文の中にあったとしよう。そして、なぜか自分はそこに気がひきつけられたとする。引きつけられる時点で、すでに無意識は発動している。なぜ、そんなに引きつけられるのだろう、と考える。この考える、ということは意識的な作業だ。「風で物で詩、だろ? 動いては消える風が詩を歌っている。動かない物が詩を歌っている。そこに聞こえてくる詩ってなんだ?」みたいな感じで考えが進む。その時どのような風景を感じるかも大事で、夏の夜の静けさ、汗ばむようなむっとする暑さと、漆黒の闇、風鈴の放つかすかで涼しげな光、などなど。こうして考えたことと感じたことの両方がそろうことで、大体の下地が出来てくる。 で、ほっとく。そこで考えや思いの奔放さに任せて「風物詩/動いては消える風のうた/動かぬ物から染み出る言葉/ああ 夜の闇の中空に懸かって/風鈴が涼しくつぶやいている」とか書き出したら、「それでも僕は、愛を放さない/だって、君が好きだから……」の二の舞だ。下地が出来たら、そこで無理に詩を書き始めようとせずに、ほっとく。これに限る。時が満ちたら、自然とどこかで詩の一行目(あるいは一節)に行き当たるのだ。「風がふいて、/しがきこえる。/風がやんで、/しがながれている。」 この行き当たるというのは、純粋に無意識の作業である。で、それをどう書くかを判断することも大切で、これは意識的作業といっていいだろう。ここでは準備段階で感じていたのが夜の景色であるため、「風」以外をすべて平仮名にしてやわらかで闇に溶けていくような感じにした。 一行目が出てくると、修行の足りない僕らはすごく浮き足立ってしまう。勢いに任せて、自分が無意識に没入していると思い込んで、すぐにずらずら詩を続けていってしまう。ところが、詩が書けない僕らは、大体にして続けていくに連れて無意識じゃなく意識になっていくのだ。どんなに自分が感興の中に没入しているつもりでも、知らず知らずのうちにいつもどおりのぐずぐずの言葉がでてくる。結果、どんどん息切れして最後はとりあえずまとめてみました的なオチで締めざるを得なくなる。だから、テンションが下がりだしたな、と思ったら、適当な所で中断して、それまでを見直してみるのが肝要だ。 見直しの作業の中で、これまでの展開を分析する。例の場合なら、対句を使っていて、音もリズミカル、ということがわかる。そして、「詩」を「し」と書いたことで、そこに死の意味合いもこもっていることがわかる。 そういうことがわかったら、次の展開を考える。対句的なリズムはこれからも活かしていきたい。死の意味合いは、最初に風物詩について考えている時に感じた「夜」ともよく合うから、合わせて出してきたい。「風物詩」の「物」が全然書かれていないので、それを次には持ってきたい。風鈴も出来たら使いたい。そういえばZONEの「H・A・N・A・B・I ~君がいた夏~」のPVは最高だったな。あそこから何かいい素材が手に入らないかな、などなど。 こうやって考えをまとめていると、色々次の行の案が出てくるだろう。その時に、安易に次の一行を選んではいけない。自分の考えに合っているというだけでは、その行で続けていくことは出来ないのだ。自分の考えをうまく説明している、自分の考えの中に収まってくれるというものではなく、その考えを超えているようなもの、自分自身が刺し貫かれたみたいにドキッとしてしまうようなもの(このようなものを僕は単純に「面白い言葉」と呼ぶ)を選ぶのが肝要だ。そういうものは、一行目が出てくるのと同じく、こちらが意識的作業によって作った下地の上に(あるいはそのはるか上空に)、無意識的にむこうからやってくる。いくら頑張ってもそういうのが出てこなかったら、しばらくまたほっておいたらいい。 そして、やってきた言葉を構成していくのはむろん意識的作業である。句読点をどう打つか、改行をどうするか、などの工夫は必要である。さらに例の場合だと、(これは構成の他に中断や計画の要素もあるが、)僕は結局第二連を三行で切り上げ、第三連は二行でいいかな、なんて思いながら、その二行のうちの第一行目がやってくるのを待つことにした。 第三連一行目は、ここまで風鈴が出てきていなかったこと、前の行(第二連最終行)が人のことであったこと、そして例のPVの印象から「風鈴のように思い出している。」が出てきた。これはびびった。わけのわからん比喩。しかし、これはたしかに思い出というもののあり方を表していて、そのあり方が夜の闇の中で脈々と生き続けて来た(それこそ、一般人が詩という言葉に実感をうしなっても、風物の形で我々の無意識の中に引き継がれ続けてきた)「風物詩」とも重なってくる。この行が懐古的な内容であったことと例のPVの印象が混じり、対句的な処理が(意識的に? 無意識的に?)働いて二行目は「ゆれる花火に照らされている。」になった。 上で分析といった時にはなにやら形式上のことばかりに注目したが、もちろん内容解釈も行う。全体を通して読んでみると、どうやら切ない景色が見える。この話者は「し」を蝶番のようにして、風物詩とある人を思い出しているらしい。けれど、その切なさは湿っぽいものではない。「涼しげな笑み」にしろ、「風鈴のように」にしろ、基本的にはさっぱりしている。だから、泣きで終わる感じにはしないだろう。で、第三連を読んでみると、「風鈴」から「ゆれる花火」への移行が見られる。明るくなっているが、同時にゆらいでいる。さらに言えば、「思い出している」から「照らされている」への移行は、話者の視点が思い出の中に戻っていっていることを示している。 こんなことを考えている時に、これまた例のPVの景色を通路にして最後の一行が出てきた。