2003年12月31日水曜日

偽書


お前のいのちがお前を切り裂く
ナイフみたいにだ いま
白い兎が荒野で自殺する
受ける罰さえないままに

河もトカゲもどの砂漠へか去り
黒ずくめのガンマンは みな
コンビニのおにぎりで大きくなった
血は夕空からも追いやられ

爬虫類のように俺を愛してくれ!
そう叫ぶお前を いま
背後から撃ち抜く者は誰もいない

鉄のいかづちをただ待ち受けている脳
振り返れば 林檎の木の枝に
ぶら下がったまま動かない蛇



引用=今回は、あまりにも直接的な引用が多かったので、真面目に註を書いてみることにします。この 註は、別にお勉強や種明かしのためではない。ただ引用・参照元への最低限の礼節であるとともに、詩の意図が必要以上に危険なものに取られることを恐れてのものです。この詩は、断じて戦争や闘争を賛美する詩ではありません。

・一行目、二行目…「Your own life, cuts you like a knife」(MOTORHEAD 「Shoot You In The Back」より)

・三行目、四行目…因幡の白兎の話は、もちろん、キリスト教的罪と罰の寓話として語られるべきものではないだろう。そのことは知っていながら、しかし、今回あえてお話の流れに沿わせてみた。僕が書こうとしているのは、もっと壮大でもっとみみっちい偽書なのだ。

・「河もトカゲも」…因幡の白兎の場合、兎は隠岐の島から海を渡ろうとしたのであって、河ではない。そして、そこにいたのも「鰐」であって、これはトカゲとは違う。それらのことは知りながら、ここでも西部劇的にするために、改変を加えた。なお、『古事記』における武田祐吉の註によると、この「鰐」は「フカの類。やがてその知識に蛇、亀などの要素を取り入れて想像上の動物として発達した。フカの実際を知らない者が多かったからである」そうだ。

・「黒ずくめのガンマン」…「The rider wearing black, /He's gonna Shoot You In The Back」(同前)

・九行目…「Love Me Like A Reptile」(MOTORHEADの同名曲より)

・「背後から撃ち抜く者」…「黒ずくめのガンマン」の項参照

・「鉄のいかづち」…「Believe me, The Hammer's coming...Down!」(MOTORHEAD 「The Hammer」より) また、ミルトンの『失楽園』によると、神の武器は雷(いかづち)であり、その効能の比喩として、「鉄槌」という言葉が出てきている。ここではそれを倒立させた。

・「振り返れば」…「The horseman turns, the wound that burns」(「Shoot In The Back」)

・十四行目…「糸杉の林の裏 地下工場の廃墟のねじくれた鉄骨に/ぶらさがっていた蛇」(入澤康夫 「或る失意の唄」より) しかし、ここでも例によって似非キリスト教化が図られている。なお、『失楽園』における平井正穂の註によると、サタンに乗り移られてイーヴを誘惑し、禁断の果実であった林檎を食べさせたため、蛇は地を腹ばう存在にされてしまったらしい。それ以前の蛇の移動方法を、ミルトンは「尾部を(中略)幾重にもとぐろを巻いてそそりたつまるいその下部を、/地面につけて立ったまま、進んでいった」と書いている。そして、イーヴが林檎を食べる時も、蛇はその横で立って見ている、といった体なのである。

"文献・資料"
MOTORHEAD 『ACE OF SPADES』
武田祐吉訳注 中村啓信補訂・解説 『新訂古事記』 角川書店 一九七七年
ミルトン著 平井正穂訳 『失楽園』 岩波書店 一九八一年
入澤康夫 『入澤康夫 "詩" 集成』 青土社 一九九六年



「聴く人、愛する人、生きる人」――『害虫』論


   〇、はじめに、の前に

 この文章は、「千年王国広場」~「BIRDMAN」で僕が連載していたコラム、「寄せる波、世界へ、(雑記編)」の最終回として、書いたものである。今回この文章を、できるなら「BIRDMAN」で公開されてからこちらに投稿したかった。
 しかし、僕のまったくの個人的事情から、今日、「BIRDMAN」での公開より先に、こちらに寄せさせていただくことにする。関係者の方には、本当に申し訳なく思っている。

   一、はじめに

 僕にはいつも、詩に限らず僕のすべてを基礎づけてくれる、何かがあった。何について考えても、結局はそこに帰着する。僕の考えや作品は、その何かを支えの木のようにして、つるを伸ばしていく。何かとは、そういうものだった。極端に言ってしまえば、僕にとって生きるということは、その何かを参照し、証明し、解釈し直していくことだったのだ。
 今の僕にとって、それがZONEであることは言うまでもない。しかし、僕がずっと以前からそうであったわけでは勿論ない。では、ZONE以前に僕を支えていた軸は、何であったか、というと、それが映画『害虫』なのである。

   二、「構図」

 『害虫』を観る前に、僕は同じく塩田明彦監督の作品である『月光の囁き』を観て、激しい衝撃を受けていた。なぜかと言えば、その映画が極めて読み難かったからである。普通、映画は感情表現や独白や、説明的な場面などがあって、各シーン各演技の意味が、割合わかりやすく伝えてもらえる。それが、映画を観ることを、ちょうど漫画や小説(心情が文字になって書き付けられ、その展開がわかりやすく示されているもの。しかし、漫画や小説のすべてがすべてそうであるとは、僕はもちろん思ってはいない)を読んでいくような行為に変えてくれるのだ。
 しかし、この映画では違っていた。感情表現は勿論あるのだが、それが複雑で、映画全体の中でどういう役割を担っているのか、それが一向に噛み砕けないのである。しかも、前後のシーンでその感情表現が一義的に意味づけられる、ということが少ない。そのため僕らは、何ともいえない不安感に襲われることになる。この表情の真意は何か。この表情を、どう受け取ればいいのか。それがわからないまま、僕らは一個の不可解な個人と向き合うことになるのだ。この時登場人物は、凄い深さを内に秘めつつ、しかし僕らがそれを決して理解することができないという、たしかな輪郭・物質感を持った身体として、映画の中に浮かび上がるのである。
 そしてそれは各シーン間の関係にも及ぶのだ。どういうわけで、このシーンの後にこのシーンが置かれているのか、ということが、一向にわからない。そして僕らが感じるのは、各シーンのゴリゴリするような物質感と、それらがぶつかって放つ、熱いエネルギー。それが、僕には何とも心地よかった。

