おじぎする (『千と千尋の神隠し』へのオマージュ 5) おじぎする 夜の みずの小道で 十歳のおんなの子が おじぎする むこうから来た 傘のお化けとハチ合わせ 叫ぶ前に 逃げ出す前に 目を合わせ 心をしずめて お互いに 頭を下げる その 一瞬の 対話 お 十歳にして 達人の間合い 顔を上げた時 傘のお化けも 顔を上げた その目はつめたく濡れていた 稲穂がゆれる 田んぼのわきの 夜の みずの小道で 「かなしいの?」 と おんなの子の こえ 「ごめんなさい ごめんなさい」 そう言って駆け出した 傘のお化けは 知っていたのだ 映画の駒(coma) を その中でしか生きえない 失われた 自分たちの こえ を おじぎする おんなの子 正座する おんなの子 お茶を飲む おんなの子 「失礼します」 という おんなの子 映画の中で 想像の稲穂は しずかに頭を垂れていき 無自覚な僕は DVDを一時停止にすると ダイドコロにいって わかしたばかりの お茶をすすった 帰り道 (映画『害虫』へのオマージュ 1) 空の青さは、 白く、かすれ始めていた。 かすかに磁気を帯びた花びらが、 風に乗って、何枚も流れていくせいだ。 川原に舞い降りてくる夕暮れは、 どこか、鉄のにおいがした。 わたしの前髪をゆらして、 なまあたたかい風が、 遠くから、吹きつづけていた。 むこう岸の空で、 鳥が、 手紙のように千切れていく。 白く。 白く、横切っていく。 (「宛テ名ノ、モジガ、 マチガッテイルヨウデス。」) 青空の底のほうに、 屋根の低い家々が見える。 この叢で、 わたしは、十四歳になろうとしていた。 ひとりで鼻歌を歌いながら。 制服のスカートから、 切り傷だらけの二本の足を、さらけ出しながら。 のろしのように、 錆びたドラム缶を叩く音が聞こえる。 沈んでいく夕日に合わせて、 わたしの帰り道が、 キリキリと、その角度を変えていった。 ひかり、いき、時間 ――映画へのオマージュ 2 (映画『害虫』へのオマージュ 2) はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 まっ白な、 垂直の壁が、 いきを、する。 散らばった、 色とりどりのビー玉が、 おとを、たてる そしておとはきえる。 それを聞いている少女は、 動かない。 まなざし。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 止まっている。 止まっているのに、 ふるえている。 少女の肌。 それは、 少女をふちどっていく、ひかり が、 いきを、 しているからだ。 そんな、 時間。 時間。 ぼくらの、/ 少女の、/ そしてことりの、/ ことりの、/ことりの、/ 、/ 。 背後から、 ぼくらを追いこしていく、 ひかりのことり は、 スクリーンの上で、 何万枚のはねへと、 くだけていく。 どこに行くかわからない、 車の中で、 少女は、前方を見据えたまま、 微動だにしない。 その横顔で、 そのまなざしで、 そして、 少女が書いた、 届かない手紙の、文字の上で、 いま、 あざやかに、 ひかりのことりが、 くだけていく。 ふるえているのは、 ふちどっていく、ひかりが、 いきを、 しているからだ。 そして、 耳をすます、 ぼくら。 時間の呼吸に、 くだけていく羽音に、 しんと耳をすまし、 はねになっていく、 ぼくら。 声もなく、 呼びかけているのだ。 打ち寄せていく、 やまない波のように。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 はばたけ、 はばたけ、 ひかりの、 ことり。 『名もないことりが飛んだあとに、 色をつけようと僕は空に手をかざした。』 二〇〇三年三月十一日 月と海 増田考志 |