「追いかける紙はぬれて金魚はキラキラと逃れつづけた」。これは一番のサプライズだった。明るさ、ゆれがここに極まっているだけではない。風物詩=思い出を眺めている視点ではなく、風物詩=思い出そのものの中に入り込んだような光景であり、同時に、現実の視点からの心情をも表している。さらにここには思い出と生きている我々との関係のあり方も現れているように思えた。予定調和ではなく、そんな予定なんかをはるかに超えたコスモスを切り拓き、完成させてくれた最後の一行。 しかし、まだここで終わるわけには行かないのだ。もう一度全体を見て、内容と形式を確認し、必要ならば手直しする必要がある(時には出だし以外を全部消してふたたび書き始めることも必要だ)。そして、詩全体としてちょうど最初の一行目のように「これしかない!」というものにならない限りは、最後の最後までペンを置いてはいけないのである。 |
詩の邪道その3 邪道比喩の巻
でも、ホントに普通の人ができないようなことをたくさんできたし、すごく貴重な経験ばっかりで……。一生のうちにこんな濃い時間はもうこないかもしれないな、って……なんて思っちゃったらそれは悔しいけど(苦笑)。だけど、それぐらい今の時点では……思い出が詰まり過ぎてて……なんか、閉まりきらない引き出しみたいで。(竹内美保 『ここから』) 冬休みが始まると同時に、直歩(なほ)の病状は急変した。何も言わず、弱々しい笑みを浮かべるだけの彼女は、冬の空の雲に似ていた。(増田考志 「Smile Several Smiles」) 詩とは何か、と聞かれた時に、「詩とは比喩を使って自分の気持ちや考えを表現する芸術である」みたいなことを言う人がいるかもしれない。そして、比喩は実際、自覚していない人大勢も含めて、詩の根本原理だと思われているようだ。 このことはたとえば、僕が今年教育実習をさせていただいた某高校の国語の教科書においても、見開き2ページの小コーナー「詩を書こう」の中で比喩を書かせる部分があるところからも感じられるだろう。それに、僕が所属する体育会系のサークルで詩(「アルバイト」)を読んでもらった時(っていうか、インターネットラジオで下手な朗読をやったのが聞かれた)、「神様って何のこと? 何を主張し何を批判しようとしているのかわかんないんだけど」というご指摘を受けたことからも、詩は比喩を使いながら何かを主張し批判するもの、という考え方が一般的であることを物語っている。 でも、考えてみると、比喩は何も詩だけのものではなく、小説でも普通の会話でも使われている。上に引いた二つの文章も、前者はある人がインタビューに答えて喋ったものが書かれたもので(語り手はTAKAYO。竹内美保さんは聞き手で書き手だ)、後者は小説だ。両方とも詩作品ではないが、「閉まりきらない引き出し」も「冬の空の雲」も、ちゃんと比喩であることが感じられるだろう。 「でも」と人は言うだろう。「でもやっぱり詩にとって比喩は命綱でしょ」と。僕は個人的には「それは違うんじゃない?」と思うのだが、そもそもこの「詩の邪道」は、僕の考え方云々よりもとにかく詩が手っ取り早く書ける卑怯な裏技をご提案する連載なのだから、ここは黙って比喩のうまい作り方をご提案させていただこう。 ずばり、「比喩だと思うな! オモロイもんを書け」これである。大体から、比喩っていうと、最初になんか書くべきものがあって、それをうまく説明するために使われる道具、という印象が普通である。たとえば、「頼りなくて今にも消えてしまいそうだった」って書くとわかりにくいから、ここはそれに似たものを使って「冬の空の雲に似ていた」にしてみよう、って感じで比喩が作られていると普通は思われている。つまり、書くべき対象がもう既に先にあって、それを言い表すために、その対象の特徴と似たものを探してくるっていうのが比喩だと思われているのだ。 けれど、それでは比喩が、書くべき対象より小さくなってしまう。というか、書くべき対象の下に従属してしまう。「へえへえ、私はあなたを導き出すための踏み台で、それだけのために書き付けられたんです。へえへえ」みたいに。ところが、実際我々がうまい比喩にぶち当たった時に感じるのは、そのようなものではないと僕は思う。我々が感じるのは、その比喩によって対象がうまく説明されていてわかりやすい、という感心なんかではなく、その比喩が本来の対象なんかよりもより生々しく迫ってくる、比喩自体が自分の存在感を語り自分の世界を広げていく、という感覚ではないだろうか。 逆に言うと、うまい比喩とは自分の世界を広げていけるものなのだ。そもそもは対象を説明するために考えられたものでありながら、結果としては対象を越えてこちらに迫ってくるもの。「閉まりきらない引き出し」のようにそこ(引き出しという外郭)からあふれ出しはみ出してくる始末に終えない、けれどどこかしあわせでもある何かを感じさせてくれるもの。そのようなものであることが、うまい比喩の十分条件である。必要条件はもちろん、それが対象の何がしかと共通点を持っている、ということになる。でなきゃ、そもそも比喩でもなんでもないからね。 で、だ。普通の会話だと、必要条件である共通点の方が意識される。その比喩が何のどういう部分を語っているか、ということがどうしても大事になってくる。そして我々は、そういう部分だけが比喩の役目だと思い込んでいる。ところが、実際詩で大事なのは、むしろ比喩自体の存在感の方だ。共通点の方は、もうガンガンに少なくてもいい。