 当時の僕にとって、『害虫』はこれをさらに進めた映画のように思えた。そこでは、背景の事物、壁や床なんかも、すべてが冷たい物質のように描かれていた。画面を区切っていく、様々な直線の恐ろしい存在感、静けさ。その中を動く身体の、世界からの隔離。映画の中で、世界は垂直に切り立っていて、輪郭を持つ身体は、それに孤独に対峙するより他は無かった。感情に満たされ、感情で世界を犯そうとする我々の目ではなく、純粋に機械の目で見たら、世界はこう見えるのかもしれない。そう、思った。
 しかし、もちろん、塩田作品の特徴はそれだけではなかった。『月光の囁き』でも感じていたことだが、彼の監督映画では、感情が押し付けられない一方、構図の中を動く人物によって、あるいは構図自体の展開によって、画面に軋轢が生じたり、画面が躍動し出したりするのである。感情表現がなくとも、その画面上の効果だけで、塩田明彦映画は何かを語りえていた。構図とは、上で書いたような事物同士の組み合わさり方である。もしかしたら、僕らが感情と呼ぶものは、このような関係上の軋轢や躍動など、何かしら身体に直に伝わってくるものを、心理学的に説明したものなのかもしれない。

 このような解釈が、僕がおこがましくも「構図理論」と呼んだ詩の方法論を導き出した。しかし、この「構図」の時の僕は、事物の切り立つような存在感、その他者性を強調するあまり、事物をきわめて静的な、垂直で白い「壁」のようなものだと考えてしまうところがあった。そして構図は複雑な方がいい、とも。
 ところがこう考えた場合、『害虫』の中にはどうしても、納得がいかないところが出てくるのである。それが、時々挿入される、黒地に白の活字で書かれた手紙の文面と、最後のシーンだった。手紙の文面は、何も面白い構図を生まないし、この映画の最後のシーンも、車に乗っている主人公の横顔を固定カメラで接写しているだけで、構図的に何も無いに等しい。それがなぜ、片や度々映画の中に登場し、片や映画の最後をしめることになったのか。それが、僕には解せなかったのだ。まさか、感情表現がない分、そういう形で主人公の「内面」を語ろうとしたのでは、あるまい。

   三、「寄せる波、世界へ、」

 そして、吉増剛造の映画観や日本伝来の「いき」の概念などに触れる事を経て、僕の『害虫』観は変わり、「構図理論」は、静態的だった原初のものとしては、崩壊した。これは、僕にとてつもない痛手を負わせるものだった。もう、詩が書けないとさえ思った。しかし、その苦痛を乗り越えて完成させた詩集が、『寄せる波、世界へ、』だった。
 この詩集収録の詩の中では、まだ、新しい『害虫』観ははっきりと現れてはいない(唯一、「ZONEのアルバム『O』に」として書かれた詩篇、「O(オー)」だけが、さらに先の『害虫』観まで射程に入れている)。しかし、詩集のタイトル「寄せる波、世界へ、」こそが、まさにそれをズバリと言い当てるキャッチコピーであったのだ。
 当時のノートから。

 映画は、ひかりをつかまえてくることができるのだ。音も、
 そして時間も。スクリーンの上にそれらをつかまえてきて、
 しかも、もう一度刻んでいく。何も映っていない時のスクリ
 ーンの白。そこにつかまえてこられて、刻まれていく、なん
 と多くのひかりたち、音たち、そして時間たち……。
 
    (「絶望」 二〇〇二年十二月十一日 個人ノート
     映画『富江 ―最終章―』をビデオで観ての感想)

 映画館においては、僕ら観客の背後から(見えない所から)
 光がやってきて、スクリーンに当たって像になる。そして、
 映画が終わってしまうと、スクリーンは白い平面に戻って
 しまうが、我々はそこに何か余韻めいたものを感じること
 になる。(中略)僕は、映画というものが、光をつかまえ、
 音をつかまえ、そして時間をつかまえて、それらをスクリ
 ーン上につかまえてきて、もう一度刻んでいく、広げてい
 く――そういうものだ、と思ったのだ。しかも、その時ま
 っ白なスクリーンの上に刻まれ、広げられていく光・音・
 時間は、再現されたものばかりでなく、それを今観ている
 映画館の中のそれとまじり合い重なり合ったものなのであ
 る。

    (「『害虫』は何をしたか ――「構図」理論の展開」
     二〇〇二年十二月十九、二十、二十三、二十四日)

 このような考え方の下では、「構図」の頃はまさに静態的なものとして、垂直に切り立つ確固とした物体の比喩に使われていた、あの「壁」さえもが、ふるえる光の粒によって描かれていく、不安定で流動的な物として見られるようになっていく。そして、先に書いた「文字」と最後のシーンの問題も、この「波」から、ある解決が施されることになるのである。
 文字は、それを読む我々の目の動きという「波」を発生させるものである。最後のシーンにおいては、「少女の見つめる先で、あるいはその少女の横顔で、光の粒は細かくふるえているのだ」(『害虫』は何をしたか)。このような考えを記したのと、ちょうど同じ日に、僕は全7篇がすべてオマージュという詩集に、「寄せる波、世界へ、」というタイトルをつけたのだ。

 映画のような現象界に過ぎぬこの世界で、「波」を感じ、こちらからも「波」を返すことで、その「波」が、ちょうど真っ白なスクリーンのような、僕らには多分たどり着けない「世界」そのものに、打ち寄せてくれることになったらいい。いや、打ち寄せなくてもいいのだ。そのような、あるかないかわからない「世界」そのものを目指して、「波」が寄せていくなら、「波」がどこまでも遠くまで、伝わっていきつづけるのなら、それで十分だと思うのだ。そんな希(のぞみ)が込められた、題だった。

   四、「燃えない鉄」

 この「寄せる波、世界へ、」のあと、僕は入沢康夫にはまり、黒沢清の映画を知り、そして何よりZONEを聴いてきた。この影響は、甚大だった。結果、長きにわたって『害虫』が占めてきた支え木の位置に、ZONEが移り変わることになったのである。

