2004年5月13日木曜日

「詩人やめました」について。


   (自戒も込めて)

 詩人をやめてから、はや三ヶ月以上もたっている。なぜ、「詩人やめました」なんて間抜けな宣言を出したのか。そのことを、今日は少し、語ってみようと思う。

 まず、確認しておきたいこととして、「詩人をやめた」ということは、わたしにとっては詩を書かなくなったということを意味しない、ということがある。実際、「詩人やめました」のあとでもわたしは十日に一作くらいのペースで詩を書いているわけだし、むしろ、そちらの詩の方がこれまでの詩よりも評価が高かったりもする。では、「詩人やめました」とは、一体どのようなことを意味しているのか。そのことについて語るためには、わたしにとって詩が何であったかから始めなければならないだろう。

 わたしにとって、詩は自分の命よりも大事なものだった。それは、わたしの人生などをはるかに凌駕して貴重であり、わたしの生も、魂も、もしそれらが無駄になっても、詩のために役に立てたならそれでいい、と思っていた。むしろ、詩のために役に立つことで、自分の生がその死後も安らげる場所を見つけられるようになる、端的に言って、僕が満足しながら死んでいくことが出来る。そのように考えていたのだ。
 試しに見てみるがいい。ある時期からある時期までのわたしの詩は、自己表現のまったく逆を行こうとしていた。自分の名を詩には決して刻まず、自分のいわゆる「気持ち」などは無視して、ただ言葉が言葉や世界との関係で生じてくる瞬間だけを捉えようとした。「叙情を抹殺する」ことを自らの使命として掲げていた頃もあった。すなわち、個人的な感情ではなく、ただ詩のために、詩のまぶしさを少しでも捕まえてきて発揮するために、わたしは詩を書いていたのである。「叙情を抹殺する」は、個人的な感情に対するそのような拒否反応の、最たるものであった。
 以上のように考えていたわたしにとって、詩人としての自分は、表現するものではありえなかった。それは、詩のための場所であった。詩が去来し、そして計り知れない輝きを残していく。その輝きを、傷として刻み込み、皆に可視化するためのある種の検体として、わたしはあったのだ。
 だから、たとえば時代の病理を言葉にして残そうとする場合は、まず自分が病理に身を開く必要があった。病理を自分の中に招き入れ、自分を一切放棄して病理に身を明け渡す。その、病理に満ちた身体に言葉がやってきて、形を成す時、それが病理をあらわす詩となるのだ。特にわたしは、ボードリヤールあたりが批判する現代の病理を、自ら体現しようとした。生のシミュレーション化だ。そして、我々の存在の映画のような軽さ。
 どうせ、この状態で長く生きてはいけない、と思った。傷の痛みがある。病理に満たされ自らの意志を失った身体がある。たとえ痛みに耐え切れても、まず社会に出ることは不可能だ。それならどうするか。ま、その時は線路に飛び込めばいい、と思っていた。そうすることで、わたしの詩は完結するだろう。わたしの名前はそれきり失われ、わけのわからない作者名がふられた詩だけが残る。そこにあらわされた病理だけ、一つの時代を語る詩の言葉として、詩の栄光として、残っていけばいいのだ。わたしなど、そこにはいらない。
 わたしにとって、詩人とはこのような存在である。社会に適応できなくてつらいから詩を書くのではない。詩を書くために、自分を文字通り殺して詩に身を開くのだ。わたしは、このような形で詩に貢献しようとしていた。多少ヒロイズムのきらいがあったのかもしれない。しかし、詩に対する思いと覚悟の強さは、人一倍のものがあったと思う。

 ところで、わたしは詩人を自ら名乗ることをいとわなかった。詩人と言う存在が、これほど身近にいないご時世だ。自分が詩人を名乗ることで、わたしに身近な人に詩も身近に感じてもらおうと思ったし、わたしが何か、少しでも詩のすばらしさを伝えていける役目を果たせれば、という思いもあった。
 そしてそれは、ある意味で、詩を自分ひとりの背中に背負うことでもあった。少なくとも、わたしの周囲にいる人に対しては、わたしが唯一のナマで触れ合える詩人であって、ナマで触れられる詩の世界の、ほとんど唯一の存在であるのだ。このことの重さを、わたしは十分自覚していたし、その重い使命に答えていこう、という責任感もあった。
 だからわたしは、どこでも詩人を名乗りながら、詩的な考え方を惜しげもなく披露し、しかもそれで必ず成功を導き出してきた。詩人は、教室の隅っこでノートに向かって、根暗に自分の気持ちを吐き出している存在ではない。詩人は詩人としてもっと社会に出て行けるし、そこで独自の居場所を築くことが出来る。そして詩は、人々にとってもっと身近に存在できるし、もっと根本的に生活を豊かにすることもできる。そういうことを伝えたかった。