自分にもよくわからんくらいに曖昧な共通点でも、そこにとにかく何かしらつながっているものがあると確信させてくれるなら、それでいいのだ。詩の比喩の上手い下手は、説明の鮮やかさよりもむしろ比喩がそれ自身で広げる世界の鮮やかさにかかっていると言っていい。比喩の対象になっているもののことを一瞬忘れてしまうくらい、心の目を奪っていってくれる比喩が理想的だ。 だから、詩で比喩を使う時は、それが普通いわゆる「比喩」なんだとは思わずに、つまり対象の特性を選んだ上でそれとの共通点をもった何かを探る、という手順を踏むのではなしに、ただ単純にそれに関連して思いつく言葉の中で自分に迫ってくるものを探せばいいのである。それが「これしかない!」という感じで迫ってくる時、そしてその言葉自身が何らかの世界を切り拓いてくれる時、どんなに説明としては変なものであっても、それが多分その詩にとって一番的確な比喩なのだ。 最後に、なぜ「比喩は詩の命綱でしょ」という意見に僕が異を唱えるか、というと。端的に言って、詩はおろかすべての言語芸術にとって、比喩は「これが比喩です」と名指せるような特別なものではない、むしろ言ってしまえば言語芸術は全編これ比喩なのだ、と考えているからだ。しかもそう言った場合の比喩の対象なんてものは、先にこれこれこういうものとして存在すらしていない。だから逆にいうと、俗に言われている意味の「比喩」なんて本当はどこにもない、とも言えるのかもしれない。 |
2004年10月21日木曜日
映画的世界に対する文学 前編
桃井望が死んだ時は驚いた。もう、自分の見てきた世界が一気に崩壊したようなショックを受けた。といっても、僕は別段桃井望が好きだったわけでもなく、初代Minxもユニットのあり方としてすげーなあと思ったくらいで特にこれといって興味もなかったし、その中であえて一人を挙げるなら比較的堤さやかが好きなぐらいだった。だから、彼女が死んだことによるショックは憧れの対象の消滅から来るものではなかったといえる。 そうではなくて、あのような存在は死なないと思っていたのだ。死ぬとしたら、引退してビデオ上の存在から普通の人になってから死ぬと思っていた。それなのに、彼女は人気の絶頂期に、ビデオ上の存在でもありながらそのまま死んだ。2002年10月19日の個人ノートより。「わたしが知っている幻想と、わたしが知らない一人の生身の人間が、同時にひとつの無惨な死を遂げた。その、ことの複雑さに、そして単純にそのショックに、僕はめまいを覚えた」。 ビデオに映っているのは、元はといえば間違いなく一人の人間である。しかし、それがビデオとして我々の元に届く時、その人間はもはやその生身っぽさを失っている。我々は、ブラウン管の映す幻想のただなかに没入し、拡散し、その幻想の中で自らも幻想としてひとつの幻想を愛するに過ぎない。 しかし、ブラウン管のこちら側に、幻想上の自分とは明らかに別の生身の人間がいるように、ブラウン管の向こう側にも、幻想上の存在(「桃井望」とか「堤さやか」とか)とは明らかに別の生身の人間がいる。そして、そのような生身の人間に対しては、いかなる妄想でも手を届かすことは出来ないのだ。いわば、幻想世界の臨界点、あるいは外側に生身の人間は存在している。彼女らに手を届かすことができるとすれば、まあ握手会とかがそれなのだろうけど、そういう機会を通して部分的にも生身の人間である相手を感じることは、幻想を良くも悪くも打ち砕くものである。そこでもまだ自分の幻想を相手に重ね合わそうとする人もいるだろうが、そういう人を私は一番嫌悪する。 桃井望の死は、この幻想と生身が同時に死んだからこそ僕に驚愕を与えた。決して埋めがたい懸隔をもつ二つの存在の、懸隔を挟んで抱き合った形での同時の死。映画のように時間的間隔をあけてキャラも様々にリリースされるものではなく、ほぼ間断なくしかもどれも桃井望としてリリースされる作品であったがゆえに(実際、彼女の死後も彼女の作品は続々発売されていた)、映画俳優の死などとはくらべものにならないショックがあったものだと思われる。 丹生谷貴志は、その著書『ドゥルーズ・映画・フーコー』の中で、世界は映画になってしまったという趣旨のことを述べた。つまり、ある時期まではシェイクスピアもいうように世界は演劇であった。世界は、生身の人間が仮面(ペルソナ=personalityの語源)を被り、自分の役を演じている舞台であった。この舞台で観客が対峙するのは、仮面を被って役を演じている生身の人間であり、そこには役と生身との二重性が発生している。人々は、その二重性としての世界を感受していたのである。そして彼らはそのペルソナを剥いで、真実の顔を、真実の世界を見ようとした。それが、形而上学などによる本質や真理の探究であったともいえる。 ところが、映画において我々が見るのは、たとえばダーティー・ハリーを演じるクリント・イーストウッドではない。撮影されて画面に貼り付けられた時点で、ダーティー・ハリーはダーティー・ハリーでしかなくなる。そこには演じている生身の人間自体がすでに消失している。仮面が生身の人間の顔に被られるのではなく、まさしく仮面が本来的な主人公として画面の上で動き回るのである。生身の人間は、映画が撮影される度ごとに、この仮面の中に拡散し、その拡散がそのまま画面の上に上映される。 そして、ここからが大事なのだが、たとえば舞台上で藤原竜也がマジで血を吐いてぶっ倒れたら、演劇を見ている人はその舞台が『身毒丸』だったとしても、途端に藤原竜也演じる身毒丸の幻想から覚め、今死にそうになっている藤原竜也彼自身をそこに見るだろう。