 最近わけあって『害虫』をまたもや観たのだが、そこで僕は、「文字」および最後のシーンについて、「構図」でも、「波」でもない、もっと別のものを感じることとなる。文字の方から説明することにしよう。
 今回、あの文字を見て僕が感じたもの。それは、それを読む僕の目の動きでもなく、文字の上でふるえる光の粒でもなく、圧倒的な静けさだった。動きのあり、音の聞こえるシーンの合間に、挟み込まれた無音、黒地、そして動かない白い活字。それを読んでいる時間は、僕には圧倒的に静かなものだった。もちろん、文字を読む時、僕らはそれを音に、具体的には誰かの声に還元している。だから、完全に無音であることは、ないことになる。しかし、その手紙のシーンで聞こえるのは、そのような声ばかりではなく、それとちょうど陰陽図のように抱き合わせになった、無音状態でもあったのである。
 声が発せられる時、そこには声を発するもののふるえが宿り、僕らは声を聴くことでその者の内の暗く深いところまでを、聴くことになる。いや、実際そこまでよくは聴こえないから、そのふるえを声に乗せるための意識的・無意識的技術と、そのふるえの拠って来たる深いところまで聴き取れるような、聞き手側の耳の澄まし方とが必要になるのであるが。
 ともかく声がそういうものであるのに対し、活字はというと、そこにあるのはふるえではなく、そのふるえの残滓としての形だけである。そこには、言葉の拠って来たる深淵が無い(もちろん、意味の次元では、文面もいわゆる内面をもつ。しかし、ここで重視しているのは、意味の外にある要素だ)。逆に言えば、それは空無をその背景に持つ言葉なのである。そして、文字に耳を澄ます時、僕らは、その文字を書いた者の声を自ら仮構しそれに耳を澄ますとともに、文字自身が持つその空無にも、耳を澄ましているのではないだろうか。

 そう考えた時、僕にはあの最後のシーンの静けさの意味が、ようやくわかった気がした。揺れる車、その中の少女の横顔、そしてそのまなざし。そういう場所に、少女の渦巻く情念や、あるいはふるえる光の粒を見るのは可能だろう。しかし、そこには同時に、暴く光でも微分していくことのできない、絶対的な静けさも横たわっているのである。僕らはついに、それを解釈・言語化することはできない。僕らが得るのは、ただ沈黙だけである。そしてその静けさは、ちょうど、現象界としての世界の根底に広がる、真っ白なスクリーンの静けさとも等しいもののように思われたのである。
 切り立つ世界の中で、個人は様々な侵食を受けることになる。切り立つ世界からの暴力、そして個人を解釈しようとする、視姦ともいえるような視線。そのような中で、それでもなお、個人が強さ・貴さを持ちうるとするなら、それは上に書いた、解釈不能な空無によってのみ可能ではないだろうか。そして、その空無は逆説的に、すべての事象の根底に共有されている、零度の地平でもあるのである。空無としての世界そのものの上、我々の生が波をうち、流れ合い巡り合っている。

 上のような静寂を、僕は詩には書いてこなかった。僕が書けたのは、その空無から、すこし色や形のついたもの。あえてそれらの中から、今回の考えに合うキャッチを選ぶなら、「燃えない鉄」になるだろうか。炎に犯されることのない、静かで内に引き込むような黒さを持った金属。しなやかにたわむ剛さと、それが撥ね返る時に発せられる、音=声。
 結局、長々とこのコラムを書いてきて僕がたどり着いたのは、次のような単純なことだ。声に耳を澄ませ、空無に届くまで。空無を畏れよ、必要以上に世界を犯すことのないように。なんだか、とっても宗教がかっているのだが(苦笑)、結局これが、僕がすべての狂信を告発していく際の、論拠にもなっているのである。
 そして、空無を覆うように発せられた声を受け止め、自らの生で、その「波」に応えていくこと。こちらからも、「波」を返していくこと。それが、今の僕が言うところの「詩」なのであり、それは何も、詩作品でなくてもいいのだ。空無を知り貴びつつ、「波」の流れに身を投げ出してく者。「聴く人、愛する人、生きる人」。それこそが、詩人だ。
 最後に、あさましいことではあるが、自分の詩から引用して、この長々しく退屈なコラムを終えることにしよう。どうも、短い間ではありましたが、ありがとうございました。

 両腕で抱えていた
 鳴らないはずの 泥炭の石盤を
 それでも歌い始めていた
 しずかに 星の満ちる夜




2003年12月29日月曜日

人生




右足と左足で

靴紐の長さが 少し違うから

足りない分を捨てにいく

歩むわたしに 青空は今日もすずしい


2003年12月25日木曜日

うそ


うそ

先生のうそ
お母さんのうそ
安二郎のうそ
マチルダのうそ

税制対策特別審議会のうそ
アインシュタインのうそ
ほ乳びんのうそ
ほ乳類のうそ

空の嘘
隠れるところがないだけに
余計手に負えない
真っ青なうそ

でも
その青さだけはほんとう
そう信じている僕は青二才
ほんとうに、そう?

泳ぎつづける青春のかわうそ
しずかに昨日を消化する酵素
つかれたうそなんてみんなみんな控訴
おいくらでも、どうぞ



   (初出:「BIRDMAN」内の企画「デンシノ」)


まはだかな あなた


もう はだかにしなくてもいい
ほのぐらい喫茶店のソファーの上で
あなたがほほえんでいる
ゆうゆうと
その片足を上げながら

疫病(えやみ)が来て去った
喉を苦しめていた嵐も また
あの時脱がせたあなたの衣装と
あなたのからだ
誰も知らない

いまもまだ あの服は着たままで
まだ あの歌も歌いつづけているけれど
いま ほのぐらさのまん中で
何度でも湧き上がる
誰も知らないやわらかな曙

もう はだかにしなくてもいい
あなたがほほえんでいる
ゆうゆうと上げた その片足と
ぼくらの視線を
終わることなく微分しつづけて

(  )





注)「疫病が来て去った」は、入沢康夫さんの詩「ナギラ・メギラ」より引用しました。


2003年12月17日水曜日

シワ




四十五歳になる その詩人の
二才のむすめは
うまくしゃべれない
手話のことを
シワ という

耳がきこえない人のための シワ
声がとどかない時のための シワ
うまくしゃべれない唇のための シワ

「詩は何か」
「詩とは何か」
そう問いつづけている
しかめっ面の 父のとなりで

「わたし きょうも
 シワ をする」

「は」の先なんて
問うこともなく


詩をやめていた頃の





夕焼けに雪とけず降る広場にてブランコをこげわが罪の音




2003年12月15日月曜日

アルバイト




神様と働いていた。
午後、仄暗さの射す喫茶店で、
神様はてきぱきと注文を取り、
コーヒーを入れた。
小柄だった。
肌が白かった。


手紙 幼くはなくなってしまったあなたに




ハロー、 ハロー、

遠い所から手紙を送ります。
幼くはなくなってしまったあなたに、
わたしの言葉を、なるたけ沿わせながら、
遠い所から手紙を送ります。
聞いてほしい、

ハロー、 ハロー、

聞いてほしいのです。
ひとつの目覚めを歩み出しているあなたに。
いまだ育ちゆく夢の中径(なかみち)の、
枝に懸かる、小さなもみぢを。
その文字を。

枯れゆく季節に。
冷たい夜空に。
月だけが不思議と少し大きく見え、
見上げていたあなたの、
美しい横顔は雪原のようでした。
わたしは伝える声さえ失って、

聞こえますか? 聞こえますか?
いまは一度でいいのです。
あなたの言葉がしゃべりたい。
わたしの背丈のこの歌を、
かつて、あなたが遠くから、
しずかに繰り返してくれたように。もう一度。

