自動ドアが開いた音がした。いつもと同じで、少し遅れてチャイムが鳴る。それを聞き届けてから、棚の商品を並べ直していた手を止めて、僕は立ち上がりながら笑顔で振り返った。 「いらっしゃいませー!」 お客さんは、半袖のシャツを着た男性だった。店内も外の通りも昼下がりで、ほんの少しだけ、光が色づいて見えている。お客さんは、僕には目もくれずにチョコレート菓子の棚に向かった。僕はまたしゃがみ込み、パック入り飲料の列を整え始める。賞味期限の早いものを前へ。空いているスペースを埋めて、中ごろで膨らんでいるパックを押して詰め、できるだけきれいに見えるように全体の形を直していく。気配を感じてまた立ち上がり振り返ると、やはり、お客さんがレジに立っていた。さっきまでずっと、おにぎりコーナーの前で立ち止まっていた方だ。シャツを着たお客さんが今はスナック菓子の方へと進んでいることを横目で確かめつつ、僕はレジへと走っていった。 「お待たせしましたー! いらっしゃいませ!」 笑顔を浮かべながら、カウンターの上の商品を手に取る。おにぎりが二個と五〇〇ミリリットルのペットボトル入りの緑茶。キーを打って値段を言いつつ、ビニール袋を取り出して広げ、商品をその中に並べていった。お客さんは、千円札を一枚だけ出した。 「千円から、で、よろしかったですか?」 うなづいたのを確かめてから、お札を磁石でレジに止めて、キーを押す。一、〇〇、〇、現金。レジの中身が飛び出してきて、そこから小銭を手のひらの上へと弾いていく。二回数え直してから「六二二円のお返しになります」笑顔でおつりを手渡した。お客さんはおつりを財布に入れると、僕が差し出した袋を片手で掴んで店を出て行った。まるで僕がいないかのように、その動作は自然で無愛想だったけれど、そんなことを気にしていたのはせいぜい半年くらいの間だけだ。僕もまた自然なスピードで棚の方へと走っていく。半袖シャツのお客さんは、まだスナック菓子の前で立ち止まり、僕が倉庫から出してきたばかりの足元の商品(パーティーサイズのポテトチップ)を手にとって眺めていた。自動ドアが開く音。少し遅れて、チャイムの音。出て行くお客さんだと知っていたので、僕は振り返らない。 コンビニでバイトを始めてから、二度目の夏だった。その年の夏はあまり気温が上がらず、不慣れな上に猛暑だった前年に比べて、仕事もずいぶん楽だった。両手でパックを並べ直しながら、顔だけは時計の方に振り向いて、仕事の段取りをおおまかにイメージする。不足していた商品の補充は終わった。棚の整理も、ほとんど終わっている。この棚を済ませてしまったら、次は雑誌やマンガの棚を直し、その後は店内の掃除や窓拭きなどをして、そうこうしているうちにまた商品が不足するからそれを補充。その後また棚の整理などをして、そうするうちに夕刊が着くだろう。 自動ドアが開いた音がした。今度は、チャイムが鳴るより前に立ち上がる。 「いらっしゃいませー!」 黒のギターケースを背負った、若い女性だった。小型のスーツケースを右手でガラガラ引っ張りながら入ってきて、僕の声に応えてこちらを向き、小さく会釈する。それから、驚いたような表情になって、もう一度。髪が黒くなっていたので誰だかわからなかった。みどりだった。どうしてなのだろう。東京の片隅のコンビニで、黒い髪をしたみどりが僕に向かって頭を下げて、笑った。 ――どうしたの? ――いや、ちょっと……。失踪、しちゃった。 歩み寄っていくわけにもいかず、かといってしゃがみ込んで棚の整理をつづけるわけにもいかない僕の元へ、みどりの方から近づいてくる。何を言ったらいいのかわからなくて、思わず口をついて出た言葉は「髪の色、変わったね」だった。 「あ、……そうだね。少し、気分を変えてみた」 そう言って笑う笑顔が、どことなくか細く弱って見える。 「こんな所で会うとは思ってなかったなあ。いや、ほんとはね、東京にいるって聞いてたからもしかしたら、って期待はしてたんだけど。でも、びっくりした」 「僕もびっくりした。っていうか、すごくびっくりしてる」 「ははは。そうだよね。……うん、そりゃそうだ」 みどりは何を思ったのか、目を伏せた。笑みを浮かべた口元が小さく引き縛られていて、それはたぶん、僕が初めて見る表情だった。 「ここにはいつまでいるの?」 「そうだなあ。わかんない。泊めてくれる友達しだい」 「あ、こっちに知り合い、いるんだ?」 「うん。まあ、いるといえばいる、って感じかな。まだ連絡とってないから、もしかしたら留守にしてるかも」 そこでまた笑う。その笑顔が、僕には何だかどうすることもできなくて、たまらなかった。 「すみませーん!」 レジの方から、男の人が叫んだ。さっき入ってきたお客さんだった。カウンターの上には(いつの間に置かれていたのだろう)この店の買い物カゴがあって、シャツを着た背中越しに、ポテトチップの袋の片端が光って見えている。袋の下にも細々とした商品が詰められているようで、プラスチックでできたカゴのすき間から、円筒形やら平らな四角やらの様々な形が雑多な方向を向いているのが伺われた。 「ごめん、ちょっと行ってくる」 僕がレジに着くと、向かい合って立つお客さんは見るからに苛立っていた。カゴの中身は一五〇円前後のスナック菓子がほとんどで、レジを打つのも袋詰めするのも、普段に比べて少し手間取った。お客さんはお釣りを受け取ると、一緒に差し出したレシートを無視して袋だけを掴み取り、ドアの方へと歩いていった。「ありがとうございました! またお越しくださいませー!」 次には、みどりが並んでいた。カウンターの上に牛乳パックとスナックパンが入ったカゴを置いて、「お願いします」と、笑う。自動ドアが開く音。少し遅れて、チャイムの音。そちらの方をふと見てみたけれど、さっきのお客さんの姿は、ガラスの向こうのどこにも見えなかった。 「もし泊まる宛てがなかったら、僕の部屋でよかったら、泊まっていってよ」 牛乳パックを手に取って(さっき僕が並べ直した商品だ)バーコードに読み取り機の赤い光を当てながら、僕は独り言のようにそう言った。 「うん、……ありがとう。その時はまた、連絡するね」 みどりの返事も、どこか独り言みたいだった。けれども笑いながら、千円札を出して、お釣りとレシートを自然に受け取った。 「ええっと……。この前教えてもらった、あのメアドでいいんだよね?」 「うん。あれから一度も変わってないし」 牛乳パックとスナックパンが入った白いレジ袋を右手から提げて、みどりは店を出て行った。みどりの後ろ姿は、その左半分がギターケースに覆われていた。小型のスーツケースがガラガラ音を立てながらついていく。自動ドアが開き、少し遅れてチャイムの音が鳴る。ガラスの向こう、店の前の通りを右へと歩いていく横顔が見えて、そして見えなくなった。パック入り飲料の棚の整理が終わると、次は雑誌やマンガの棚を直し、その後は店内の掃除や窓拭きなどをして、そうこうしているうちにまた商品が不足するからそれを補充。その後また棚の整理などをして、そうするうちに夕刊が着くだろう。 みどりからのメールは、僕がバイトを終えて店を出て(いつもと同じで、夏の夕方だった)、近くのショッピングセンターまで歩いていく途中に届いた。学生マンションで夕食を作っているとドアホンが鳴って、鍵を外しチェーンを外しドアを押し開けると、みどりが店を出た時のままの姿で立っていた。左の肩に黒のギターケースを背負い、右手からは牛乳パックとスナックパンと、他にもどこかで買ったらしい色々なものが入った、コンビニの白いレジ袋を提げている。小型のスーツケースが、左後ろでちょこんと控えていた。 「ああ、いらっしゃい」 僕が言うと、みどりが昼とは違って、少し生気の見える顔ではにかんだ。 「ごめんね。お邪魔しますよ」 その日から、僕の部屋にみどりがいるようになった。靴を脱いで上がり、狭苦しいキッチンの抜けて部屋に入ると、みどりは「ああ、疲れた」と言ってコタツ(夏なので、覆いを取り払ってあった)の向こうに腰を下ろした。 「料理、作ったんだけど」 「え? いいの?」 くつろいだ姿勢のまま、みどりはとびきりうれしそうな笑顔で応えてくれた。 「うん。ちょっと、頑張ってみた」 僕も笑ってキッチンに戻り、できかけの料理に最後の味つけをして、皿に盛った。二人分の夕食を両手に持ちながら部屋に入ると、みどりはコタツの向こうで正座していて、悪戯っぽく笑いながら頭を下げる。 「どうも。ごちそうになります」 みどりが僕の部屋にいたのは、大体二週間くらいだっただろうか。もしかしたら、もっと短かったかもしれない。いつもは自分のための料理しか作らなかったから、その夜の食事もお世辞にも上出来とは言えなかったけれど、それでもみどりはもそもそと食べ、時々は「おいしい」とかつぶやきながら食べていってくれた。そして、何一つ残さずに平らげた。みどりがいた二週間、僕は大学の研究室に顔を出したり、バイトに行ったりした。僕が部屋に帰ってくると、時々みどりはそこにいて、時々みどりはそこにいなかった。 「白い部屋だね」 料理を食べ終わってしまった僕らは、空の皿を前にして、思い思いの姿勢で腰を落ち着けている。たしかに僕の部屋は白い。壁が白くて、天井も白く、その上ポスターなどを一切貼ってなかったからだろう。白いと言うか何と言うか、何もない部屋なのだ。いつでもいなくなれるような部屋――僕はそこにいつでも帰ってきて、布団を敷いて眠り、いつでもまた、その部屋の中で起きた。さすがに、最初のうちは、みどりがいることで不思議な緊張を感じていた。部屋に帰ってきた時も、部屋の片隅で座り込んでいる時も、僕はそこにいるみどりの息づきを意識していて、ちらっと見たり、互いに笑いかけたり、言葉を交わし合ったりした。しかし、それも最初のうちだけだった。いつしか、みどりがいることが当たり前になっていた。みどりがいないことも当たり前になっていた。僕の白い部屋の窓側の壁には、みどりの黒のギターケースが立てかけられていて、みどりが石狩に帰ってしまうまで、その中身を僕が見ることはなかった。 「大学、中退したんだ」 みどりがそう僕に打ち明けたのは、東京を出る前の晩のことだった。その時僕らはショットバーで飲んでいて、みどりはひとしきり笑った後で、少し泣いて、しばらく突っ伏した後で顔を上げ、僕に言ったのだ。 