観客自身としても、『身毒丸』の世界に没頭していた「観客」から、喀血にびびる生身の人間に戻るだろう。そして彼が入院でもしようものなら、その間藤原竜也演じる身毒丸は事実上この世からいなくなってしまうのだ。だって、藤原竜也が舞台に立てないのだから。 でも、それでも藤原竜也が演じた『バトルロワイヤル』の主人公の男の子は、そんなことには無頓着だ。藤原竜也が健やかなる時も病める時も、例の男の子は島に隔離されて時々は泣き言を言いながら、それでも殺し合いを元気に生き抜いていく。ここには、引き剥がすべき仮面はどこにもないのだ。生身とは関係なく、半永久的に存在し続ける映画。そしてそこには、はっと気づいて振り返るべき生身の人間はどこにもいないのである。その奥に到達すべき真理を持たないような、身体性をうしなった幻想の物語群が錯綜する世界。それが、新しい我々の世界のモデルだと丹生谷はいうのだ。 このことを考える時に、いつでも思い出すことがある。それは、映画についての映画監督ともいえる黒沢清のヒット作『CURE』の中のワンシーンだ。その映画では殺人者が人を殺した後その人の首をX字状に切り裂くのだが、この時の殺人者はいつも放心状態である。そして、ある時放心状態のままで引き寄せられるように、このX字状に切り裂いた皮膚を持って顔の皮をぺらっとめくるだ。その時、顔の皮は本当に他愛なくぺらっとめくれ、しかもその下から現れたのは、余りにも普通に血のついた肉だった。スプラッタ映画みたいに派手な演出なんかは入ってない。画面は静かで、余りにも普通に肉なのだ。その普通さが僕を戦慄させた。 ペルソナの下には何かしら大事なものがある、と我々は今でも思っている。ただ、それがはがれなくて、だから苦しいのだ、と。ところが黒沢は映画の中でペルソナを剥いでみて、その下にはもはや何もないんだ、ということをあっけなく映してしまう。だからショッキングだったのだ。 もはや、はがれるものとしてのペルソナも、その下の真実の顔もない。世界は平面なのだ。そこには舞台のように息をし汗をかき時にはフェロモンやら加齢臭やらを漂わす立体的な人間も、空間としての奥行きもない。それはまさしく、一枚の顔の皮でしかないのだ。そして我々は画面に貼りついた一枚の顔の皮として、スクリーンの外には当然出ることも出来ずに生きている。 では、そのような世界の中で、我々は観念して映画としての一生を送るしかないのだろうか。否、である。この映画的状況の中でのさまざまな努力が、実に昔から様々に行われてきた。これについては、後編で取り上げる。 黒沢清自身も、単にその不気味さをあおるだけではなく、映画の中に生身を取り戻させるために様々な試みを行っている(と僕は思う)。たとえば、「いくら考えたって(画面には)映らないんですよ」という彼のお得意の言葉。そしてそこから導き出される彼の独特の演出技法。これらは下手したら生身の人間を完全に映画の中に取り込んでしまうようなものでありながら、まさにそのような過剰なものであるがゆえに、フィクションとしての嘘くささ、はがせない仮面の息苦しさとは真逆の絶大なる肯定性を画面上に生み出している。 『ニンゲン合格』の最後で、死にゆく主人公が藤森さんに聞く「俺、存在した?」という台詞、それに藤森さんが答える「ああ、お前はたしかに存在した」という台詞は、我々が思っている以上に重大な意味を秘めているのだ。 桃井望はそれを演じていた人の死後も女優として、あるいは素人やら女子高生やらなにやらとして、ビデオ屋に並び続けている。それを借りていく人一人一人に、僕は問いかけて見たい気がする。「その人、死んでますよ?」と。「あなたが今晩そのビデオで興奮して射精するとして、それは一体何に向けられて出てきたものなんでしょうね?」と。 その時、彼らがいかに映画的世界に馴致されているかが明らかになるだろう。あるいは、彼らが、その映画的世界の外側にあり少なくとも現時点では計り知れない存在であるはずの生身の人間を、いかに捏造しているかがわかるだろう。 いうまでもなく、桃井望に限らずすべてのAV女優、すべての映画俳優は、その死んだ姿しか映画やビデオで見られないのだった。そして、下手したら僕らは自分自身についてもその生身に触れることはできず、ただそれを捏造しているだけなのかもしれない。もし、本当に生身の相手、生身の自分に触れたいと思うのなら、握手会に行って謙虚にびっくりするしかないだろう。 |
2004年10月20日水曜日
詩の邪道その2 実践邪道恋愛詩の巻
この間実家に帰った時に、高校以前の書き物をクローゼットから引っ張り出して読んだのだが、中学時代に書いたものの中に自分で思っていた以上に詩が多かったことと、それがあまりにも下手くそであったことが印象的だった。当時の僕には好きで好きでたまらない人がいたらしく、といっても今その時の気持ちを思い出すのはなかなか困難になってしまったのだが、とにかくその人に対する「想いをそのまま書きます」なんてわざわざ詩のためだけに買った横書き用原稿用紙の上の余白部分に書いてあったりするわけで、その下に繰り広げられる詩というのがこれがとてもここでは書けないくらいしょうもない代物だった。 その時のエピソードとして、絶対に詩には書いていたし小説にも何回も登場していたものがある。それは、めずらしく大雪が降った朝、僕が学校にやってくると教室にはその好きな人しかいなかった、というエピソードだ。その時僕は、挨拶を交わしてからすぐ、自分の席に向かってしまった。僕の席は彼女の席のずっと前だった。