ハロー、 ハロー、

遠い所から手紙を送ります。
書き散らしていく幾千の掌は、
枯れることなく、空へとむかう。
そして星になるのです。旅立つあなたを、
照らせるくらいに、輝いて。

 (覚えていますか? あの頃の帰り道。
  夕べはしずかに実りにむかい、
  暮れゆく空で、穂は瑞々しく傾いでいました。
  幼かった子らの舞いゆくのが見え、
  代わり代わりゆくものはすべて貴(とうと)かった。
  きっと今でもそうなのです。)

 四人でした。
 四人でした。
 ありがとう。
 ありがとう。

ハロー、 ハロー、

いまだ育ちゆく夢の中径で、
小さなもみぢは、枝をはなさない。
ずっと、聞いていて下さい。わたしの、
わたしたちの歌を。歌いつづけるから。

あなたから遠く、しかし一緒に歩みつづけながら、
わたしは手紙を送りつづけます。
空へ、



   作者註)この詩は、女性の音楽グループZONEから、
   リーダーのTAKAYOが「旅立つ」ことを発表したこ
   とに端を発して、書かれたものである。ZONEは、結
   成からその時まで、ずっと変わらぬ四人のメンバーで活
   動していて、その中で年長者でもあったTAKAYOは、
   六年にわたり、リーダーとして若いメンバーを引っ張っ
   てきたのだった。
    この詩を書くにあたり、ZONEの「僕の手紙」を主
   に参考にした。



          (二〇〇三年十二月十二、十三、十四日)



2003年12月12日金曜日

ZONEで書いて何が悪い!


   (前書き)

 この文章を書いた時、僕はまだひとつのパフォーマンスとして、ZONEを登場させていた。それは、僕が散文で彼女らを扱う時に、いつもとる態度であって、いかにも自分がまじめにやってませんよ、というフリをしながら、自分にとって本当に大事なもので不意打ちする、そのための策略であった。
 僕がこの文章を書いた日に、ZONE結成以来六年間もの間、リーダーとして若いグループを引っ張ってきたTAKAYOさんが、ZONEからの脱退を表明。あまりにも不真面目なフリをしているため(ZONEを詩に書き続けることを、「馬鹿な行い」と言っていたり)、一時はこの文章を消そうとも思ったが、あえて、ここに投稿することにする。
 いずれ、真面目にZONEを扱わなければならないだろう。しかしそれは、僕にとっては、まず詩という形をとらなければならないはずだ。
 (もちろん僕は、この前書きが、何とも言えず「イタイ」、滑稽な様相を示すものであることを理解している。それもまた戦略のうちであると言ったら、人は僕を軽蔑するだろうか。もしかしたら、その軽蔑こそが、僕の今欲しているものかも知れず。そして、その軽蔑の底にあるものを、もう一度自分で見直してもらえることを、僕は望んでいるのかも知れず)


   ZONEで書いて何が悪い!

 実は、最近、腹が立っていることがある。ご存知の方もおられるように、僕が書く詩の中には、「ZONEの何々へのオマージュ」というタイプの詩が本当に数多くある。腹が立っているのは、それらの詩が、まさにZONEの作品に対して書かれた、と言うだけで、読むべき何ものでもないように思われることである。
 もっとひどい場合になると、以下のようなことになる。「この詩はいいね」と言っていた人に、「ああ、この詩は、例によって“あの人たち”を基に書いたやつなんやけど」と言った時に、作品の評価がまるで変わってしまうのだ。「ええ? そうなの? それじゃあやっぱり、だめだなあ」
 もちろん、作品を読む上で、外的情報が重要になるのは、重々承知している。そういうのをなしに作品だけを読むのがある種の理想だとしても、やはり、知ってしまった以上は、意識してしまうのが人間である。そう考えると、上の言葉も、あながち酷いものではないのかもしれない。しかし、僕が納得いかないのは、上のような言葉が、次のような理由付けと一緒にやってくるからである。「これも、あの子たちのことを思いながら書いたやつでしょ?」

 詩が、恋する人の窓の下で歌い上げるものだったなら、たしかにそういう理由付けも可能だろう。しかし今は、そのような時代ではないのだ。僕は自分が、他ならぬ「文字」で詩を書く存在であることを、十分に意識している。
 そもそも、詩は、誰かへの恋の気持ちやら何やらを、できるだけ正直に、それが「正しく」言葉になるように、書くものだろうか。ある面では、確かにそうだろう。しかし、ある面では、それはまったく間違っている。
 ある面で正しいと言うのは、何となれば、そういう態度から実際に詩が生まれうるからである。しかし、そればかりが詩であると考えること、すなわち、詩とは内面を正しく表現するものであると考えることは、たぶん、間違っている。
 以下で、簡単に論証してみよう。

 たとえば、ある景勝の地でその景色にいたく感激し、それを「そのまま」詩にしようと考えた人がいたとしよう。しかし、感激・感動というものそれ自体は、いうなれば襲い掛かってくる(あるいは湧き上がって来る)力であって、それはもともと「こういうものですよ」と言葉で書かれてはいない。そしてそれは、思い出そうとしても思い出せない。なぜならそれは一瞬だけのものであり、後で呼び返すための適切な名前をもともと持たないものだからである。残るのは、ただその感動がどこから生まれたか、そしてそれが、自分にどんな感触を与えたか、という漠然とした記憶のみである。
 ともかく、その漠然とした記憶を基に、ここでいう詩人が感動の生まれてきた原因や自分の感触などを「正しく」書くことができた、と仮定しよう。しかしその表現は、彼にとっては満足のいかないものであるだろう。なぜならば、それは彼を襲った感動そのものを呼び返さないからである。つまり、感動の生まれてきた原因や感動の与えた感触などは、たしかに「正しく」書かれているのだが、その「正しさ」は、彼にとって、感動そのものを再び与えてくれるものではなかったのである。その事態を、彼のように「正しさ」に固執する人は、「この作品は、まだ、私の気持ちを正しくは表現できていない」と考えて、更なる表現を探すのだろう。
 そして、彼に感動を与えてくれる表現にぶつかった時、彼はそれを「自分の気持ちを正しく表現したもの」として、嬉々として採用するのだろう。しかし、先に言ったように、感動がそもそも名づけえぬ「力」であるならば、それを「これとこれは同じ、これとこれはここが違う」と言う風に比較することは、土台無理な話だろう。そうなってくれば、ここで言われている「気持ちを正しく表現」と言う部分は、単純に書き手がそれを正しいものとして納得するかどうか、という次元にとどまるものになる。
 もちろん、その納得性は完全に作者の恣意に拠るものではなく、先に既に書いた、感動の生まれてきた原因や感動に対する感動者の反応などにより、ある程度の理由付けを持つものであろう。しかし、これらは感動が同じであるという事を漠然と予感させるが、それを確信させることはついにできないものなのである。
 そして、感動を生む原因や感動への反応などの問題を、いったん度外視して純粋に感動の次元のみで考えるならば、次のように極論することもできるだろう。すなわち、「書く者にとって、大事なのはその表現から感動が与えられるかどうかであって、その感動が彼自身の受け取ったものと同じであるかどうかということは、どうでもいい問題であるし、そもそも考えることができない問題でもある」と。