「大学でいるうちにね、自分のやりたいこととかがわかってきて、それで、何だかわかんなくなってきたのさぁ……何で自分がここにいるんだろう、とか、大学から出てそれから私は何がしたいんだろう、とか……」 その時、僕がみどりに何を言ったのか(何を言ってあげられたのか)、今でもわからない。ただ、テーブルの上に置かれたみどりの手の甲に、僕は自分の手のひらを重ねていた。みどりは何も言わずにグラスとテーブルの中間あたりを眺めていて、気がつけば僕の手の下で、こん、こん、こん、と小さくテーブルを打っていた。 「ありがとう」 店から出た後は、みどりはもう泣かなかった。むしろ、ずっとにこにこと笑いつづけていて、その晩の酔いを全身で楽しんでいるようだった。僕とつないだ手を支えにして、ぐうっと身体を傾けたり、その反動で僕の方に飛び込んできたり。その度にみどりは、様々な言葉を(僕に宛てて、だろうか)大事そうにつぶやいた。そのくせふと黙り込み、まったく酔っていないかのように真っ直ぐ歩いたりもする。僕の部屋まで、僕らは明るすぎる夜の東京を歩いて帰った。「私、札幌にある音楽スクールに通うことにしたんだ。大学のサークルでもバンドはやってたんだけどね、もっと、……もっと、ね」 東京駅で振り返ったみどりの笑顔は、どこか悲しそうだった。いつもどおりの、夏の夕方だった。家路を急ぐたくさんの人々の中で、みどりの立ち姿は一人だけ浮き上がっているように見える。すき間だらけの白い森の上空を、ゆっくり横切っていく薄物のような夕暮れを、――北海道の短い夏の夕空を、――みどりの向こうに目の当たりにした気がして、そこに広がるあてどないもののことを、僕は今でも思いつづけている。 |
2006年2月25日土曜日
小説 「みどり」 (6)
2006年2月22日水曜日
オマージュの作り方
0、「オマージュ」とは何か。 この文章では、「オマージュ」というものを、一つの作品のあり方として扱います。それは、あえて定義すれば「何らかの作品に感銘を受け、そこで受けた感銘を自分の作品を通して形にしたもの」となるでしょうか。つまり、例えば僕がある映画に感動して、「ああ、こういうものを自分でも作りたいなあ」と思い、詩や小説で「こういうもの」を作ったとしたら、それがオマージュになります。イメージとしては、カバーやトリビュートなどと近いかもしれません。 1、オマージュは、元ネタを知らない人でも感動させられなければならない。 オマージュを書いた時、読者の方からよく言われるのが、「私は元になった作品を知らないので何ともいえません」ということです。たしかに、オマージュはある作品を元にして出来上がる作品です。しかし、だからと言って、元ネタを知っている人だけにしか通じないのであれば、そのオマージュは作品として失敗でしょう。なぜならば、それは例えば、夕日に感動して作った詩に対して、「私はあなたと同じ場所から同じ夕日を見たことがないから、あなたの作品を味わうことはできない」と言われているのと同じだからです。 もちろん、元ネタを知っている人には、知っていない人と違う楽しみ方ができるでしょう。「ああ、あの作品が、こういう別の作品に変わるのか」とか、「あ、このオマージュのこの部分に、あの作品のこの部分が活かされてるな」とか。たしかに、そういうのがわかれば読者はオマージュをより楽しむことができるでしょう。けれど、そういう楽しみ方は、本来副次的なものでしかないと思います。なぜならば、オマージュが伝えるべきものは、もっと別にあるからです。 2、オマージュは、何を伝えるか。 オマージュは、元になった作品のことを詳しく伝えるものではありません。また、元になった作品の素晴らしさや悪い点などについて、詳しく記述するものでもありません。元になった作品が素晴らしかったとして、その素晴らしさそのものを伝える作品、それがオマージュです。 夕日の例で言うと、その夕日の色合いや大きさや角度などについて、いかに詳細に書いても仕方がありません。なぜならば、夕日に感動した場合、そこであなたが見ているものは夕日であると同時に、夕日を超えた何かでもあるからです。その何かを「感動の中身」と仮に言っておきましょう。この「感動の中身」は、たしかに夕日と一緒にあなたのもとにやってきたものです。しかし、それと夕日とはイコールではないでしょう。その「感動の中身」は、いわば夕日を通してあなたが見たもの、夕日の形を取ってあなたのもとにやってきた何かです。この、「夕日の形を取ってあなたのもとにやってきた何か」に、別の形を与えること。別の形を通して、読者のもとに(あるいは、あなたのもとに)届けること。それが、オマージュという作品であって、逆に言うと、オマージュはこの「何か」を伝える「別の形」であるわけなのです。 3、オマージュは、元ネタと同じ形を取らなくてもいい。 オマージュが、「何か」を伝える「別の形」である以上、元になった作品と同じ形を取る必要はありません。ここを間違えてはいけません。しつこく夕日の例で喋るなら、夕日の色合いや大きさや角度などは、元になった形と言えましょう。この形をそのまま真似しても、「何か」が伝わるかどうかは疑問が残ります。なぜなら、そこで伝わるのはあくまで形であって、そこに「何か」が宿るかは別の問題であるからです。また、あなた以外の誰が、あなたと同じ場所からあなたと同じタイミングで、あなたと同じ視点で、あなたと同じ過去と未来と現在を背負って、同じ夕日を見ることができるでしょうか。 オマージュが伝えるものは、そこで見たものがその時取っていた形ではなく、そこにあった感動の中身です。その形を通して、あなたのもとにやってきた何かです。ですから、オマージュを作ると言うことは、それを通して何かに辿り着けるような、別の形を作ることになるわけです。たしかに、元の形を取ることが、その何かに辿り着くためには一番有効である、ということもあるでしょう。しかし、それ以外でも方法はいくらでもあるわけです。それに、そもそも、元の形を完全に踏襲することになるならば、それは単なるコピー&ペーストになってしまうでしょう。それでは、作品を作る意味がありません。そして、皮肉なことに、そのコピー&ペーストが、あなたが見た「感動の中身」を確かに伝えられるか、というと、そこには大きな疑問が残るわけです。 4、オマージュを作る上で、気をつけたいこと。 よく、あるミュージシャンの歌に感動したからそれを自分の詩で表現してみました、とかいう人がいます。あるいは、ある映画に感動したから、それを自分で小説化してみました、なんて人もいます。それはそれで、結構なことです。しかし、ここで気をつけなければならないことがあります。それは、ジャンルの違いです。 例えば、歌にはいくつもの要素があります。歌詞、曲、楽器や歌い手の編成、演奏や歌のあり方、歌手(演奏家)のパーソナリティーや人生(聞き手がそれを知っている場合)。非常に大雑把に言っても、これだけのものが入り混じって歌はできています。ですから、歌を詩にする場合は、それらを全部ひっくるめて、言葉一本で形にしなければならないのです。 よくここで陥りがちなミスがあって、それは、歌詞だけを真似て詩にしてしまう、というものです。しかし、先にも言ったように、歌は歌詞だけでできているわけじゃない。「このミュージシャンのこの歌詞に自分は感動したんだ」という人もいるでしょうが、しかし、その歌詞も、果たして歌としてあなたが聴かなければ、あなたは感動したでしょうか。曲や、そのミュージシャンに対するあなたのイメージなどが何もない状態で、その歌詞だけを歌詞とも知らずに読んだ場合、果たしてあなたは感動したでしょうか。また、曲を聴いた上で歌詞を読む場合、いくら歌詞だけを読んでいるつもりでも、そこには一度聴いたその曲の音や歌い方や歌手のスタンスなどなどで、どうしても方向付けが行われているのです。 ですから、歌に限らず他のジャンルに感動してそれをオマージュしてみようとする場合、どこまで自分が言葉として形にしなければならないか、それを考えなければなりません。 5、形にすること。あるいは生きること。 私はここまで、「形にする」ということを、しつこく言ってきました。ここは、オマージュを書く上で絶対に忘れてはならない部分だと、私は思います。オマージュは、ある作品の形を取ってあなたのもとにやってきた何か、それ自体としては形にはならない「感動の中身」のようなものに、別の作品と言う別の形を与えるものです。それだからこそ、例えば歌を詩にする場合なら、音楽と言う形を取っているものに言葉としての形を与えることになるわけです。単に説明するだけではいけませんし、元の形を完全に真似てみようとしても、ジャンルの違いや作者の違いなどから(さらに言えば、視点やタイミングや読者/作者の背負っている過去・未来・現在の違いなどから)、完璧に真似ることなどできるはずもありません。 オマージュは、説明でも、真似でもありません。元の作品と同じように「何か」を見せられるような、そんな別の作品を、あなたの手で作ることです。それはいわば、(抽象的な言い方になってしまいますが)元になった作品の世界を生きることです。例えば、平和の大切さや素晴らしさを説く文章が、それ自体としては非常に戦闘的で、全然平和でも何でもない、ということがあります。主張する分にはそれでもいいのかもしれませんが、しかし、少なくともその文章は、その平和さを形にできていない、その平和さの中で生きていないのではないでしょうか。本当に平和の大切さを形にできている文章、本当に平和の大切さを生きている文章は、「平和」という言葉を一度も使わなくても、それ自体として平和であり、平和の大切さを我々に感じさせてくれるでしょう。 これこそが、オマージュが目指すべき境地です。元の作品と形は違っていても、そこにある感動の中身を生きられているような、そしてその感動の中身が確かに伝わるような、そういう作品にすること。オマージュを書く我々は、それを肝に銘じるべきではないでしょうか。 6、自分の声で、届くこと。 「オマージュは、ある作品の形を取ってあなたのもとにやってきた何か、それ自体としては形にはならない「感動の中身」のようなものに、別の作品と言う別の形を与えるものです。」