彼女に背を向けたまま、僕は鞄の中身を机へと移し変えたりノートをパラパラとめくったりしていた。頭はものすごい速さでぐるぐる回るけど、話しかけることが何も出てこない。息苦しいような沈黙の中で。自分が入ってきた教室のドアを見ると金属的に白かった。ドアとは反対側の窓からは、薄くバラ色がかった朝の光が、厚く降り積もった雪に反射して僕の目をやわらかく射つづけている。雪が音を吸収してしまうから、澄み切った窓ガラスが時々軋む音以外、何も聞こえないような朝だった。 で、だ。それを実際に「あの時の朝の光はばら色で……」とか「雪が音を吸収してしまうから」とか書いたら、それはなかなか詩にしにくい。上のはあくまで小説の書法でかいたもので、こういう細々としたものを詩の中にそっくりそのまま持ち込もうという発想自体が間違っている。いや、ふつうはそれでいいのかもしれないが、詩の邪道としてはもっと邪道な書き方をこっそり教えたのだった。 雪の朝の教室で二人 二人だけだった 小さなあいさつが 震える アルミ製の僕の弁当箱 その朝空っぽだったから 楕円形の軽さが机の上で ピカピカとまぶしい 凍てついたはるか北の海で 氷の下から僕を見つめている 鰯の群れが白く積もっていた 弁当箱の傷に気づいた時 あなたが椅子を引いた ただそれだけの 朝 これは、「詩の邪道 その1」を書いた後大体二時間くらいで書いたものだ。あくまで実例程度のものとして書いたので、自分としては結構納得がいってないところもあるし、いつも僕がこういう風に書いていたと思われては滅茶苦茶遺憾なのだが(大体ふつうは三日くらいかけて書くし。「その時の気持ち」なんて僕はふつう考えないし。実体験に基づくことも滅多にない)、まあ例としては十分だろう。 見てのとおり、第一連の内容は実体験。で、ここで立ち止まって考えた。ここから「自分の気持ち」をずらずら書いていくことも出来るのだが、それでは大体はつまらなくなってしまう。だからその時の自分の気持ちっていうものをじっと見つめ、それが何であるか耳を澄まし手探りしていると、アルミ製の弁当箱が鰯やらドラえもんやらと一緒に出てきた。 ここで間違えてほしくないのが、この第二連で行われた作業は、自分の気持ちがこうこうこういうものだったから、それを的確に比喩できるものを探した結果それが弁当箱だった、というものではない。むしろ、自分の気持ちってやつからいっぺん言葉とかシチュエーションとかを奪ってみて、名づけられないそいつをじっと見つめているうちに、出てきたものがアルミ製の弁当箱だったのだ。出てきたというか、見つけたというか、名づけられない気持ちの向こうからこれしかない!という速度でそれは僕の元にやってきた。だから僕はとりあえず採用してみて、それから先を書いていくことにした(ちなみに、この頃僕が使っていた弁当箱は実際はプラスチックだ。そういう所の齟齬なんて邪道詩の上ではどうでもいいことだ)。 恋している時の気分を感じながら同時にさらにその弁当箱を感じ続けていると、その弁当箱が空っぽであるような気がした。空っぽであるくせにその中で鰯みたいな秋刀魚みたいな魚が泳いでいてその目に見つめられているような気がした。そしてその鰯の向こう側の弁当箱自体に目を向けると、そこにかすかに傷が見えた。 イメージは大体いくつも同時にやってくる。それらの中からすべてを書くことはできない(いや、うまい人はまさにそれをやるんだが)。だから、ひとつを選んで書いていく。今回はアルミの弁当箱とそれが空っぽという部分を使って書いていった。 鰯については、透明で弁当箱の中を泳いでいて、とイメージどおりに書いてもよかったのだが、説明的で書いている方もだるいしスケールが小さくなって読んでる方もつまんないだろうと思って、北の海から見つめてくれているようにした。というか、弁当箱の中にいる鰯はどんな感じの鰯だろうな、と考えた時にふと、鰯の透明さが北の海の凍えるような寒さに変わって僕のもとに戻ってきたのだ。これは、その時の窓の外が広大な雪景色であったことにも即している。さらに、第一連で出てきた雪をきちんと活かしたいなと考えたので、鰯と雪を「白く積もっていた」で無理矢理まとめてみた。 (もちろん、一発できれいにまとめるのは難しい。最初は「鰯の群れが透き通っている」だった所から、「そういえば雪がねえなあ、詩としてのまとまりもねえなあ」と推敲段階で色々試行錯誤しているうちにこの形になった。書いてみたら、本当はこういうことを自分はイメージしていたんじゃないかっていうぐらいにしっくり来たし、詩がそれまでは見せてくれなかった一貫性を初めて明らかにしてくれた。逆に言うと、しっかり感じて出てきたイメージなら、推敲で頑張ればなんとかまとめられるってことだ)。 鰯のまま突っ走ってもよかったのだが、最後は弁当箱の傷を出してみた。すると、その傷と重なるものとして女の子が椅子を引く音が聞こえた。それだけだった。で、それはその時の沈黙の中での気持ちをうまく現しているな、と思ったので採用してみた。 まあ、あくまで実例として書いたものなので多少不自然ではあるのだが、この詩では恋愛詩が弁当箱を経て北の海の鰯にまでたどり着いているのだ。そしてその鰯がいやにリアルだ。でも、それは単なる奇想ではなく、その時の気持ちや外の雪景色などというものに即した結果でもある。「その時の気持ち」を「そのまま」書くためには、このように「その時の気持ち」から一旦言葉を奪って「気持ち」を「そのまま」から遠ざけることで、より生々しくかつエンターテイメント的に「気持ち」に近づけるのである。 |
詩の邪道その1 邪道恋愛詩の巻