 そうなってくると、では、「気持ちを正しく」と思って書いてきた「あれ」は、一体何だったのだろうか。「あれ」は、もしかして、詩ではなかったのだろうか。
 もちろん、「あれ」も詩ではあったのだ。しかし、それが詩であったのは、「気持ちを正しく表現した」からではなく、その言葉が言葉として感動を与えうるものであった、という、まさにそのことゆえなのである。そして、「気持ちを正しく」という態度・方法は、「感動」に至るためのひとつの方法、あるいは一つの構えであって、我々はその構えをとることで、何とか詩の生む感動へとたどり着こうとしていたのである。
 もちろん、「気持ちを正しく」という構えは非常に有効であって、そこから素晴らしい詩が生まれることも事実である。しかし、それだけが唯一のスタンダードになってしまっては嫌なので、僕はあえて、それとは違うやり方を使うことにしている。それが、僕の言う意味の「オマージュ」という方法なのである。

 そこでは、原作が持っていた感動を生む構造を重視しながらも、時にはそれを大きく侵犯し、言葉で書く際に一番しっくりくるように、どんどん異質なものを混ぜていく。その結果として、原作の世界がより深まって見えるようになれば、見つけもんだ。
 もちろん、ここには非常に意識的な操作も含まれているし、「夢」と聞いた途端に、祖父が死の床で呟いた言葉を思い出す、そしてその「夢」という言葉をそういう意味も含めて感じ取ってしまう、という風な無意識的な操作も含まれている。(ここでの意識無意識の区別は難しい。逆に言うと、その区別が難しいところまで行き着かないと、本当に詩的な言葉は出てこないのかもしれない。)
 また、原作の構図を言葉の構図に移し、再構成していく、という制作の過程で、主体が自在に変転していく、という事態が起こる。この、顔年齢二十八歳の男子大学生が、十五歳の女の子や妻子もちの男性になったりするのである。これは、「詩は作者の気持ちをそのまま述べたもの」と言う考え方に対して、主に「作者の」と言う部分で反発する方法となる。さらに、これが一番僕の中では大事なのだが、ここで作者は変転した「主体」に成りきって書くのでは「ない」のである。ここが理解されないために、僕の詩を読んだ人が、それがZONEものだとわかるとすぐに「やっぱりだめ」と言ってしまう、ということになるのだろう。
 たとえば、自分をすごくカッコイイ主人公、そして片思いの相手をその主人公の恋人にして、小説を書く、ということが、中学生頃なら誰かはやったことがあるのではないだろうか。その小説の中で、作者は主人公になりきって、大変かっこよく行動し、そして片思いであるはずの人と思いを遂げていく。僕が詩でやろうとしているのは、これでは「ない」のである。「あの子たちのことを思いながら書いた」のでは「ない」のである。
 僕は、「気持ちをそのまま」にも、激烈に反発するのだ。つまり、僕は主人公になりきって書くのではなく、たとえば十五歳の女の子が詩の中で「わたし」と語るとして、その「わたし」を含めた、詩の織物を編んでいくのである。わかりやすく言えば、「わたし」とはこういう人だからこういうことを言うだろう、と考えながら、彼女の「気持ちをそのまま」書くのではなく、詩の中の言葉と「わたし」の設定が、うまく作用しあって、感動を生むように考えながら(というより、だれよりも自分が感動できる言葉を探しながら・待ちながら)書き進めていくのである。ここには、なりきりの快感と言うものはあまりなく、むしろ、あるのは言葉と言葉の関係に胸打たれる感触だけである。
 (右の部分について、訂正がある。たしかに、僕はなりきって「そのまま」書こうとしているのではない。しかし、同時に、詩の外側に立っているわけでもない。そして、時にはやはり、「声」を発するものになってしまっていることもあるのである。むしろ、この「声」をまさに人の体を通って出てきた声として響かせられるか、と言うことが、最近の関心にもなってきている。
 しかしこれは、くどいようだが、なりきって書いているのとは少し違っていて、むしろ、声に憑依される感じに近いのかもしれない。あるいは、身体の暗くて深いところから、不意に誰かの声が僕の身体を通ってよみがえってくる感じ。そして、そのような声を発する自分がいる一方で、僕はその声を、どうすれば詩の中に位置づけられるか、表記法や構成に悩んだりもするのである。いや、大抵は、そういう構成に対する悩みの果てに、急に声に出会うのであるが。)
 (余談ではあるが、祖父の死を扱う時でさえ、僕はこの方法を用いようとした。自分の悲しみが重要なのではない。それを深めて、突き抜けて、あるいは潜り抜けて、どのような景色が見えるか。それが探りたかったのだ。)

 僕の詩を読んで、勝手に僕の人間性を造り上げたって、勝手に僕の恋人を捏造して、その詩をその人への恋文として読んでくれたって、別にかまわないといえばかまわない。それが読む人にとって感動を生むのならば、それでいいのだ。しかし、それだけが詩の読み方だと思って、僕のZONEものを全て「ロリコンの倒錯遊び、あるいは世迷言」とされては、なかなかつらいものがあるのだ。僕は相当の自覚とともに、このオマージュと言う方法を使っていて、さらに言えば、ZONEをあえて対象に選んだことも、単にZONEが大好き、ということ以上の方法論的狙いがあってのことなのである。
 詩を書く際に、一般には小さな女の子のアイドルグループ、ぐらいの認識しかないようなZONEをあえて対象にすること。それはすなわち、詩に往々にしてあるまじめ主義、つまり詩は気持ちをそのまま現したものであり、そうやって読むべきである、と言う考えへの軽やかな異議申し立て、そして「気持ちをそのまま」書かなくても、ここまで詩は来れる、ということの宣言なのである。祖父の死を扱おうとAV女優を扱おうと(こういう区別自体、僕には胸がむかつくものであるのだが)、詩がどこまでたどり着けるかということには、それらは厳密には直接の関係を持たないのだ。しかし、詩がどこまで来たか、ということを読んでもらえるその前に、その詩がただの「ロリコンの恋文」とされてしまう、そこがなんとも悩ましいところであるが。
 