私は先に、そう書きました。オマージュである以上、それは元の作品とは別の物になるほかありません。ここで、先にも書いたように、ジャンルの違い、あるいは作者の違いなどが問題になってきます。 カラオケのことを考えてみてください。たとえばあなたが、あるバンドの曲に非常に感動して、自分もこの歌を歌いたい、と思ったとしましょう。しかし、そのバンドのボーカルとあなたとは、別の人です。どれだけその人とそっくりに歌ったとしても、それはあなたが感動したその曲とは別の曲になってしまっているでしょう。それは、カラオケの機能の問題ではありません。たとえあなたがそのバンドのボーカルとして、バンドのメンバーの演奏と一緒に歌ったとしても、やはりそれは別の曲になってしまうはずです。 では、どうするか。方法は二つあります。一つは、元の歌を真似することをやめて、あなたの声に合った歌い方を探すこと。そうすることで、あなたの声でありながら、あなたが元の歌から得た「感動の中身」を伝えられるような歌い方に出会うこと。そしてもう一つは、あなたの声を限界まで色々試して、その結果限界まで超えてしまって、自分のものとは思えないような別の声に出会うこと。 二つに分けて書きましたが、実は、この二つは同じことを語っています。つまり、これらは、「憧れを原動力として、あなたの声で「何か」に届くこと」の、二つの側面を語っているに過ぎないのです。あなたの声でありながら、「感動の中身」を伝えられるような詠い方に出会ったとすれば、それはすなわち、それまでは知らなかったあなたの声と出会ったということでもあるでしょう。また逆に、あなたの声を限界まで色々試して、その結果限界まで超えてしまったのならば、それは何もあなたとは別の声になってしまったと言うわけではなくて、新しいあなたの声、新しいあなたの歌い方に出会った、ということでもあるわけです。 7、オマージュの喜び オマージュの喜び、あるいは(こう言ってよければ)可能性は、上に書いた出会いにこそあります。好きなものを、ただ今の自分の位置から説明しているだけでは、あなたはどこにも届きません(表現が伝わる、という意味ではなく、あなた自身が、どこにも辿り着かない、何とも出会わない、という意味です)。元の作品の世界に生きることを通して、あなたの身体で、これまでは知らなかった何かに届くこと。これが出来た時、オマージュはあなたにとって、自分を生きていくこと――自分の道を進んでいくこと――を支えてくれる、一本の杖になってくれるでしょう。 「自分の道」。たしかに、それはあなたの道なのです。オマージュといえば、よく、人の真似ばかりしてオリジナリティーがない、と言われます。言われると思います。しかし、それは間違っているのでしょう。たしかに、他人の作品を支えにはします。しかし、それはいわば、アサガオの花に与える一本の支え木のようなものです。支え木は支え木として、一つの形を取っています。しかし、それに絡みついて伸びていくアサガオは、すなわちあなたという作品は、その支え木と同じ形を取るわけではない。あなたはあなた自身として伸び、支え木を足がかりにしながら、これまで自分の知らなかった世界へ、緊張と軋みとを孕みながら自分を踏み出していくのです。そして、支え木とはまた別の場所で(支え木の場所には支え木があるので、そこにアサガオが完全にはまり込んでしまうことは、幸か不幸か不可能です)、別の中空で、あなたはあなたとして自分の花を咲かせるのです。 ただ真似ているだけでは、その道は進んではいけません。真似るのではなく、盗むこと。肉を自分の身体に移植してしまうのではなく、それを消化して、自分の身体の一部にしてしまうこと。それを通して成長すること。いままで、誰でもやってきたことだと思います。 8、見つめ直す努力。そして、技術のこと。 ただし、ここでも気をつけなければならないことがあります。それは、ただ自分が今いる場所でいくら他の作品を取り込んでいたって、それは自分を先には進めてくれない、ということです。オマージュを書くためには、それなりの努力が必要になります。自分を見つめ直す努力。自分が盗もうとする相手のことを見つめ直す努力。そして何より、相手(相手のジャンル)とあなた(あなたのジャンル)との違いを厳しく意識すること。 あなたが詩人ならば、詩をよく読みましょうとか、詩の技術を学びましょう、とか、そういう意見はよく聞くでしょう。たしかに、それらの勉強は必要です。ただし、やみくもに勉強していたって、仕方がありません。本当に技術が必要になるのは、上に書いたような文脈においてです。つまり、自分とは違うジャンルや、今の自分ではどうすることもできないくらいに違う相手のことを、自分の作品において形にする時にこそ、自分のジャンルにおいてこれまで他の人々が培ってきた色々な技術が役に立つのです。 探してみれば、色々見つかるものです。自分の例で申し訳ないのですが、私には非常に尊敬する映像作家として、AV監督の藪光という人がいます。その人が『愛撫で○○○○○!』(主演伊東怜 なお、タイトルのアレな部分は一応伏字にしておきました)という作品で形にした世界に対して、私はずっと憧れを抱いていました。けれど、それをどうしても自分の詩では表現できなかった。形にできなかった。けれど、ロブ=グリエの小説『迷路の中で』を読んだ時に、「これだ!」と思ったわけです。実際は、ロブ=グリエらが切り拓いた現代文学の領域が、現代映画の領域と影響し合い、それが藪光につながっていったのだとは思いますが、とにかく、ロブ=グリエを読んで、その技術を盗むことで(真似たわけではありません。真似たわけではないと思います)、私はようやく、『愛撫で○○○○○!』の世界を書くことができるようになったのです。 こういうことは、よくあります。ダーレン・アロノフスキーの『π』という映画を見て影響を受け、さらには入沢康夫の詩を読んで影響を受けた私が、それを小説にしようとした時に非常に助けてもらったのが、古井由吉の短編小説です。 また、別のジャンル(別の人)から影響を受けることが、自分のジャンル(あなた自身)についての新しい見方を与えてくれる、ということもあります。これも藪光になるのですが、『妖鬼性伝説』(主演岡崎美女)で彼が使った手法や(私は仮に、それをフレームブレイキングと呼んでいますが)、そこで見えた何かについて憧れを抱くことで、私には小説が、これまでとはまったく違った見え方をしてきたのです。そして、そこで見えてきたものが、小説の(自分にとっての)新たな魅力となり、また、自分に新しい声を与えてくれることにもなったのです。 こうなってくると、別のジャンルだけでなく自分のジャンルもまた色々な出会いの宝庫になってきます。そしてその出会いが、自分をさらに進ませていってくれるのです。詩を書く人にとっての詩の勉強、小説を書く人にとっての小説の勉強が大事なのは、こういう点においてでしょう。ただ、勉強をすればいい詩が書ける、というものでもないのです(たぶん)。 9、若い詩人たちへ、若い小説書きたちへ。 ここまで私は、「オマージュの作り方」として、この文章を書いてきました。しかし、ここまで読んで下さったみなさんには分かると思いますが、ここで書いたことは、何もオマージュに限ったことではありません。夕日の例を出して時点で、気づかれた方もいるでしょう。私はここで、もっと一般的に、詩や小説を書く上で私が大事だと考えていることを書いてきたのでした。 若い詩人たちへ、若い小説書きたちへ。あなた方がどのような来歴や希望を持って、あなたのジャンルで書いているか、私は知りません。ただ、そんな私が一つだけ言っておきたいことがあって、それは、何か本気で好きなものを持ってください、ということです。そして、それについて、文字通り総力を尽くして挑んでください、ということです。 自分とは違うジャンルで大好きな相手が見つかるならば、それが一番分かりやすいでしょう。しかし、もちろん、自分のジャンル内でそれが見つかっても大いに結構です。ただし、その時に、その相手が自分とは違う人なのだ、ということを忘れてはいけません。なぜならば、自分にとって好きで好きでたまらない詩人がいるとして、その人のことをただ詩の世界の中で考えているだけでは、あなたの詩はどんどん詩の世界に閉じこもり、自家中毒に陥っていってしまうからです。好きな詩人がいるならばなおのこと、自分の気に入る音楽なり映画なり、哲学なり宗教なり、絵画なりファッションなり、ダンスなり武道なり、そのようなものを迂回して、自分の表現の可能性を色々探しながら、詩の面白さを再発見していって、それを通して、自分とは違うその詩人が形にした「何か」に自分の形で挑んでいくことが、肝要なのでしょう。 以上、長々と書きすぎました。願わくば、この文章がみなさんの中で消化され、みなさんの中で見えない栄養素となって血管をかけめぐり、そこで脈打ちつづけますことを。ほんの少しでも、何かいい影響(響き)を与えられたなら、そしてその反響(響き)を見せていただけたなら、私はこの上なく幸せです。 |
2006年2月15日水曜日
小説 「みどり」 (5)
