2004年5月24日月曜日

(あなたはこの詩を忘れてくれ。)


いつかは部屋を出なければならない。
みかんなんて剥いていても仕方がないぜ。
いつかは部屋を出なければならない。
左前の白い押し入れを蹴破ろうか、「卒」!

ドアを開けても空には窓がある。
壁のない窓だ、むこうで炎が燃えている。
みんなが口々にそう言うのだ。
けれど実際、空に煙を見た者はいない。
ただの一筋も。
ちらりちらりと隠されて、
ピカピカする火の切れ端だけ、
笑いとともに語り継がれていく。

結局、ここも部屋なのだ。
窓のむこうまでまた部屋にして、
僕らは楽しそうにみかんを剥いている。
見もしないテレビがついたままで、
死に損なった弟も存外元気だ。
どこからかDVDを借りてくる。
抱える膝ばかりがあり余るから、
昼のフリマで売りに出されている。

ああ! だから出なければならない。
もっともっと、
いつかは部屋を出なければならない。
銭湯にでも行くみたいにして、
三六〇円と、少しの五円玉だけを持ち、
ごくごく普通に一つの窓から出なければならない。
あるいは、「卒」!
押し入れを蹴破って花を見にいく。
何も目指さず、何も振り返らず、
ただ小銭の音だけが空に響く時、

壁と窓とは崩れ落ちるだろう。
あなたの膝に、刻まれた傷の跡が、
初めての痛みにやさしく満たされるだろう。
その光景をぼんやり夢想しながら、
僕はまた、新しいみかんを剥く。
(あなたはこの詩を忘れてくれ。)
(あなたはこの詩を忘れてくれ。)

首をなくした弟が、
さっきから同じ言葉を呟いている。
「春過ぎて、夏来たるらし……」
「春過ぎて、夏来たるらし……」
もう、寝る時間なのだ。
おやすみ


   (二〇〇四年五月十二、二十二、二十三、二十四日)