 僕は、かなり大真面目にこの(世間的に見て)馬鹿な行いをやっている。馬鹿な行いを通して、馬鹿な行いをまさに支えの木にしながら、言葉が恐ろしい所まで届く状態、或いは存在の基底を言葉が打ち、おぞましいほどの感動が湧き上がって来る、そのような状態を作り出そうと、戦ってきたのである。
 「僕のことはどうでもいいから、詩の言葉に耳を澄ましてください。」
 それが、この僕が言える、たぶん一番重要なことなのだと思う。そしてもう一つ。
 「ZONEで書いて何が悪い!」


   (補足)

 「感動」のみが重要であるということは、詩のひとつの恐ろしさにもつながっている。感動は、普通、感動を生んだ原因(と思われるもの)に帰属させられる。だから、ある思想で詩を書いたとして、その詩が素晴らしく人を感動させた場合、人はその思想が素晴らしいと感じてしまうのである。そして、上の本文に書いたことが真実ならば、優れた詩人である場合、我々はどのような思想でもって詩を書くことも、そしてそれで人を感動させることも可能になる。
 詩のつかみ所のなさ、詩の残酷さ(詩は時に、非常に無遠慮に、世界の一番デリケートな部分を暴き出してしまう)とあわせて、このことを理解しておかないと、とても恐ろしいことになるかもしれない。そんなことを考えながら、僕は今日も、ZONEについての詩を書こうと画策している。

   (二〇〇三年十二月十日。十二日加筆)


2003年12月11日木曜日

旅に病んで(十二月十一日版)


   旅に病んで夢は枯野を駆け巡る
      ――松尾芭蕉辞世の句

地つづきに走ってゆく
 「美しい人よ、
  あなたの名前は何ですか。」
地つづきに走ってゆく
 「美しい人よ、
  あなたの名前は、何でしたか。」

両腕で抱えていた
鳴らないはずの 泥炭の石盤を
それでも歌いはじめていた
しずかに 星の満ちる夜

 覚えていないのです。
 あなたが、どんな手をしていたのか。
 覚えていないのです。
 あなたが、どんな靴を履いていたのか。

裏返し 裏返してきたカードは
喉の奥底で
ひとつになっていた
昼も夜もない 白い太陽

島の寒さに枯れていた
細い枝 そのような腕で
朝の崖から
いつしか橋をかけていた

 墓を見ていたのです。
 島を取り囲んでいた、海の底の墓を。
 昼間なのに、海には星が煌いていて、
 見上げた空にも、星がありました。

 二つの星々の中空で、
 爆発してゆく、ひとつの花火があって、
 海の外へと、空の外へと、
 広がってゆく。それが、
 あなたでした。
 あなたでした。

箱から箱へ
軋みながら 身(ミ)を打ちつけながら
四つの車輪は 転がりつづけた
運ばれてゆく
それは夜の車体

四人の歌声の あるいは青空の底で
「僕達(ぼくら)」は 何度でも出会い直し
出会い直し
そして別れた

 「さようなら、美しい人よ。

  夏休みは終わりました。
  夏休みは終わりました。」

もう 目覚めなければならない
ひとつの夢から
熱を帯びた 混沌の眠りから

わたしは家に帰り
正しい言葉を喋るだろう
祭りの砂利道を
いつも並んで歩いていた あの影を
白い制服で
いつしか置き忘れ

 (しかしその先に、
  再び休みがあるのなら。
  あなたの背中に、
  隠れて、夜道がつづくなら。

  僕は思い出すでしょう。
  海に沈んだ、墓標のひとつひとつを。
  雲の形を。そしてあなたの、
  あなたの、真新しい名前を。
  そのひとつひとつを。)

 名前も忘れてしまったのに、
 あなたの足取りは、なお輝いている。


学校からの帰り道
ひとり ふと口ずさみ
すると振り返る
「孤立した島」 ではない
代わり代わりゆくものはすべて貴(とうと)く

再び前を向いた 「僕達」の足は
真っ白な靴を履きながら それでも
地つづきに走ってゆく
 「美しい人よ、
  なつかしくて、真新しくて、

  あなたはやはり美しい。
  あなたの名前を、教えて下さい。
  また、



2003年12月9日火曜日

「あおに、帰る」ほか一篇及び散文


   あおに、帰る


「夢はかなえるものだ」 なんて、
いったい、誰が言い出したのか。

テレビのないテレビ台と、
垂直に片付けられたままのワープロ。
乾いたままの採尿容器に、
自力では酸素を取り込めない、
冒された肺の、大きな呼吸。

「夢はかなえるものだ」 なんて、
いったい、誰が言い出したのか。

しずかな病室と、
浅すぎる汗ばんだ眠り。
わずかな親族のわずかな看病に、
ノートへと書き連ねられてゆく、
血圧、脈拍、酸素吸収率。
そして言葉。少しだけの。

          「普通の人ならば、」

九月の陽を受けて、
ビニールチューブはなめらかにギラついている。

          「普通の人ならば、」

宙吊りになって止まっている、
何本もの管をかいくぐって、
近づいた僕に、

          「普通の人ならば、
          尿が止まってから、
          二十四時間の命だと
          言われています。」

薄く目覚めた祖父は、
誰にも聞き取れない言葉で、
教えてくれた。

 「帰る夢、見たわ。」

 「わえやな、あおに、帰るねん。」

 (あお――
  それは僕たちが暮らしていた、
  山と空の美しい、
  小さな町の名前なのだ。)

 祖父よ。
 あおには、家があるのでしょう。
 あおには、家族があるのでしょう。
 犬を連れて散歩した、
 僕たちの知らない道があり、
 それは細く曲がり、次第に入り組みながら、
 あの、山の上の青空へと、
 つづいているのでしょう。

 あなただけのあなたと、
 あおのみんなのためのあなたが、
 しずかに手を繋いでいる。
 祖父よ。
 あおには、あおが、
 あるのでしょう。

 「わえやな、あおに、帰るねん。」

昼下がりの病室に、
苦しい熱を帯びた呼吸音が、
ふたたび、おおきく鳴り始める。

 「わえやな、あおに、帰るねん。」

「夢はかなえるものだ」 なんて、
いったい、誰が言い出したのか。

かなえられないからこそ見る夢の、
美しい、その片袖は、
ビニールチューブに絡まって、
陽の光の中、
宙吊りになっている。



           (二〇〇三年九月二十六、二十七日)