海岸にいる。海を見ている。空は鈍色で、小さな粉雪を狂ったように舞い躍らせている。振り返ると、雪に埋もれたなだらかな丘が見え、雪かきもされていないその丘には、たった一つの足跡もない。丘の斜面に棒杭が何本か並んで立っていて、雪の下から、蓬の穂が顔を覗かせているのがかすかに見える。丘の上の方に、民家が一軒だけ見えている。丘の向こうには、きっと人が住んでいるのだ。電信柱が等間隔に何本も立っていて、そこから繋がっている電線が横様に空を切り分けている。しかし、空は圧倒的に大きく、重い。 丘を降りてきた所には、何のためにあるのかわからない、骨組みだけの粗末な観測台がぽつんと建っていて、もちろんそこには誰も乗っていない。観測台は一つだけではなく、海と平行に点々と建っていて、それを追って視線を横に移動させると、視界の彼方で雪をかぶった巨大な山脈が、凍った高波のように鎮座している。かすかにのぞく砂浜の砂は、溶けた雪に濡れて黒々と硬く、その上で打ち寄せた波のいくつかが凍りついている。積もった粉雪が、風に吹かれて海の方へとささあっと駆け出していく。そしてそのまま暗く重たい海の中に消えてしまう。 どこへ行きたかったのか。沈んだ海の向こうに宛先はない。丘を覆う雪は切れ目なくつながり、どこまでもつづいていて、民家は影絵みたいに黒い。一つだけ、置き忘れられた石。ぽつり、ぽつりと散らばったまま、消されもしないで耐えつづけているスポット。そのドアを叩くことはおろか、ここから丘を越えて戻ることさえできない。できるはずもない。それは誰かの感慨などではなく、今、目の前に明白な景色として、見えている。 どこへ行きたかったのか。どこへ帰りたくなかったのか。それらの問いも真っ白に砕け、砕けたままで甲斐なく集まって、濡れた砂浜で埋もれている。一つ一つの破片の中には、鋭い角を見せているものもあるけれど、その角が散らすことのできる光が、ここにはない。尖端は自らの白さだけを抱いて、むしろ丸くなっているようにも見える。ただそこにあるばかりで、どこに届くこともない。 「失踪」という言葉を思い出す。その言葉でさえすぐに見えなくなる。ここにいることはここにいることでしかないのだ。三六〇度どこを向こうとも、由来も目的も見出すことはできない。できるはずもない。雪はずっと前から止んでいる。それでも雲は垂れ込めたまま、彼方に見える山々の輪郭を、白く抉り出された複雑な山肌の脈絡を、閉じ込めながら際立たせている。風がまた吹いて、粉雪がささあっと砂の上を駆け出していく。そしてそのまま海の中に消えてしまう。重々しい波音。また波音。 暖をとるための一本のマッチ。誰かと語り合うための温もりある言葉。火を囲う輪の中から生まれ、そこに集う人々を包み込んでいく音楽。それらは皆、丘のむこうの小さな民家の中にだけ、あるのだろう。ここには誰もいない。「あなた」も、「僕」さえも。誰から逃げ出すこともできず、誰へと帰ることもできない。できるはずもない。つららの垂れ下がる、要塞のような遠くの小学校から、子どもたちの嬌声が海鳴りのように聞こえつづけている。 |
2006年2月12日日曜日
小説 「みどり」 (4)
まず最初に断っておきたいのですが、私はここでは、私と彼のことについて何一つごまかさずに書くつもりでいます。しかし、私の記憶違いから、結果として正しくないことを書いてしまうことはあるかもしれません。そのことについては、どうかご容赦とご理解を。私としてはできる限り正直に書いていきたいですし、嘘をつくのは嫌ですので、そこの所は変な詮索はせずに、信頼して読んでいただけたら幸いです。 私が彼と出会ったのは、私が小学校六年生の時でした。当時、私の兄は高校に入学したばかりで、そこでできた友人として、彼を家に連れて来たのです。小六だった私にとって、兄やその同年代の男子は大人びて見え、脂ぎった顔や体つきがどこかおじさん臭くも感じられ、その癖変な所で子どもみたいに大騒ぎしたりもするため、何となく苦手で、正直言って少し軽蔑していた部分もあったのだと思います。しかし、兄について二階に上がってきた彼を見た時は、そんなことは感じませんでした。彼の目には、迷いと言うかためらいと言うか、いや、そんな暗いものではなくて、もっと無色の色合いがあり、それが特に印象的だったのを覚えています。 「あ、どうも。お邪魔します」 そう言って、彼は頭を下げました。その仕草も風と言うか、雲みたいでした。そして、彼は兄の部屋に入っていきました。ドアは閉められ、その後部屋でどんなことがあったのか、私は知りません。時々、部活でのことやクラスのことなど、脈絡もない話題を得意げに語る兄の声が聞こえてきました。しかし、彼の言葉はぼそぼそと伝わってくるばかりで、何を言っているのかはわかりませんでしたし、そこに時折混じる彼の笑い声は、それにも増してよくわからない感じでした。 彼とはその時、もう一度会いました。私が一階のダイニングキッチンで冷蔵庫を開いてみていると、兄と彼とが二階から降りてきたのです。兄の後ろから、彼は「お邪魔しました」と言いました。笑っている彼の顔は、その立ち姿まで含めて影みたいでしたが、その体格が兄よりもずっとしっかりして見えることに、私は初めて気がつきました。兄と彼とはその足で、家を出て行きました。しばらくして、兄だけが家に入って来ました。その日はそれだけで終わりでしたが、それからも何回か、彼が家に来ていたことはあったのだと思います。 しかし、去年の冬にまた家まで来た時、彼はこれらのことを否定しました。彼によると、兄と彼とは大学に入ってから知り合ったのだそうです。高校生の頃、彼はふるさとである三重県から出ることさえあまりなかったそうで、それが本当だとすると、同じく北海道から出ることがなかった兄とは出会うはずもありません。もちろん、家に来て私と出会うこともなかったのでしょう。 しかし、それでは、私の記憶はどうなるのでしょうか。私はずっと、彼の話に納得がいきませんでした。今では、私には私の記憶があり、彼には彼の記憶がある、ということで一応気持ちを落ち着けています。それ以上の答えを求めた所で、きっと解決できない問題でしょうし、私には私の今が、彼にも彼の今があるのですから。遠く隔たっていながら、隔たったままで時に重なり合う。私と彼との関係はそのようなものですし、今の私にはむしろ、そんな私たちのあり方の方が大切に思えます。この距離を忘れさえしなければ、日々を懸命に過ごす中で、自然と、答えは見出されていくのでしょう。 彼が再び――私にとっての再びですが、――石狩の家に来たのは、三年前、兄が地元の工場に就職してから初めての冬のことです。私はその時、大学一回生でした。兄と私とは、私が高校二年生になった辺りから次第に仲が悪くなってきていて、兄がたまに石狩に帰って来ても私は話をするのを避けるようになりました。それは兄の就職によって一層ひどくなり、この日も兄は帰ってくるなり私に文句を言っていました。部屋の入り口で兄は顔を強張らせて突っ立っていて、その肩の向こうに彼が見えたのです。昔と変わらない目の色合いに、私は何か、すごく助けられた気がしました。 彼とはその時も、もう一度会いました。私がトイレかどこかに行こうと部屋を出ると、ちょうど兄と彼とも部屋を出たところで、短い廊下を挟んで私たちは鉢合わせしました。私が引き返すわけにもいかず立ち止まっていると、兄は「どうしようもないな」という顔をして、初めて、彼を私に紹介してくれたのです。彼の名前、彼が大学時代の友人であること、そして彼が今年、東京の大学に三年次編入して、そこで西洋思想史を勉強している、ということ。自信満々の兄の紹介に、彼はどこか居心地の悪そうな笑みを浮かべて、立っていました。それが終わると私も彼も「よろしく」と言って頭を下げ、「また、来るかもしれません」と彼は後から付け加えました。その「また」という言葉が、漠然としながらも動かしがたい確かさを持っていたのを、私は今でも覚えています。ただ私がそう感じただけかもしれませんが、この予感は漠然としたまま、翌年の冬に現実になりました。 彼が一人で来た時、兄は留守でした。平日でしたから、当然のことです。最初は気がつきませんでしたが、私はすぐに彼だとわかって、家に招き入れました。どこをどう歩いて来たのか、彼はとても寒そうで、上着の至るところに雪が積もっていました。 我が家のダイニングキッチンで、彼は私の淹れたコーヒーを美味しそうに飲み干します。私たちはゆっくりとお互いのことを話して、私は彼の専門にしているフランスの科学史家についてほんの少しだけ知りました。次は、私の番でした。兄も母もまだ帰ってきそうになくて、私は彼を部屋に連れて行きました。知らない男を部屋に入れることに、何の抵抗もなかったと言うと嘘になります。しかし彼は、私にとっては昔から知っている人でしたし、何より、話をしていてもどこにも下心を感じなかったので、――というか、自分を善く見せようと言う姿勢さえ彼にはなかったので、――私はただ、自分のことを伝えられるという思いでうきうきしながら、家の階段を上がっていきました。 私の部屋で、彼は私の好きな音楽をいくつもいくつも聴くことになりました。コメントなどはほとんどなかったのですが、時々ふと真剣になったり、じんわりと上気してきたりする横顔が、彼がどれほど耳を澄ましてくれているか、私に何より感じさせてくれました。彼はまた、私がベッドの脇にいつも置いているギターに興味を持ったようでした。 「これ、よく弾いてるんですか?」 彼は訊きましたが、私は笑顔で応えただけで、ギターのことはそこまでにしておきました。まだ、ちゃんとした音を鳴らせる気がしなかったからです。彼といる自分の部屋というのは、それまでに経験したハコの中で一番難しく、大切な空間でした。そこにいる彼や私にかなうような音を鳴らすには、まだ時間と私の手とが熟する必要がある。たぶん、そう感じたのだと思います。 彼はその後も、冬が来る度に家まで来てくれました。去年も来てくれたことはさっき書きましたし、今年も、来てくれるのでしょう。メールによると、彼は院に行かずに他の学部を見て回った後、今は修士一回生としてアメリカ文学の研究をしているそうです。フランスの科学史家についての研究もつづけていて、いずれその二つが結びつくのではないか、と思っているそうですが、どうなるかは彼にもわかっていない、とのことです。大学を中退してここに入ったことは、彼にも伝えました。と言うか、去年の夏、私が気持ちを固めた時点で既に彼には言ってあります。札幌でのライブのことも、先日電話して知らせておきました。絶対、聴きに来てくれるのだそうです。その時私に、どんな音が鳴らせるか。あのハコにどんな光景が広がるか。今から楽しみです。 私と彼とのことについては、以上です。一応、実際に起こった順番に沿って書きました。しかし、――もちろん、言わなくてもわかってくれているとは思いますが、――こんな順番とは関係なく、私の目の前に広がっては消えていくいくつもの景色があります。いくつもの彼がいて、いくつもの私がいて、それらは空気みたいに入り混じり合いながら、今の私とともにここに佇んでいます。それを例えば、思い出と言ってしまってもいいのかもしれませんが、私にとっては、それもまた私たちの現在です。この現在を言葉にすることは、私にはできそうにありません。ただ、まだよくわかってもいないこの広がりを、私の全身で鳴らすことができるなら。そう思うばかりです。 冒頭にも書いたように、私はここでは、私と彼とのことについて何一つごまかさずに書いてきたつもりです。しかし、私の記憶違いはあったかも知れませんし、そのことについては、ご理解とご容赦をいただけると幸いです。 最後に一つだけ言えることは、私と彼との関係は、決して皆様にご迷惑をかけるようなものではない、ということです。それでは。長くなりましたが、この辺で。失礼いたします。 美渡里 (中島 みどり) |
