2004年12月20日月曜日

エッセイ 「生と死と詩と小説と」 (終盤)


 僕の詩は簡単な感情移入を拒絶する。ある時期までは、僕だって自由に歌っていたし、実際メモ帳などに残る断片・素材を見ると、恐ろしく感情的なもの、メロディーに満ちたなものもある。けれど、そういう詩をいつからか僕は自分の詩として認めなくなっていた。情感に満ちた詩集『一行目から書き始める、』と、「どうにも入りにくい」とか「抽象的」とか言われる詩集『寄せる波、世界へ、』とを分けるものが、その断絶だ。そして思い出す。この二つの詩集を分けることになったもの、それは桃井望の死(参考URL:http://awono-katei.blogspot.com/2004/11/blog-post.html)であったのだと。その時のノートに書いてある。「死者の言葉で語れ」と。
 それ以降、僕の詩は明らかに異常をきたし始めた。だから僕の詩は、それがいいものであればあるほど、うかつに好きだと言うことができない。自分で書いたものとして愛してはいるのだが、けれど、自分でも好きだと言えない何かがある。

 小詩集『無煙の海』(参考URL:http://awono-katei.blogspot.com/2004/11/blog-post_5791.html)は、死者の側から、無煙ヶ浜まで近づこうとした作品であったと今は思う。書いている当時は、そんなことはあんまり考えていなかったのだが、「遅れる。」に対してワタナベさんから「無機質な死の情景」というコメントをいただいたときに、僕は今僕を書かせているものの恐ろしさを知った。結局それは入院へと僕を誘ったし、「ZONEの「太陽のKiss」へのオマージュ」あたりからやばいことになってきているのには気づいていたので、『無煙の海』はタイトルまで決まっていながら、まとめなかった。
 けれど、「新生」完成後5ヶ月ほど経ってから、不意に何かにせかされるようにして僕はそれをまとめ、ここに発表した。高校時代からの友人の父親が、ちょうどそのころに若くして亡くなったらしいことは、あとで知らされた。どうやら、悪魔祓いは上手くいかなかったようだ。

 けれど、不思議なことだ。僕はまだ、無煙浜に魅せられ続けている。このあいだ小説でそこにたどり着こうとした時は、どうしても先に進めなくなってしまったけれど、また、挑戦するのかもしれない。なぜ? たぶん、そこに去来する死の闇の深さ、そこに現れる生のまぶしさを、見極めてみたいからだろう。死の側から交霊的な詩の作業を通してたどり着いた「無煙の海」へと、僕は今度は生きている側から、水平的なこの足の歩みで以て、すなわち小説で以て、たどり着いてみたいのだ。生み直しながら、生きていくために。生まれ直しながら、生きていくために。今度こそ。また、

   (余談)

 「新生」において書いた「亡くした人さえいなくなるひと夏」という景色を、僕は2004年のZONEの夏ツアーを通して見せていただいた。それには、新メンバーとして加入したTOMOKAさんの破壊的な成長があったことが大きい(むろん、ほかのメンバーもすばらしい成長を見せたし、彼女たちが新メンバーにいい働きを与えたことも、TOMOKAさんの成長に、そしてグループとしてのZONEの成長にも当然寄与したであろう。とにかく、彼女たちは2003年とはまったく違う光を放つ、ものすごいステージを見せてくれた)。
 祖父の死と前後する形で脱退した元リーダー。そして、ZONEに加わり彼女たちが「新生」するための核にもなったTOMOKAさん。この前、ずっと18日だと思っていた祖父の命日が、9月19日だったと知らされて驚いた。それは、TOMOKAさんの誕生日でもあった。