恋愛を適度に盛り込めば客はとりあえず席を立たない。これは、少なくとも詩系以外のジャンルでは、当たり前の知識みたいになっている。映画でも演劇でも小説でも漫画でも、適度に恋愛を織り込むことでどれだけ興味を引くことが出来るだろう。実際少年漫画誌を開いてみると、冒険の根本に恋愛があったり、冒険の最中に仲間内でほのかな恋心が芽生えたり、といったことばかりだ。もちろん映画でもそうだ。この間『マトリックス・レボリューションズ』を見に行った友人が、開口一番トリニティーが誰と結婚したかということを話題にした時に、私は恋愛の便利さを再認識した次第だ。 なぜ恋愛がそれほど便利かというと、まず何より単純でワンパターンだ、ということが挙げられる。極端なことを言えば、離れているのがくっ付いていくか、逆にくっ付いているのが離れていくかの2パターンしかない。だから初心者でも簡単にストーリーを作ることが出来る。しかも、簡単なくせにその効果はけっこう大きいのだ。本来ならば一緒にいたいと思っている二人が引き離されていること、あるいは引き離されていきそうになることにより、生まれる緊張感。この緊張感だけで、ドラマを動かすのに十分なだけの原動力を生み出してしまうのである。 だから、恋愛はバテてきた長編漫画にちょっとしたスリルと将来性を生む意味でも、あるいはどうやって始めたらいいか困ってしまう小説のとりあえずのとっかかりを作る意味でも、非常に使い勝手のいいアイテムとなっている。 しかし、逆に恋愛だけを書くとなるととても難しい。なにせ、基本的にはワンパターンであるからだ。初めから恋愛を描くためのものなら客もそのつもりで見るから、ワンパターンっぷりが簡単に見破られてしまう。 そこで、作家は様々に工夫を凝らすことになる。一番基本的なのは、時代状況などの外的状況と絡めるタイプ。映画で言えば” You’ve got a mail”とか、『(ハル)』とかのような、ストレートな恋愛映画に時代的なものを絡めてどうにかしようとしたタイプだ。でも、中心として描かれている恋愛そのものがどうしてもお約束の域を出ないので、ちょっと手を加えて焼き直しました程度のものにしか思えない。 で、より頑張ったな、と思えるのが、恋愛そのものの概念をずらして使っているもの。あるいは、恋愛を掘り下げてその奥底にあるものを出して来ているもの。谷崎潤一郎とかの小説がユニークなのは、ここに起因しているだろう(今ではフォロワーの出現等により、彼の小説に描かれている恋愛はそれ自体としてはさほど珍しいものではない。しかしそれでもなお彼のいくつかの小説が新鮮なのは、そのような恋愛の奥にあるものまでしっかりと我々に感じさせてくれるからである)。さらに、目立つ所ではないが、恋愛を語る語り口自体を変形しているものというのがあって、恋愛を語るはずなのにやたらと冷めていたり、登場人物自体がなんか恋愛に無頓着だったり、そういうのを見るとユニークだなって思う。 で、だ。現代詩フォーラムを見る限り、結構恋愛詩を書かれている人はいっぱいいるみたいで、けれど僕なんかは詩で恋愛を書くのは何より難しいと思っていて、その考えは恋愛詩を書く人にとってはどうなんだろうと最近気になっている。世間一般のTVやら映画やらで恋愛が氾濫しているのは、それがお手軽ということもあるからで、なぜならそれがとりあえずでもストーリーを前に進めてくれる力になるからだと僕は思う。ところが、詩はストーリーを前に進めてどうこう、というものではないし、むしろその原動力である緊張感そのものについて書かなければならないようなジャンルであって、オカズや薬味にするならまだしも主食にするにはあまりにもワンパターンな恋愛を取り上げてそれで詩を書くというからにはそれ相応の工夫も必要になってくるはずだから、恋愛詩を書くことはもしかしたら恋愛なしに群像映画を撮ることよりもさらに困難な道なのかもしれない。 僕が出会ったあの人はこういう人で、その人のこういうところが素敵で僕にはその人がこう見えて、といっても、それがストーリーの出発点ならまだしも詩の一部分になってしまうとたちまちどうでもいいことになってしまう。「こういう人に恋をした」の「こういう人」とはどんな人か、その後あなたたちはどうなっていくのか、と問うのが小説なら、「恋をした」とはどんなことかと聞くのが詩だからだ。もちろん、「わたしの胸ははりさけそうで」とか言っても、問題は一緒。それは「恋をした」ではなく「恋をしたわたし」について語っているに過ぎない。 で、客を引き寄せられる恋愛詩とはこれまでの流れから必然的に、書かれている恋愛のあり方それ自体が尋常じゃなくすごいか、あるいはたとえ恋愛が平凡であれそれを書き付けていく書き方がどこか良いのか、またあるいは恋愛を書こうとした結果どっかに突き抜けちゃってぶっちゃけもう恋愛詩じゃねえじゃん、っていうものになる(つまり恋愛を書こうとして恋愛詩から遠ざかる)かのどれかしかない。 そしてもちろん。ありえないような恋愛のあり方を考えつく想像力もなければ、平凡なものを非凡に書き表す表現力も持たない人のために詩の邪道はあるのであり、そのような詩の邪道としては恋愛を突き抜けてしまう第三の道をお薦めするわけである。隣に座った少女にペンを借りた時にドキッとなっちゃってなんとかかんとか頑張って付き合い始めた男の子が、彼女と海にデートに行ったりなんかしちゃったりしているうちになぜか小説の終わりごろには浜辺に打ち上げられた自分の水死体を発見することになってしまうのとちょうど同じみたいに、恋愛をとっかかりにし、恋愛について考えることを通して、どっか違う所に出ちゃうのが一番手っ取り早くて面白いのかもしれない。恋愛モードで一、二行目を始めているのに気づいたら水死体ドパーン!みたいな。この水死体が単なる奇想ではなく、恋愛を真剣に掘り下げた結果だとしたら、それこそまさに恋愛詩だ。 こうやって恋愛詩の話をしようとする度に、僕はいつも次の一節を思い出す。「ああ、きみに肉体があるとはふしぎだ!」(清岡卓行「石膏」)。ここまでいえたら、恋愛詩もしめたものだと思う。 |