2006年2月10日金曜日
小説 「みどり」 (3)
家が一つの楽器のようだった。目の前には黒い引き戸が閉められてあり、その右手にある呼び鈴は既にさっき押した。家の外壁はグレーだった。玄関先は(誰の手によってだろうか)きれいに雪がはねられていた。それでも残り、扉の足元で散らばっている雪が、厚い雲を通ってきた光で白く内側から光っている(ように見える)。音楽は鳴っていなくて、こっくりした臙脂色の屋根を乗せた家が一軒、しずかに、建っていた。 引き戸は開いている。金髪頭の小さな顔がこちらを覗き込んでいる。 「ええっと、……何か、ご用でしょうか」 僕は戸惑いながら、悠一さんに会いに来た、ということを告げた。 「ああ、申し訳ございませんが、今、兄は留守にしています。……って、あれ?」 突然扉は大きく開き、小柄な身体が全身(乱雑に切り散らかされた頭のてっぺんからスニーカーを履いた丸く平らな足の先まで)僕のすぐ前にいる。故知らぬ客に驚いていたような顔は、やっぱり驚いたような表情のままで、僕の目を真っ直ぐに見つめている。 「もしかして、この間、――って言ってもずいぶん前の、……去年? 去年あたりに来てくれた人じゃないですか?」 「はい。そうです。去年お邪魔した、悠一さんの大学時代の友人です。水橋孝司と言います」 「そうそう! 水橋さんですよね。思い出しました。あー。ごめんなさいね。兄はいないんですけど、どうぞどうぞ、上がって下さい」 みどりについて入った引き戸と引き戸の間の空間は、去年来た時のままだった。ただ、まだ昼を少し周ったばかりだったので、去年よりはずっと明るく見えている。明るくて、その分薄暗い。ガラス戸の向こうから、やはりどんな音楽も聞こえてこない。僕は肩やら腕やらの雪を手で払い落とすけれど、ズボンの裾だけは凍てついてしまっていて、薄く張った氷はどれだけはたいても毀れ落ちてくれなかった。 みどりがガラス戸を開けて家の中に入っていく。僕もつづいて入った。暖房は少し、抑え気味のように感じた。靴を脱いで廊下を渡る。黒のタートルネック・セーターを着たみどりの背中は小さくて細いけれど、筋肉がついてすらっと伸びていた。その背中の向こう、長くもない廊下の突き当たりにトイレを区切っているらしい木の扉が見えて、その手前で、見慣れたスリッパが前向きに揃えて置かれてあった。こげ茶色のファーがもこもこしたスリッパは、まだ自分の家(と、呼ぶべきだろうか。僕の中学校入学の少し前、父が祖父母の援助を受けて購入した、いやにがらんとした建て売り住宅)でうろうろしていた頃、冬になると僕がいつも履いていたものだ。 「へえ。そうだったの」 テーブルの上にコーヒーを二つ置きながら、みどりは歩いて、僕の向かいの椅子に座る。 「じゃあ、やっぱり私の思い違い……なのかなあ? ほんとにさ、来てなかった? 見たことある気がずっとするんだけど」 「うん。来てなかったはずだよ。来てなかった。大体、悠一さんが高校の頃って、僕も高校生だったわけで、その頃僕は三重県にいたんだから。むしろ、三重県から出ることさえ少なかったくらい」 「そうかあ。おかしいなあ」 釈然としない表情を浮かべて、みどりは自分が淹れたコーヒーをすすり込んだ。やっば、ちょっと苦いかも。思わず顔をしかめたのを見て、僕はちょっと笑ってしまった。 「じゃあ、孝司くんと兄さんとは、大学で初めて会ったんだね」 「そうそう。学部の入学式のもうちょっと前、健康診断の時に話したのが最初」 「どんな印象だった?」 テーブルの向こうから身を乗り出して、みどりは深い瞳で覗き込む。すっきりした頬は今は穏やかなほほ笑みを浮かべていて、僕はその時、どんな姿勢でみどりの顔を見つめ返したらいいかわからず、どぎまぎしてしまった。 「んー。何と言うか、色々考えてるなあ、と。自分の信念を強く持っている感じで、話せば話すほど熱くなってくるし、あんまり反対すると無口になるし」 「ああー、わかるわかる。がんこものなんだよね、要するに」 みどりが笑う。僕もつられて笑いながら、うん、たぶんそんな感じ、と相槌を打った。 「変わってないなあ。……そういう所、私と似ているでしょ?」 みどりはまだ笑っていて、僕はその笑顔にどう応えたらいいのかやはりわからない。曖昧な笑みを返しただけで、手元に置かれたコーヒーに口をつけた。みどりが顔をしかめたほどには、苦くなかった。あたたかくて美味しい。それを伝えると、みどりの目が一段と黒く細くなった。 中島はまだ帰って来そうになかった。壁にかけられた時計は、もう三時に届きそうだった。真っ直ぐ下に落ちているカーテンは白く、その向こうにはきっと、一面の雪景色が広がっているのだろう。その上空を渡っていく風の、音の高い沈黙が見える気がした。青紫色をしたきれぎれの雲が、立ち止まることを知らないように横に吹き流されていく。 ペチカが焚かれたダイニングキッチンで、気がつくと僕もみどりも、それぞれ二階の方を見遣っていた。そこにはみどりの部屋があるのだ。そう思い出して、僕は急に恥ずかしくなってしまう。何だか気まずくなってちらっと見ると、みどりは「ん?」と言わんばかりに小首を傾げてみせた。普段はすっと締まっている口元が、少し緩んで震えていた。家が一つの楽器のようだった。 家が一つの楽器のようだった。中島と僕は階段を昇り終えて、左右に走る廊下を左に進んだ。音楽は僕のすぐ前にあり、やはり壁みたいだった。圧倒的な厚みのただ中で、不思議な平温が沁みこんで来る。熱くもなく冷たくもないそれは、幸せとも呼べないようなしずかな何かだった。海の底みたいに身体の芯まで満たされて(あるいは浸されて)、僕は暗い二階を歩いていく(この時、中島は何を考えていたんだろう)。 「ん、ちょっと待って。やっぱり一言言ってくる」 ドアノブに手をかけようとした中島が思い出したようにそう言って、廊下を後ろに引き返していった。二階の廊下も長くなくて、階段と直角に交わっている部分の少し先には別の部屋があるようだった。部屋の入り口は開いていたけれど、その手前で廊下が曲がっているために(つまり、部屋は真っ直ぐな廊下の突き当たりなんかではなく、突き当たりで左に折れている廊下のさらに右側にあったのだが)、中の様子は詳しくは分からない。ただ、ピンクと言うよりは淡い橙色と言った方がいいような色をした、あったかそうなベッドが一部分見えていた。部屋の壁紙は真っ白に近いねずみ色で、床は廊下と同じフローリングになっている。スリッパを履いた足がそこへ下りている。ベッドの上に、誰か腰かけているのだろうか。 「おい、みどり!」 背中の右半分しか見えなくなった中島が、抑えた声でその誰かに声をかけた。 「おぅ前、だから、曲を聴く時はドアを閉めろって――」 「ごめん。つい癖で」 中島の言葉を遮るように、そっけない口調で誰かが答えた。垂れ下がっていた脛に力が入り、立ち上がった小さな身体が開いたままの空間に現れて、みどりだった。つまらなさそうな表情で、みどりは内開きのドアにすぐ手をかける。それから僕の方を見て、笑った。まるで、ずっと前から僕らのことを知っていたかのような、落ち着いた笑顔だった。 そしてドアが閉まった。 |
2006年2月6日月曜日
【批評ギルド】 「はじめての王国」 いとう
ついに、いとうさんの詩に批評を書く日が来てしまった。と書くと、なんか、いとうさんがどう考えたって私より目上なので、それで遠慮しているように思われるかもしれない。しかし、そういう遠慮は実の所、あまりない。それよりもむしろ、自分がちゃんと批評が書けるのかが怖いのだ。他の読者はどう思うかわからないが、私にとってはいとうさんは、自分と多くにおいて重なる部分を持つ詩を書いてくれる詩人である。 「名づけ」の手前で耐えようとする態度、そこに生まれる、まだ名づけられていない「もの」への畏敬にも似たまなざし。名づけを耐えることはさらに、この世のさまざまなものに執着しない旅人の(亡霊の?)視点をも呼び込み、そこに見える景色は不思議な透明さと見えないはずの影まで含み込む広さとを持っていて、特徴的な用語法を生み出しつつその用語をツールとして、存在しないことによって有りつづけるもの(そして、それによって存在せしめられている我々)を掬いとって行く。(そしてもちろん、これがすべてではないのだ、全然) 自分と似た世界を書く人の詩について、果たして批評などが出来るだろうか。それは、自分の生きている世界、自分が生きている身体から身を削いで振りもぎっていくような作業になるのだ。それができなければ、この批評はただのメタメタな自分語りで終わってしまうだろう。いや、さすがに今の私なら、そこまで素人くさいことにはならないかもしれない。しかし、非常に表面的でうまくまとめただけの批評になる危険性は、否定しない。それは、読んだ人が一人一人で判断してくれたらいい。 いとう 「はじめての王国」 http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=59515 まず、この批評では、これまでの私のやり方とは逆に、気になる所を先に挙げていくことにしよう。なぜなら、この詩において、私は現れる世界に面白みを感じる一方で、小説書きとしてどうしても端々の言葉が気になってしまい、気になってしまう部分が邪魔をした結果、現れる世界のことを深く考える所までいきつかなかったからだ。まず、その気になってしまう部分について決着をつけておかない限りは、そこから先については考える気もしない、というのが正直な所だ。 1、気になってしまう部分 A:「空がまだ青かった頃」 「はじめての王国」と名づけられたこの詩は、六連から成っている。