 右の詩は、祖父の急逝から七日後に書き始められた。祖父がなくなったのは、この詩に書いた言葉をポツリともらした、その日の深夜のことだった。尿が止まってから、大体三十六時間。徹夜で看病していた僕と母が、医者に呼び出され、詩に引用した死亡宣告を聞かされた時から、二十二時間後だった。
 この詩を書くにあたり、直接のきっかけとなった一行目は、とあるテレビCMに対して感じた反発から、書き始められた。なお、書き進めていく際、僕はこれから書きつけようとしている過去作のことを、まったく参照しなかった。というより、以下の詩のことなど、まるで念頭になかったのだ。それなのに、このようなことになったことについて、僕は改めて詩をうたうということの恐ろしさを感じざるを得ない。
 以下の詩は、祖父が肺炎で入院する、じつに四ヶ月以上前に書き付けられていたのである。



   ZONEの「true blue」へのオマージュ


僕達(ぼくら)
の目は、
重ならない。
どこまで行っても。
僕達は、
いつも、
同じものを見てはいないから。

でも、
だからこそ、
僕達はいっしょに歩いていける。
このうたを歌おう。
それぞれの声で、
遠い青空のむこう、
飛び立っていこう。

どこにたどり着いたとしても、
ひとりの痛みは消えないだろう。
そして僕達は、
それを分け合うこともできないんだ。
君が悩んでいる時も、
どうすればいいか、
それさえ僕にはわからないけれど、

ひとりの僕にできること。

 君が道に迷うときは
 僕が先を歩くよ


完成しないパズルを抱えて、
嘆くためだけの夜は終わったんだ。いまは、
不完全な海を、
そして不完全な青空を、
飛んでいこう。いっしょに。
それぞれの声で、
このうたを歌いながら。

埋まらないピースのむこうでは、
空と海とが、
手をつないでいる。
そこではきっと、名もない雑草が、
名もない花をいくつも咲かせ、
たくましく、
風にゆれているだろう。
一輪、
また一輪、


うたになって、
あおになって、


僕達は、
そこに帰っていくんだ。


 遠い空越えて 僕達は飛び立つ
 きっとそこにある それが君の夢・・・



 「永遠だよ 僕達は・・・」



     作者註 1マス下げたところは、原作の歌詞からの引用部分
         である。ただし、改行を少し変えたところがある。
         また、「true blue」とは、今は使われていない昔
         のアメリカの言葉で、「親友以上の友だち」を意味
         する言葉であるそうだ。なお、この詩の原作は、テ
         レビアニメ「アストロボーイ 鉄腕アトム」の主題
         歌でもある。




           (二〇〇三年四月二十六、二十八、二十九日)



 夢がかなえるためのものでないのなら、それは、何のためのものだろうか。その問いの答えが、この詩に帰って、少し、わかったような気がしている。







即興詩 RAIN








れいん。

れいん。

ふる ひさめ、



れいん。

れいん。

ふる ひさめ、



                「砂まみれの六月でした。
                 白い貝殻の打ち寄せる砂浜で、
                 わたしは両足を砂にとられて
                 横たわっていました。ひとり、
                 海の向こうから打ち寄せてくる、
                 小さな死の声に耳を澄ましながら、
                (一行欠落。文字が滲んで読めない)
                 砂まみれの六月でした。
                 曇り空ばかりで、でも、わたしは、
                 濡れていませんでした。濡れて
                 いませんでした。重たくも遠い空から
                 乾いた水滴が、はね



れいん。

れいん。

ふる ひさめ、



                 「せんせい、

                  プールでだれかが、

                  およいでいますよ。

                  おさかなみたいに、

                  くろいだれかが、

                  せんせい、

                  そらからプールにとびこんで、

                  せんせい、せんせい、

                  たいふうは行ってしまったんでしょ?

                  でも、プールサイドに、ほら、

                  あんなにあんなにきいろい旗が」



          わたしの母は部屋でくしゃみばかりしている
          「花粉症でこの季節は大変やわ」と言うが
          今日はもう六月で 外では雨が降っているのだ
          花粉が飛ぶはずもないこんな日に 母は
          部屋でくしゃみばかりしている 
          わたしはその声を聞きながら ぼんやり
          あなたからの手紙を整理している
          17歳だったわたしたちの ばかげたやりとりを
          青くきざみこまれた手紙の色は あせて

          文字は どこか水面に浮かんでいるみたいだ
          
          あなたと別れる少し前に飼い始めたコバタンは
          今年の四月に死んでしまった たった一回だけ
          あなたになでられたあの時に 細めていた目を
          静かにとじて
                   ねえ あなたが好きだった
          真っ白な羽が 今でも この部屋に舞っている
          ような 気がするよ わたしは    そして
          わたしの母は

          ここからは遠く 自分の部屋でくしゃみばかり
          さっきからし続けている

          外は雨だ



「1999年6月3日、竹林の中で白骨が発見された。
その日は先日来の豪雨で斜面の土が流され、
その下から、女性のものと見られる死体が発見された。
(女性の死体のそばには、鍵のないキーホルダーが発見され、)
遺留品から、その遺体がA市在住の××××さんのものであることが判明した。
××××さんは、東京で○○○○と言う名で写真のモデルとして働いていたが、
1997年4月あたりから失踪を繰り返し、1999年に入ってからというもの、
行方が全くわからない状態になっていた。(知人の話では、××××さんは
最後の失踪の前夜、「雨に会いに行く」と話していたらしい。)検死の結果、
特に外傷が見つからなかったことから、死因は餓死と見られている。

(不思議なことに、遺体の骨格のうち、両足の親指がどうしても見つからなかった
という。遺体の発見者は、その時の状況を、まるで骨が軽く飛んでいるようだった
と証言しているが、この証言が何を指すのか、一切の真偽は不明である。)

その後の家宅捜索などにおいても、遺書の類は発見されなかったため、
この失踪事件は原因不明のままで捜査が打ち切られ、今に至っている。

(ただし、家宅捜索の際、遺書ではないものの、何も書かれていない手紙らしき
ものが見つかった。その手紙はずっと家の中に置かれていたはずなのだが、なぜか、
まるで文字のように点々と水滴が落ちていて、

それを発見した捜査員は、その日の帰路で、雨が空へと舞い上がっていく景色を、
見たと言う。しかし、一切の真偽は不明である。)

(思えば、遺体が発見されたその時も、六月にしてはめずらしいほどの冷たい雨が
降っていて、遺体を隠すビニールシート、そして捜査員が来た雨合羽の青色へと、
雨粒が凍えるような寒さで落ちてきていた。その時竹林を包み込んでいた雨音を、
わたしは、今   どうしても思い出すことができない。)」





                                   れいん。

                                   れいん。

                                ふる ひさめ、                   


                                   れいん。

                                   れいん。

                                ふる ひさめ、


        








2003年12月5日金曜日

ZONEの「恋々・・・」へのオマージュ


めぐる風、幾重にも、円を描き、円を崩れ、
こぼれ落ち、ひかり落ち、きらきらと、きら
きらと、流れ出て、またやって来ます、音を
立てながら、

その風、その春、きみよ、きみよ、
いま、ぼくは、どこに、いますか?