2004年10月9日土曜日
忘却
三角形だった。三本の黒い棒で出来ていた。未確認鉱物の類かと思って突っついてみると、雪だるまに使う備長炭だった。鳥取の砂浜まで来て暇なやつがいるもんだ。ちなみにここは砂丘ではない。しかも七月だ。中学生の哲夫がそう思ったかどうかは定かではない。火星人は今日もやってこない。はるか沖合いで、不自然な誰かがしきりに手を振っているが、哲夫も豊次郎も、宮崎あおいですら気がつかない。ボーボボは少し前に焼死している。残り火を村上春樹がかき立ててそ知らぬ顔だ。彼の鼻毛は死んでも伸びつづけている。 その時だった(いつだ)。三角形は右側の頂点を軸にゆっくりと一辺を動かし、口を開けた。絵の中の沈没する船から脱出するフナムシのように、噂話のロス・エンジェルスから出血する砂金のように、あるいはこの間の台風で松山で起きた土砂崩れのように、砂が少しそこから流れ出て、止まった。いま、何人死んだ。空は今日も砕かれた鉄のように青い。 |
2004年10月6日水曜日
祖母の降る浜 (二〇〇五年二月八日改稿)
「紅白に選ばれたと聞いて、今のお気持ちは?」 「もう、信じられませんっ!」 斉藤さんの答えは、ほとんど怒っているかのような勢いで発せられた。その後すぐ、照れ隠しのためか、あり余るエネルギーが漏れたのか、「なはは」という笑い声がつづく。 「紅白は毎年、コタツに入っておばあちゃんと見てたので。そうそう、みかんとか食べながら、の~んびりと」 そしてまた笑う。 「では、紅白出場のことを誰に一番伝えたいですか?」 「もちろん、おばあちゃんです!」 この時から、二年半もたっている。今年の夏休み、斉藤さんは長い長いライブツアーの真っ只中にいた。見知らぬ地方から、また見知らぬ地方へと、彼女は歌いながら旅をつづけていく。一ヶ月以上も自分の家に帰れない日々。それが、十七歳の身にとってどれだけ辛いものであるか。僕には到底想像できそうになかった。僕は二十歳で、大学二回生になっていた。 帰ろうと思えばいつでも帰られる。その余裕が、逆に故郷を遠ざけていたのかもしれない。今年の夏休みは、三日間しか実家に帰らなかった。それも、祖父の初盆という止むに止まれぬ事情があって、仕方なく帰った格好だ。僕の祖母は、そのことをいたくさびしがった。僕はさすがにすまないと思い、二日目の晩、祖母とじっくり話をすることにした。 摺りガラスのはまった、木枠の引き戸を開ける。薄暗い台所兼食堂で、僕の祖母がいつものように日記を書いている。長年の生活の汚れから、台所のタイルが茶色く黄ばんでいて、窓の外は真っ暗だった。そして、何もない食卓に着き、一人で筆を進めている祖母。ここに住んでいた時には見慣れていた光景だった。けれど、久しぶりに見る祖母の姿は、記憶よりもずっと遠い。 「なんやあ?」祖母が軽く目を上げて、笑う。 「何も」僕も小さく笑い返していた。その笑顔の素直さと小ささに、自分で驚いて、かなしくなった。外からは蛙の声がやかましいくらいに聞こえている。網戸越しに吹き込んでくる、山里の夜の風は冷たい。 ずっと座っていると、祖母は日記を書きながら話を始めた。最初は、僕の大学生活への問いかけであり、それに答えているうちに、話題は僕が斉藤さんの「フアン」であることに移っていた。 「あんたも好きやなあ」 そう言って、入れ歯をはずした口で笑う。僕が覚えているよりも、ずっとしわくちゃで、ずっと丸くて、ずっとずっと小さい笑顔。かつては、この人の腕で張り飛ばされたこともあるのだ。それなのに、いつからこんな顔で笑うようになったのだろう。 亡くしたばかりの祖父の話が始まっていた。気がついた時には、祖母は筆をおいていた。日記帳はどこかに片付けられていて、テーブルの上には牛乳が入ったカップだけがある。 その時、祖母は旅行の話をした。祖父に、様々な場所に連れていってもらったこと。「おじいさん、ハイカラやったさけなあ」二人は、四国へも九州へも沖縄へも旅をした。けれど最後まで、北海道には行けなかった。 「おまん、あの斉藤なんとかっていう子を見に、北海道にいくんやろ?」 「うん。ツアーの最終日やし、彼女の地元やから」 「ご苦労やなあ。ほな、頼むわ」 「ん? 何を?」 「北海道がどんな所か覚えてきて、おじいさんに教えてくれへんか?」 しわだらけのほほの上で、黒々とした瞳が急に深さを増す。もう、自分では行けないことを知っているのだ。それに今は、連れて行ってくれる祖父もいない。 「うん、わかった」 僕は、できるだけ自然にそう言った。 「おおきに。よろし頼むで、おまんは忘れやすい子やからな」 歯のない笑顔。僕も笑う。自分の笑顔が、濡れた紙のように頬に貼りついて、いつまでたっても剥がれていかない。 僕が笑顔のままで目を伏せていると、祖母は、ふと思い出したように弟の話をし始めた。僕は、意表を衝かれて顔を上げた。彼女に弟がいたこと自体、初耳だった。 「なんせ昔のことやさけな、顔もよう思い出せへんねん。でもな、とにかく海が好きな子やったわ。夜になっても帰ってこおへんので、よう呼びに行ってん。