第一連から第五連まで、それぞれの連の冒頭には空とはじめての王国との関係性が描かれていて、それが一種の背景の役目を担っている。抜き出してみよう。 >空がまだ青かった頃 >東の空から鳥たちがやってきて >滑りのある雨が降って >空が赤く生い茂ると >新月は逃げ出そうとして 第一連は晴天の様子、第二連は東の空からやってくる、というイメージから午後から夕方あたりにかけてのものだと思われる(太陽は東から西へ沈み、それゆえ私は、時間も東から西へと訪れていくものだと感じている)。第三連は雨、第四連は夕方、第五連は夜。 こう読むと非常にすっきりした構成になっているように思えるのだが、しかし、事態はそう単純ではない。第一連で書かれた「空がまだ青かった頃」という一行、これが事態を複雑にしている。「空がまだ青かった頃」という規定がどこまで及ぶのかが、不明確になっているからだ。 この一行が詩全体を覆うものである、という読み取り方も可能であろう。この詩は「空がまだ青かった頃」に「気づかれずに」「残り続けて」いた「はじめての王国」について述べたものだ、と。そうなってくると、空が青くなくなる時もあるわけで、上のように読んだ場合、その空が青くなくなる時期のことはこの詩には書かれてないことになるのだが、書かれていないことによりより一層、空が青くなくなった世界の空恐ろしさが黙示録的に伝わってくる。また、この読みの場合、「まだ青かった頃」という、失ったものへの回顧めいたスタンスが、「はじめての」という部分とも響き合って、印象深くなる。 しかし、こう読むにしては、第四連がでしゃばりすぎてはいないだろうか。「空が赤く生い茂ると」と言う部分は、青い空が失われてそこに何か凄惨なものが生え荒んでいる印象を受ける。その生え荒ぶ感触は、どうしても「まだ青かった頃」という言葉の透明さを打ち消してしまうし、一般的に考えても「~すると」という已然形の言葉は、「まだ~だった頃」という未然を引き受け解消してしまうのではないだろうか。 では、「空がまだ青かった頃」という冒頭は、あくまで第一連に限られた状況なのだろうか。もちろん、そういう読みも可能なのだ。第一連が昼における「はじめての王国」を表し、あとはそれと並列に、さまざまな時間帯や天候における「はじめての王国」が描かれている、という読み方。これもまた、自然な読みであろう。 しかし、こう読むにしては、第一連が強すぎる。 >空がまだ青かった頃 >王国は細く >鉄塔がその役目を終えてなお >行くあてなく錆びていくように この第一連の文章が、第二連の内容に直接的に関わってくることは明白だろう。王国が細いから鳥たちはそれを見つけられないわけだし、そもそも「羽を休める場所」という言葉自体、「鉄塔」という比喩の影響をもろに受けている部分である。 こうなってくると、第一連の内容がそのまま第二連までつながっているような気がしてしまう。連と連とは並列にはならず、第一連の強い影響下にあって、それは第三連以降を読んでみても同様だろう。第三連以降も、第一連で出てきた「鉄塔」のイメージを下地にした部分であって、結局上に引いた第一連を変奏しているパートに過ぎない。それ自体は別にかまわないのだが、ただそうなってしまうと、「空がまだ青かった頃」という一行の範囲はやっぱり詩全体になってしまう。この一行が詩全体にかかるとした際の問題点は、先に挙げたとおりだ。 B:第六連 Aで書いたような、一行目の及ぶ範囲の不明確さ。これはそのまま、この詩のスタンスの不明確さとなってくる。この詩は、「空がまだ青かった頃」の「はじめての王国」について書きたいのか。それとも、様々な空の下で残り続ける「はじめての王国」について書きたいのか。この不明確さの影響をモロに受けてしまうのが、第六連だ。 第六連は、時間としては夜明け前が描かれた部分であろう。しかし、他の連と違って、この連はもっと普遍的な立場からものを言おうとしているように見える。 >こぼれ落ちる雫は >受け止められるものよりも >むしろ穿ち >浸食し >削り倒す >玉座は死に >消えるものさえ消え失せ >明転する空の影に >怯えながら >朽ちていくように >残り続けて >生き続けて 内容としては、これまでの展開をまとめた部分、もっと言えば、まとめただけの部分のように感じる。これまでの連で多かれ少なかれあった具体的な事物(鉄塔、鳥、針金、羽虫)は「こぼれ落ちる雫」といういまいちイメージ喚起力のない言葉に座を譲り、連発される動詞が、そのピンとこない感じに拍車をかける。話者は、ここで何かを言おうとしている。そして、それがこの詩のテーマであろう、ということはわかる。わかるのだが、見えてこない。まあ、それはともかく、ここで話者が他の連とは様相を変えて、何か核になることを言おうとしている以上、この連を他の連と同じように読むことはできない。 この詩は、「空がまだ青かった頃」の「はじめての王国」について書きたいのか。それとも、様々な空の下で残り続ける「はじめての王国」について書きたいのか。前者の場合、第六連はこれまでの展開を受けた上で、「空がまだ青かった頃」のまとめに入った部分だといえよう。しかし、それにしては、発展がない。第一連で言われたこととは大して違いがなく、むしろそれを説明しようと躍起になっているだけのように感じる。それならば、これまでの連の役割はなんだったのか。「はじめての王国」を様々な角度から見て検証してきたのだろうか。検証した結果、何も変わらない、何も変わらないまま王国は削られていく、ということがわかったのだろうか。 たしかに、このような読みは魅力的だ。しかし、こう読む際に問題になるのが、「空がまだ青かった頃」という一行を阻害するように見える様々な部分なのだ。先にも書いたように、この一行が詩全体を覆っているように読むには無理がある。また、「明転する空」という言葉が「空がまだ青かった頃」を受ける(「青かった頃」から、明転していく)のならまだしも、「新月」などを受けてしまう(夜が朝になる)ようにも見えて、そうなるとやはり「空がまだ青かった頃」についての詩として読むのは困難になる。なぜならば、その場合そこには青い空→夕空→夜→夜明けという流れができてしまうからだ。さらには、上では勢い余って書いてしまったけど、「様々な角度から見て検証してきた」という読みが可能になるのは、前者ではなくて後者、すなわち「様々な空の下で残り続ける「はじめての王国」」という読み方の方ではなかったか。 しかし、この後者の読みもまた、困難なのだ。第一連と他の連との連続性の強さがその困難の原因であることは、先にも書いた。もちろん、その連続性は「様々な空」ではなくむしろ「残り続ける」の方にかかるのだ、という読みも可能だろう。しかし、第六連の語調の強さがそのような読みを阻害する。「検証した結果、何も変わらない、何も変わらないまま王国は削られていく」ということならば、これほど説明的な強い口調は必要ないのではないだろうか。 この強い口調から印象付けられるのは、「何も変わらない」ということではなく、それを強く言おうとしている話者であって、そうなってくると、様々な空が本当に様々な空であったのか、疑問になってしまう。無論、ここが様々な空でなかったのならば、「様々な空の下で残り続ける「はじめての王国」」という読みはきれいごとになってしまうだろう。本当に検証は行われたのか。第一連で書いたことをそれなりに説明するために小手先だけの展開が行われたのではないか。もっと端的に言うと、「何も変わらない」のではなくて話者が「何も変えていない(何も変わらないように書いている)」のではないか。そう、思えるのだ。 ところで、私は知っているのだ。この二つのスタンスを行ったり来たりしながら読むのが、この詩を一番楽しむ読み方だ、と。すなわち、「空がまだ青かった頃」という一行は詩全体にかかり(ここまでは前者)、その空の青さは(とりあえず、今の所は)不変のものとしてありがながら、天候や時間帯によって姿を変える(ここは後者)。その姿を変える空の中で、「はじめての王国」は気づかれずに残り続け、削られ続け、やせ細りながら生き続けている。また、それは目に見えないことであまねく影響力を及ぼし、そのまったく積極的でない影響力が、我々を錯覚やゆるしとして支配しつづける(この二文も後者)。彼がおびえる「明転する空」とは、それゆえただの夜明けではなく、空の青さ自体を暴くような明転であって(はい、さりげなく前者に戻ってますよ、気づきました?)、そこにおいて「はじめての王国」はその切ない生存者と胸をムカつかせる支配者という両義的なあり方から抜け出、白日のもとに晒されて救われる=ぶち殺されるのだろう。 しかし、このように読むのは、いわば離れ業、もっと言って曲解なのかもしれない。「空がまだ青かった頃」という言葉の二重性がそれを可能にするのだ、という考え方もできるかもしれないが、残念ながらもはや詩から離れた私には、詩のためにそこまでしよう、してあげたい、という気分にはなれそうにもない。まあ、そう言いながら2以降ではそう読んでいこうと思うのですが。 C:「消えるものさえ消え失せ」 文学的過ぎる。 2、視覚化する言葉、削られながらあり続けていく音 この詩の言葉は、非常に視覚的である。しかし、それは単に映像にしやすい、ということは意味しない。むしろ、この詩は映像にしにくいたぐいの詩であろう。私が言いたいのは、この詩の言葉が具体物の形をとって私たちにある感触を確かに届ける、と言うことだ。 愛やら何やらについて詩を書く人がいる。しかし、往々にしてそれは、概念を右から左に移すだけの作業になってしまいがちだ。概念の中ではうまく書ききった気がしなくて、それをどうにかしようとやたらと難しげな言葉を使い、その難しげな言葉の無骨な手応えを“書いたという実感”とあえて取り違えることで、何かを語ったつもりになる人もいるだろう。しかし、この詩の言葉はそのようなものではない。 >空がまだ青かった頃 >王国は細く >鉄塔がその役目を終えてなお >行くあてなく錆びていくように 空の青さは「まだ青かった頃」という言葉によって過去の情景に移しかえられ、「失われてしまったもの」、もっと言って「今は見えないもの」の映像として、そこで透明化する。