かわしていく、先を逃げていく、後ろからつ
いてくる、ぼくに交差する、風、のたわむれ
、の中で、ぼくときみと、きみとぼくと、並
んだまま、あるく、ね、

唇の色した、春、は流れ、散りゆく花びらは
、風に乗って、季節の外へと、降り積もりま
す、きっと、きみには言えない、けど、ぼく
は信じているのです、そして、きみに会いに
いく、また、

開いている窓、(めぐる風、)流れている髪
、(幾重にも、)香る風、(円を描き、)あ
たたかな言葉、(円を崩れ、)ぜんぶ夢だと
しても、(こぼれ落ち、)ぜんぶ消えてしま
ったとしても、(ひかり落ち、)離れない気
持ち、(きらきらと、)きみのいる窓辺へと
、(きらきらと、)降り積もってゆく、(流
れ出て、)ぼくの唇、(またやって来ます、
)何も言えないままだけど、(音を立てなが
ら、)

そして風は立ち止まる
すっと 息を止めるように


もう一度、(かわしていく、)風が吹いたな
ら、(先を逃げていく、)もう一度、(後ろ
からついてくる、)声をかけたなら、(ぼく
に交差する、)ぼくらは、(風、)少し身を
かがめて、(のたわむれ、)くぐっていかな
ければいけない、(の中で、)季節から季節
へと、(ぼくときみと、)目醒めから目醒め
へと、(きみとぼくと、)並んだまま、(並
んだまま、)あるく、(あるく、)ね、(い
つまでもだよ、)

(ね、)そして、きみに会いにいく、(いつ
までも二人

 永遠の夢を・・・


     (ぼくはそこにいます、)また、



     作者註) 今さら言うまでもないが、この詩には、
     原作の歌詞その他からの多数の引用がある。なお、
     「恋々・・・」とは、ZONEのメンバーの言葉に
     よると、恋しくて恋しくて、でもそのことが言えな
     い、という気持ちをさす、実在する中国語らしい。





   (詩集『きみよ きみよ』より)



風と骨格


鳥の骨格について考えている。
午後、海のむこうから、
誰かの声が聞こえてくる。

鳥の骨格について考えている。
家を出て、見上げた青空で、
白い雲は流れていかない。
僕は石畳の道を下りていく。

風の午後、誰もいない町からは、
時折、囁き声がもれてくるばかりで、

道沿いの樹々は、人知れず咲いた小さな花を、
音もなく、陽の光の中に散らしている。

海からの風。僕が思い描く青空で、
鳥の骨格は、しずかに翼を広げてゆく。

けれど飛べない。しずかに翼を開いたままで、
吹きつける風を、ただ後ろへとすりぬけさせるだけ。

いのちを守るための、骨だったのだ。
そして空を飛ぶための、骨だったのだ。

鳥の骨格について考えている。
午後、海のむこうから、
誰かの声が聞こえてくる。

鳥の骨格について考えている。
主に、そのかるさについて考えている。
鋭い音を立てて、
青空を戦闘機が通り過ぎていき、

壊された町並みの中、
僕は石畳の道を下りていく。



   小詩集『鳥、その不在、/三月』より


2003年12月3日水曜日

夜の子宮


   (AV女優 大空あすかさんに)




 「それが全部表現だと思ってます」



一行の、
沈黙。

夜が孕む、
白い、一本の裂け目のように、
彼女の体内で、
声が、
か細く立っている。

ゆるぎない、
それは誰にも犯すことができない、

一瞬。
または永遠。

二〇〇三年三月二十七日発売、
成人向け雑誌 ビデオボーイの、活字の海で、
渦を巻く淫語の中、
その一行は、
立っている。
沈黙として。
表現する彼女の、
表現されえない、夜の子宮として。
今も、

全国のコンビニに並ぶ、
この雑誌を前に、射精するものよ。
あるいは彼女のビデオを借りてきて、
再生し、巻き戻し、時には一時停止して、
自らの肉棒を、ひとり慰めるものたちよ。僕らは、

僕らの肉棒は、
彼女の子宮口に届くだけの、長さを、
そしてゆたかな孤独を、
その沈黙の中に、
持ちえているか。

ビデオの中で、
大空あすかは今日も性器を挿入され、
絶叫する。

僕らは欲情する。

 「それが全部表現だと思ってます」




   小詩集『鳥、その不在、/三月』より

2003年12月1日月曜日

LOVE SONG


世界の果てで、
空は幾何学的にヒビ割れていた。
正しく、美しく、
絡み合い走り抜ける輝きの直線たち。
断裂。
平らなディスプレイのむこう側から、
孵化 しようとする、
あんなにおおきなLOVE SONG

ひとつの誕生日が 生まれた日に、
ひとつの命日が 綴じられる日に、
結ばれた地平。この世界の果てで、
そら
そこで、いつまでも、
孵化 しようとする、
孵化 しようとしている、
あんなにまばゆいLOVE SONG
あんなに遠くのLOVE SONG

別れる日(火・被・非……
うたう ひとつかぎりの憧れ。
そして夢。
僕と君が、
あなたとあなたが、
そしてわたしとわたしが、
別れる日(火・被・非……
に、
痛みは裂け、
大いなる海からあたたかな血をまとい、
生まれてくるやわらかい赤子
の、その小さな手がつかむ世界のために、
いま それぞれの声でうたう。
あんなにおおきなLOVE SONG
あんなにまばゆいLOVE SONG
まだ、
届かないけれど、

世界の果てで、
空は幾何学的にヒビ割れていた。
正しく、美しく、
絡み合い走り抜ける輝きの直線たち。
断裂。
やがてそこから、産声が、
あるいはひとつかぎりの憧れが、
そら
へと響き、溶け込んでいく日に、
そら
そこで、いつまでも、
君とまた会いたい。




   (詩集『寄せる波、世界へ、』より)