その時の、膝抱えて浜に座ってる後ろ姿だけ、ようよう覚えてるわ。和歌山の外れでな、それはそれは静かな海やってんで。ああ、そうや。あそこなあ、星の砂がようけ降るんやわ」 祖母は三重県の山村で生まれて、そこで育ってきたはずだった。それに、和歌山県の海辺では、星の砂も見つからなかったように思う。祖母は一体、何の話をしているのだろう。僕は突然、山里の夜の深さに気づいた。外では依然、蛙がうるさく鳴きつづけている。 僕が北海道に上陸したのは、それから半月後、八月も終わりの頃だった。この夏には初めて三十度を超えたという札幌市も、さすがに涼しくなっていて、夕空も既に、秋のさびしさをその横顔に映している。 札幌の街並みは、雄大で不揃いだった。真っ直ぐに伸びる大通りの両側に、巨大な建物がごろり、ごろりと並んでいた。その輪郭が持つ大味さと、すずしく拡散していきそうになる広々とした隙間とに、僕は目を奪われた。 ずっと、歩きつづけていた。空はどこまでも平らにのびていて、景色はいつでも開けていた。大きな建物を見上げながら、何回も曲がり、何回も曲がり、それでも僕はずっと、どこかに腰かけているような気分だった。とても落ち着いている。見えないはずの海が、遠くでゆったりと揺れていた。街が浜だった。 その時、僕は思った。祖母の覚えている幼い後ろ姿は、僕なのかもしれない、と。あるいは祖父。そしてそれは、祖母自身でもあるのだ。僕らはそれぞれ旅を続けながら、でも本当は、ただひとつの浜辺で繰り返す波を眺めている。そして、腰かけている僕らをさらに後ろからまなざしてくれている、ひとりの祖母がいるのだ。打ち寄せる波に骨を削られながら、祖母は老いていく。大きなふるさとは砕かれて、夜空から砂みたいにして降ってくる。歯の抜けた口の暗くあたたかな笑い。夜。平台の上でもろくもろく崩れ落ちた、焼かれたばかりの祖父の白骨。…… その夜、僕は暗い客席の中に立っていた。ステージが、貝殻のように白い光で照らされている。そこには斉藤さんがいた。長旅で疲れきった身体を抱えながら、彼女はステージ上でのびのびとした笑顔を見せていた。 「昨日は本っっ当に久しぶりに家に帰ってねえ……」いつも通りの元気な声。しかし、彼女は不意にトーンを落として、しみじみこう言った。「家で寝てても虫の声が聞こえて。……ああ、帰ってきたな、って」 ……、しばらくの沈黙。その時、僕には聞こえたのだ。暗い客席のはるか上空から、北海道の虫の声と、故郷の虫の声とが降ってくる音が。かすかにずれ、時には交わり合いながら、ひとつの空から二重に螺旋を描いて、落ちてくる。それは、砕けては降る星の砂の音だった。僕らの浜辺に、祖母が降る音だった。 「みんな、ただいま」斉藤さんが、言った。 |
2004年10月3日日曜日
今日も、痛い。
入院中は、ずっと空ばかりを見ていた。雨を含んだ灰色の曇り空にむかって、鳥が二羽、飛んでいくのが見えた。そして見えなくなった。どこに行ったのかはわからなかった。ベッドに戻ると、もう朝食が届いていた。湯気でくもった蓋を外す。すると冷め始めた肉じゃがが、初めて歩く街並みのように転がっている。 三叉神経の奥底、眼球の裏側辺りから発症した帯状疱疹だった。結構珍しいケースだったらしい。通常は眼球か顔面、あるいは胴体の皮膚上に、発疹を伴って発症するのだ。 そのため発見は遅れに遅れ、左眼強膜炎として入院した眼科病棟で鼻先と左眉に発疹が確認された時には、既に発症後五日を経過していた。激痛のために三回吐いていた。食事も摂れない状態のまま、目薬ばかりを注す五日間だった。 退院した時、僕の部屋は二週間前と何も変わっていなかった。ただ、かじったままで放ってあったバターロールが、袋の中でどす黒いどろどろとした何物かに変わっていた。正視もできないまま、半透明のゴミ袋に入れて口を縛った。窓の外では、干したままだった洗濯物が、何回も雨に濡らされては乾き、乾いてはまた濡らされた結果、変な形で固まっている。 そういえば、退院した頃、平井堅の「瞳を閉じて」が流行っていた。「あれは目蓋を閉じてだよね」と、当時の彼女は僕に呟いた。ほほえむ彼女を移す僕の左眼は、(彼女は気づいていたんだろうか、)瞳孔が閉じなくなっていた。世界が片目分だけまぶしい。 目蓋を閉じれば、目の前で見えていたものが見えなくなり、見えなかったものが見えてくる。それは嘘だ。帯状疱疹の痛みは、目蓋を開こうが閉じようが、ずっと続いていた。結局退院後わずかで別れることになった彼女の今日は、目を閉じようが見えてこない。目を開くと、彼女がそこにいない、という僕の今日が見えている。それだけの話だ。痛みは今日も、ずっと続いている。 そういえば、昔、台所に放置されてあった寸胴鍋を覗き込んだことがあった。ステンレス製のピカピカする筒の奥底で、煮崩れた肉のようなものが黒く滞っていた。それが蠢いているように見えたのだ。僕が幼かったからだろうか。それは生まれたての子どものようだった。こちらを見つめる無表情な眼球が、僕にはたしかに見えた気がした。 あの時は、蓋が見つからなかった。どこを探しても、鍋を覆うべき蓋が見つからなかった。僕は目を逸らして目蓋を閉じた。それしか出来なかった。そして恐る恐る目蓋を開けると、僕は二十二歳で京都に立っている。 昨日、道路上に落ちて死んでいる一羽の鳥を見つけた。あの時の鳥だと思った。見上げた空は青かった。もう一羽はこの空の下、どこに墜落しているのだろう。 覆われた空の下だ。僕らは今日も、痛い。 |
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