その透明さは「はじめての王国」というタイトルとも響き合い、透明でありながら一つの残響として確かにそこにある。そしてそのような空の青さが、その青さのもとに立ち続けている王国の姿とも重なってくる。 しかし、王国は空とは溶け合ったりはしない。「鉄塔」という言葉が感じさせるざらざらした手触りが輪郭となり、空から王国の身を引き離す。引き離された王国はしかし、やはり空と同じ色合いを抱えている。ただそれは、空とは別に立ち、立ち続けている。そのように立ち続けることで、王国は自らの時間を(自らの時間だけを)抱えて、空の透明さと同じような当て所なさの中で(空のそれと触れ合いながら、でも、やはり内には自分の時間だけを抱えて)「錆びていく」。 (余談になるが、ここに見える態度が、私がこの作者を非常に好む理由であるのだ。空と王国との安易な同一化は、ここでは退けられている。空は空としてあり、鉄塔は鉄塔として立っている。ここには、書く者の清潔な倫理めいたものも感じられるのだが、さらにこの区別が、当て所なさを呼び込み、結果としてこの詩の時空間を広げていることにも注目すべきだろう。) これらの部分について、空の透明さとその中に立つ細い鉄塔、という映像が不可欠であることは分かるだろう。しかし、この映像を喚起するのは精密な描写などではなく、言葉の魔術なのだ。上の四行が見せる空の透明さと鉄塔のあてどなさ、さらにはその立ち姿に抱えられている透明な時間などを、一体どのようなカメラで撮ればいいと言うのだろうか。 他の読者諸氏にとってどうであるかは知らないが、私にとって詩は、そのような言葉の魔術とともにある。概念的な詩も好きだが、概念を越えて“考えること”のぐらぐらした宇宙を見せてくれる詩を見てみたいと思うし、直情的な詩も好きだが、情を叫ぶものの腹の底の蠢きまで聞こえてくれる詩を見てみたいと思う。そして、何より、言葉がそのままで映像と音と豊かな手触りとを掴みとってくるような、それらを描写するのではなく立ち上げてしまうような、そのような言葉が好きなのだ。 そして、この詩はそのような言葉の美味しさを十分に味わわせてくれる。けれど、それだけではない。というか、そう言ってしまうとたちまちこの詩の本当のよさを手放してしまうだろう。なぜなら、そこにある美味しさ、そこにある豊かさは、そのまま“削られていくもの”が持つ豊かさであって、それは非常に逆説的にしか存在していないからだ。そしてそれを読む我々も、さもしいもののさもしいという豊かさ、というなんとも解決できないものの中で、感動しつつ削り落とされていく。その働きに大きく寄与しているのが、この詩の音韻上の特徴であることは言うまでもない(以下で、もう少し詳しく述べよう)。 >東の空から鳥たちがやってきて >羽を休める場所を見つけられない >王国は >気づかれずに >そのように この連など、この詩の特徴が一番現れている部分ではないだろうか。具体的なイメージ(「東の空から鳥たちがやってきて/羽を休める」)を出した後で、否定の語法によってそれを宙吊りにしてしまう(「羽を休める場所を見つけられない」)。ここで宙吊りになるのは鳥たちばかりではなく、「羽を休める場所」として一度は言及された場所(後の行で、それが王国だと分かる)でもあるのだ。王国は、言及されながら、しかしない。見えないし、そこで休むこともできない。このようなものを描き出す独特の語法も印象的だが、より際立っているのが、この詩の響きだろう。 >王国は >気づかれずに >そのように 正直、読んでいていらいらする部分である。「そのように」という一行は、実際は特にこれと言って何も言ってない。「気づかれずに」までの部分を発展させず、中空でむしろ色を薄めて消え入りそうにしてしまう。けれど、消えもしないのだ。「そのように」という当て所ない一行は、薄れながら、その言葉の持つ曖昧な透明さの中で残り続ける。実際に音読してみると、ここにある焦らされるような感触、結論もなく、明確な姿もなく、消え入りそうになりながら、けれどどこかで残り続ける言葉の(いわば)灰色の感触、灰色の響きが感じられるのではないだろうか。 言うまでもなく、この灰色の感触(黒のようにくっきりともしてなくて、白のように何もないわけでもなくて、あるんだけれどけれどたしかにそこにあるものとして触れたり取り除いたりもできない、という幽霊のような感触)こそ、この詩の描く「はじめての王国」のあり方とも通じるものであって、この詩は概念としてそれを語る以上に、そして映像によってそれを立ち上げるのと同等に(あるいは、それ以上に)、響きによって、王国を我々の中にそれと気づかぬうちに吹き込んでいくのだ。 (これもまた余談。詩の音声上の工夫とか言うと、韻をきれいに踏むこととか音節数をどうこうすることとか考えられがちだ。つまり、詩で音を工夫するということが、イコール、リズムよく聞こえるようにすること、耳に心地よいようにすること、みたいになっているように感じる。しかし、それはいわば、音が意味の手によって言葉から排除されて没落し、せいぜい感覚的に快楽を呼び起こす程度のものにされた、ということではないだろうか。本来、詩とは意味以上に音を使って、言葉から世界を切り拓くものではなかったか。「うらうらと照れる春日にひばり上がり心かなしも一人し思へば」。例えばこの和歌の中にあるさまざまな音声上の働きは、この詩の描き出す情景に、何よりも喚起力を与えているのではないだろうか) 少し読んでみるとわかるのだが、この詩では第三連を除いて、すべて言い差しの形がとられている。そしてそれが、我々の中にあてどなくも苛立たしいものを広げていく。それこそがたぶん、意味として語られたこと以上にこの詩の伝えたいものであり、というかむしろこの詩であって、我々はこの感触を非難し「読みにくいです」とか「気持ち悪いです」とか批評(?)するのではなく、それと向き合わなければならないのだろう。なぜならば、その気持ち悪さこそが、我々が「はじめての王国」に騙されている(錯覚を与えられ、あるいはゆるされている)のではなく、かといってそれを知った風に批判しているのでもなくて、まさにそれに向かい合っていること、王国を内側から感じていること、王国の中にいる自分を感じていること、さらにいえば詩を通して王国それ自身になっていることの証左であるからだ。 3、はじめての王国 「はじめての王国」とは何か、ということについて、ここでは書こうと思っていた。けれど、そのほとんどについては、これまでの部分で語ってしまった。そもそも、「~とは何か」式の批評と言うのは、実は詩を読むことに関しては(いや、間違いなく小説を読むことに関しても)副次的なものであって、詩も小説も、むしろさっきの2で書いたような言葉の働き(意味も音も含めた、喚起力)とともにしかないものだと思う。「小説は読んでいる行為の中にしかない」(保坂和志『小説の自由』)。ということで、ここでは、簡潔に行きたい。 2でも書いたように、第一連で印象付けられるのは、あてどない透明さの中で切り離されて立ち、立ちながら錆びていく王国のしずかな姿である。それは過去のものであるようだが、未だに現在(「空がまだ青かった頃」における現在)もまだ残っている。残っていると言っても朽ちるだけだが、まさに朽ちることによって、今もなお存在し続ける。 第三連でそれが、気づかれるものでもなく、余所から来たものを休ませることもできないものであることが書かれる。では、王国の住人はどうだろうか。おそらく、王国の住人もそこでは住めないだろう。なぜならば、「王国は狭く」などの行が、あとで見られるからだ。しかし、「気づかれず」などの言葉が示唆するように、それは誰にも気づかれなくてもあるのであり、あるということで(本当にない場合とは違って)確かに影響を与え続けるのだろう。 第三連。「血肉がそぎ落とされた痕」としての「針金」。それを晒している王国は、やはり過去の遺物だろうか。それは我々とは無関係なものにも思われる。しかし、「鈍色の姿は角度によって/折れ曲がっているが/傷は見えない/傷はないように見える」――この部分の存在感は、そのような考えを否定する。決して一様ではなく、つまり、普遍的ではなく、しかしやはり切れ目のない自らの正統性を感じさせる「王国」。とは言え、そこからは血肉が削り落とされ、正当性を感じさせると同時に死に絶えているようにも見えるのだが。 第四連。生い茂る赤、羽虫の群れ。これらは、王国を覆い尽くし消し去るものである一方で、それを隠しつつ守り、王国の骨組みを新たな雑多性の中で再生させるものなのかもしれない。ネットと散乱する多様性の中で生きる我々は、夕暮れの時代に生きているのだろうか。まあ、それはともかく、「王国の/切り取られた視界の未来と過去に/何か見えるような気配がするが/それは錯覚で」という部分は、痛烈であろう。「王国」の視界は切り取られている、ということ。我々が語る「未来と過去」もおそらく、この死に絶えたような王国によって切り取られた視界によるものであって、いまだにそうであって、そこに「何か見えるような気配」を感じているとしても、それ(大文字の歴史? 教養小説的な成長の物語? 進歩と言う近代の言説?)はやはり、王国が及ぼす影響、ひとつの錯覚なのだろう。 第五連。「新月」は、新しい月。月は自ら光を放つことなく、何かの光によって照らされつつ照らすもの。それが一度光を失い、新しく生まれ変わるまでが新月だろう。しかし、王国の狭さはこの新月を逃さない。かと言って、それは新月を閉じ込めるのではなく、持ち前の狭さのなかでゆるすだけなのだ。学校教育において、作文などで「自由に書きなさい」という題目を出すことにより、近代が自らの教化の成功を二重に確認する(つまり、ひとつには「自由にするべきだ」という近代のお題目がうまく浸透していることを確認し、もうひとつには、そこで出てくる“自由な作文”が実は、近代が与えた独房の中にきっちり収まっていることにより、自らのコントロールの有効性を確認する)、という内容がキットラーの論文にあったものだが、この部分は、そんな消極的な(その実、じつに巧妙で狡猾な)支配を感じさせる。 ここまでの部分は、1や2でも書いた王国のあり方とつながってくる部分である。というか、こういう読みを土台にして、私は1や2を書いてきた。しかし、第六連は、むしろ、このような王国に対する同情と言うか、憐れみが溢れている部分である。書き方は残酷であるが、それゆえ余計に、王国を削り倒す「侵食」の暴力性と、それでも生き続ける王国のさもしいあり方(あるしかない状況)が印象づけられる。ということはやはり、この詩の話者は王国の側に立ち、その現在の不能さや生き続けるしかない状況を嘆いているのだろうか、嘆きつつそれを書くことで、何らかの慰めを得ているのだろうか。そのようにも読めるし、そのように読むべきなのかもしれない。私は、間違っていたのだろうか(無論、作者の側のブレや揺らぎとして捉えることも可能なのだけれど)。 ただ、そのような感傷的な態度で王国を扱うことは、さらにいえば感傷的な態度で扱いつつその不能をもきっちりと(残酷に)突き放して書いてしまうことは、かつての王かそれ以上の存在がやる意外にはどうも似つかわしくないような気がする。こう書いている時、私は詩の話者をいとうさん本人に重ね、「はじめての王国」をあれやこれやの詩のサイト(たとえば、私が初めて批評書きとしての仕事を頂いた掲示板も、「千年王国」という名前だった)あるいはネット自体に重ねて見てしまっている(のかもしれない)けれど、そのような下世話なことに足を突っ込むようになったら、詩の読みとしてはもう終わりなのだ。よって、この辺で、終わっておく。この詩を詩として読む自分の読みは、もう、2で書いてしまったのだから。 |