 しかし、である。これと、先に述べたわたしの詩人としてのあり方とが、絶望的に矛盾するようになって来たのである。つまり、先述のようにして詩を書いているうちは、決定的に社会に出て行くことが出来ないのである。もちろん、わたしがこともあろうに病理を自らの対象にしたことに、問題の一端があった、とも言えよう。しかし、ことはそれだけに留まらなかった。
 まず、詩を第一の目的に据える立場は、生きていく上でのその他のこと、すなわち普通に生きていて手に入るだろうささやかな、しかしそれ自体は大変貴い様々なものに対する自分の目を、曇らせることになる。これは、詩が人々の生活を豊かにする、という考えと見事な矛盾を描き出す。詩をやるために、普通の生活の豊かさを切り捨てなければならないのだったら、そのような詩はむしろ生きることのまぶしさを軽減しているともいえるのだ。そのようなものを、他人に薦められるはずがない。順番が逆なのだ。生きることがまぶしいからこそ、そのまぶしさを表すための詩が必要になる、というのがありうべき本来の形なのだ。
 次に、詩を目的とすることで、詩の中で生きていくことが目的となってしまう、という事態が生じてしまう。詩の世界の中での細かな差異化に自分の価値と居場所を見出し、そこでの関係性の中に閉じこもってしまうことが起こりうる。これでは、社会に出て行くことなど到底不可能だ。もちろん、社会は様々な小社会の寄せ集めで出来ている。そして、小社会は多かれ少なかれ排他性をまとっている。だから、詩人社会がそれとして社会の中に存在することは何もおかしいことではない。しかし、全社会的な生の中に自らの居場所を見つけるのではなく、自らの中での存在様態だけをありうべき生のあり方として限定してしまうような小社会は、少なくとも社会にとっては有用な機能物となることができない。
 あと、これは余談的に付け加えるのだが、自殺は正直周囲の人にとって迷惑であるし、一般的にかっこ悪いとも思われている。詩を知らない周囲の人に詩人および詩の何たるかを示す存在が、自殺しなきゃいけないような生き方をしていていいのか、という疑問も生じてきた。

 結局、極めて大雑把に言って、詩を目的とすることから、生を目的にすることに、わたしの意識が変わってきたのだ。そして、生を豊かにするものとして、詩が果たす役割はとてつもなく大きく、だからわたしは、血まみれになっても甘えることなく詩をつづけていく。そのような順番で考えるようになったのだ。詩を書くやり方を変えるつもりはなかったし、詩に身を開くこと、自分の名を刻まないことは、以前のとおりにしようと思っていた。しかし、詩のために詩を書くのではなく、生きる中で詩が生まれてくる、という風にしようと思ったのだ。「歌いたいときに歌えばいい。」それが、自分の新しいモットーになった。
 そしてこれは、詩をやっている者の中では、「詩人をやめた」ということへとつながっっていった。こう宣言することで、詩人たちの中で詩人として生きるのではなく、世界の中で「よく生きる人」として生きる、ということを、義務として自分に課そうとしたのである。その一方で、わたしは詩人がいないところでは、詩人を相変わらず名乗り続けている。詩人がどれだけ「よく生きる人」でありうるか、詩に関わることでどれだけ生が豊かになるか、それをもっと様々な人に伝えていくためだ。そしてもちろん、詩人を名乗ることで生じる責任に対しては、これまでと同等の、あるいはそれ以上の自覚をもっている。そこに、「詩人をやめた」という甘えは、一切ない。
 今、書いていて思ったのだが、わたしはもしかしたら、結局のところやはり詩を目的にしているのかもしれない。詩に、よく生きるという要素をより多く幅広く持ち込むこと。そして、自らがよく生きることで、一般的な詩人や詩のイメージをよりよいものにしていくこと。これが最終的に詩のために役に立つことだと思っているから、わたしはあえて、詩のために、「詩人やめました」なんて言ったのかもしれない。ああ、変わらないな、と思わず笑ってしまう。まあいい。わたしにとって、愛するとはそういうことだ。既に一生を捧げると言ってしまっている。その思いは、どのような紆余曲折をへようとも、本当に死ぬまで消えることはないのだ。(人生なんて、そんな愛の腐れ縁なのかもしれない。)

 で、まあ、今は何をしているのか、というと、就職活動をしています。普通に。詩人を名乗って、むしろそれを自己アピール(笑)して就職してみせることが、いまの目標です。もし、仕事にありつけなかったら、それは単純に僕の力不足でしょうね。詩をやっていて企業に就職できないはずがない。そして、もし駄目でも、とりあえず自殺はしません。なんとしてでも生き抜いて見せますよ。俺があほなことをやると、詩の名を汚すことになってしまうから。

   (補記)
 もちろん、詩の細かな所を掘り下げることで、生の究極のまぶしさに触れることも可能であるし、排他的な小社会での役割を突き詰めることで、全社会的に影響を持つ仕事を残すことも可能であろう。そして何より、全社会的な生がどうであれ、自分がどこでどう生きるかを選ぶことは個人の自由と責任の問題であるのだし、その人が幸せかどうかは全社会との関わりでのみ決まるものではない。むしろ、個人の幸せは、結局個人の満足によるところが大である。
 だからわたしは、今回のこの文章で、誰かのあり方を批判したい、とは微塵も思っていない。最初にも書いたように、これはあのまぬけな宣言に対する、わたしの個人的な釈明に過ぎないのである。無論、わたしのあり方から、自分と詩との関わり合い方を問い直していただければ、それに越したことはないのであるが。その場合でも、あくまで参考程度に、ひとつのきっかけ程度になれれば、それで本望である。むしろ、全員が俺と同じこと考えてるのは、絶対不健康やと思いますし。面白くない。