2006年2月2日木曜日
小説 「みどり」 (2)
札幌ターミナル、鉄道病院前、北七条西一丁目、北十条西一丁目、北十五条西一丁目、北十八条西二丁目、北二十一条西二丁目、北二十四条西二丁目、北二十六条西二丁目、運輸支局前、北三十三条西二丁目、 道には雪が積もっていて、どこまでが車道でどこからが歩道かわからない。雪かきされた後でも、アスファルトの地肌が見えるわけではなかった。足を取る白さがただ浅く平らになるだけで、そこを人は歩み、車も走っていく。道は広い。交通量が多く、車道はかすかに渋滞していた。それは何も特別なこともない朝の景色で、たしかに至るところに雪が厚く溜まってはいたけれど、人も車もまったく気にしていないみたいだった。むしろ、その雪が見えてさえいないようだった。バスの前を行くトラックが排気ガスを吐きながら、エンジンの生み出す力で健全に振動している。 街中から郊外へ移るにつれて、窓のむこうに並んでいた店舗は古びた商店に姿を変えていった。その数も目に見えて少なくなってきて、やがて、大きな店(パチンコ屋やスーパーなど)がぽつり、ぽつりと現れては消えるだけになった。店から店までの間は白く、まぶしいすき間が広がっている。それはどうしたって埋められそうにない平らな広がりで、その手前を時々、女子高生やスーツ姿の男性が一人や二人で歩いていく。声は聞こえないけれども、会話したり、笑い合ったりしながら。確かな足取りで。歩いていく。広がりの向こう岸では、数多くの民家が色も形もとりどりの屋根を並べて、雪をかぶってじっと立っていた。 北四十二条東一丁目、下水道科学館前、北営業所、屯田団地橋、北二番橋、さなえ橋、北三番橋、太平九条一丁目、北四番橋、北五番橋、 下水道科学館前で、川が見えた。それ以降、川は左手に見えつづけている。雪景色の中の水は黒く、絶えず底から湧き上がるようにこんこんと流れていた。バスの中には人が少なかった。僕が乗った時には、ドアの所から二列ほど後ろに行った窓際に二十一、二歳くらいの女性がいて、座っていて、格子状に赤の混じる帽子やベージュ色のジャケット、くっきりと明るい茶色のブーツなんかが華やかだった。華やかで、驚いた。僕は結局、彼女から四列も前の席に着いてしまったし、そこからは、二列前に座る僕より少し年上――二十八、九くらい――(たぶん)の男性の地味な後ろ姿や、僕らとは反対側の窓際に座る中年女性の黒く濡れたパーマ頭、雪で赤くなった耳や頬などしか見えなかった。そうやって見えなくなってしまうと、彼女のあの鮮やかさもうろ覚えの感触の中でしか生きることはできなくなるようで、僕はただ、背中一面を霧雨のように刺す緊張(「見られているかもしれない」、という緊張)として、彼女の存在を感じつづけるばかりだった。 北営業所で、長靴を履いたおばあさんが乗り込んできた。おばあさんはドアのすぐ後ろの席に座った。北三番橋で白いフリースを着た太めの男性が乗ってきて、ステップの上で痙攣するように左右を見回した。反復的な動作は二、三秒間つづいて終わり、彼は身体を屈めてそそくさと歩むと、通路を挟んで僕の真横に座った。両手の指をこわばらせ、その指に見入りながら何かをつぶやいている。 「太平九条一丁目」がアナウンスされた所で、母親と男の子とが列んで前へと歩いていった。そして、バスの一番前で手すりを持ちながら、じっと立っている。乗客は皆、ごつくて地味な色をした服を着ていた。バスの中は暗く、外の雪だけが避けようもなく、白い。横一列に並んだ窓から射し込む光に、乗客の沈黙は照らし出されるがままになっている。そこに晒されているごわごわした衣服や表情は、東京から来た僕にはどこか不恰好なものに思われた。けれど、その不恰好さの端々に、そこで生活する人たちの無言の矜持が煌き燃えているような気がして、僕は次第にバスの暗さから目が離せなくなっていた。 篠路五条一丁目、豊明高等養護学校、篠路九条一丁目、茨戸耕北橋、東茨戸一条一丁目、茨戸園、緑苑台入口、石狩翔陽高校、石狩営業所、花川北六条五丁目、花川北六条三丁目、石狩庁舎前、 減速したバスは大きく曲がり、橋を渡って、(枝を張り出した姿のまま九十度近く展開していく街路樹の列、そこにごく当たり前に口を開いていた、これまでは見えなかった)住宅地の中へと道はつづき、僕らは拒みも受け入れもしないその喉の奥へ奥へと、螺旋を描くように入り込んでいく。数人の人が乗った。数人の人が降りた。いくつもの名前が電光掲示板に記されては消え、それを読み上げるテープ録音された声も言葉も、暗いしずけさの中ですぐに見えなくなる。道端で細く佇んでいる、そんな名前のほとんどをバスは一瞬で通り過ぎていく。 石狩庁舎前で、四人くらいが一気に降りた。列んで前に歩いていく人たちの中にあの若い女性がいて、僕は自分の席に着いて以来一回も彼女を見ていなかったことに、今さらのように気がついた。後ろ姿でも彼女は華やかだった。僕は自然と、バスに乗り込んだ時に見た、座っている彼女のきれいなポージングを思い出そうとするけれど、その彼女はいま僕に背を向けて、前に進んでいくのだ。バスが止まった。お金を払った後、晴れやかな表情で降りていく横顔が見えて、そして見えなくなった。 再びバスが走り出した時、僕は自分の身体から力が抜けていることに気づく。それはむしろ、空っぽになったと言ってもいい心境で、開けっ放しになった僕は、――それが僕なのかどうかもわからないけれど、――窓の向こうの白さのようにただ果てもなく広がっていた。 花畔中央、十線、九線、石狩工業団地、七線、六線、五線、四線、 道は真っ直ぐになり、つづいていく。巨大な石狩川(の支流の茨戸川)が右手に見え、川の博物館が建っていて、バスは石狩川放水路の上を渡っていく。十線まで来た時、窓の向こうを見つめていた白いパーカーの男性が前に向き直り、誰に宛てるともなく言葉をつぶやいた。今、このバスの中には、僕と彼しかいないのかもしれない。そう思ったけれど、それでも僕には、彼に語りかける言葉さえ見つけられなかった。道はまっすぐになり、つづいていく。 石狩工業団地あたりから、白っぽくて平べったい工場が目立つようになった。工場の向こうには、緑や茶色の森がこれも平らに広がっていて、翼の骨が逆さまに突き立ったような枝葉の上、雪が見えている。僕は、中島とその妹のことを思い出した。 中島は元気にしているだろうか。彼の手のひらに、また生傷は増えたのだろうか。みどりはいるだろうか。彼らは稼いで、やっぱり生きているのだろうか。あの家は、みどりが、笑って、効き過ぎた暖房、部屋のカーテン、東京駅の夕暮れと振り返った笑顔の悲しそうな、失踪、雪は次第に深く、(言葉が見つからない、)暗い階段を中島と僕が昇っていく、いや、「志美」、自分の足元だけを照らし出す街灯、灰色の水産工場、(言葉が見つからない、)前屈みになってみどりがうれしそうに覗き込んでいる、コンビニの商品棚では牛乳が冷えつづけていた、「働かなければ、生きていけないだろう?」、(言葉が見つからない、)僕は一人きりで雪原をさまよいつづけて、ズボンの裾は薄く凍てついていて、「あ、……起きた?」、(言葉が見つからない、)みどりの身体は思っていたよりもやせていた、雪に埋もれた中学校のグラウンド、(言葉が見つからない、)指先は軽く触れていた、 「お客さん、終点ですよ」 運転手に声をかけられて、僕は目覚めた。石狩。そこが終点だった。バスの中には僕しかいなかった。 雪の中に降り立った僕を残して、バスはゆっくり走り去っていく。来た道を少し先へ行った所で右折して、それからはもう、見えなくなった。僕は辺りを見回した。目の前には、半分以上雪に埋められたゴミステーション。木造家屋の古びた黒い壁が、そのすぐ脇に覗いている。これらの他には、あとはただ、雪があるだけで、これと言って何も見えなかった。 何も見えない以上、そこで立ち止まっていてもどうしようもない。そのことに気づいて、僕はようやく歩き始める。角を曲がると少し遠く、寺院が黒褐色の木々に囲われていた。分厚く積もった雪の下で、軒がゆらりと曲線を描いている。民家は寺院とは反対側、さらに遠いところに居並んでいた。地面は平らだった。雪かきをされた道路の部分は特に平坦に広がっていて、それはちょうど、道が道である自身を越えてどこまでも開けていくようだった。ここから、どこに着くのだろう。僕はいつしか立ち止まっていた。僕はいつしか立ち止まり、家と家との隙間の向こう、地平線が雪に縁取られてかすんでいる辺りをずっと眺めていた。 鈍色につづいていく空の向こうから、海鳴りが聞こえているような気がする。僕は再び歩き出している。海が、見たかった。 |
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