2004年10月20日水曜日

詩の邪道その2 実践邪道恋愛詩の巻


 この間実家に帰った時に、高校以前の書き物をクローゼットから引っ張り出して読んだのだが、中学時代に書いたものの中に自分で思っていた以上に詩が多かったことと、それがあまりにも下手くそであったことが印象的だった。当時の僕には好きで好きでたまらない人がいたらしく、といっても今その時の気持ちを思い出すのはなかなか困難になってしまったのだが、とにかくその人に対する「想いをそのまま書きます」なんてわざわざ詩のためだけに買った横書き用原稿用紙の上の余白部分に書いてあったりするわけで、その下に繰り広げられる詩というのがこれがとてもここでは書けないくらいしょうもない代物だった。
 その時のエピソードとして、絶対に詩には書いていたし小説にも何回も登場していたものがある。それは、めずらしく大雪が降った朝、僕が学校にやってくると教室にはその好きな人しかいなかった、というエピソードだ。その時僕は、挨拶を交わしてからすぐ、自分の席に向かってしまった。僕の席は彼女の席のずっと前だった。彼女に背を向けたまま、僕は鞄の中身を机へと移し変えたりノートをパラパラとめくったりしていた。頭はものすごい速さでぐるぐる回るけど、話しかけることが何も出てこない。息苦しいような沈黙の中で。自分が入ってきた教室のドアを見ると金属的に白かった。ドアとは反対側の窓からは、薄くバラ色がかった朝の光が、厚く降り積もった雪に反射して僕の目をやわらかく射つづけている。雪が音を吸収してしまうから、澄み切った窓ガラスが時々軋む音以外、何も聞こえないような朝だった。

 で、だ。それを実際に「あの時の朝の光はばら色で……」とか「雪が音を吸収してしまうから」とか書いたら、それはなかなか詩にしにくい。上のはあくまで小説の書法でかいたもので、こういう細々としたものを詩の中にそっくりそのまま持ち込もうという発想自体が間違っている。いや、ふつうはそれでいいのかもしれないが、詩の邪道としてはもっと邪道な書き方をこっそり教えたのだった。

  雪の朝の教室で二人
  二人だけだった
  小さなあいさつが
  震える

  アルミ製の僕の弁当箱
  その朝空っぽだったから
  楕円形の軽さが机の上で
  ピカピカとまぶしい

  凍てついたはるか北の海で
  氷の下から僕を見つめている
  鰯の群れが白く積もっていた

  弁当箱の傷に気づいた時
  あなたが椅子を引いた
  ただそれだけの 朝

 これは、「詩の邪道 その1」を書いた後大体二時間くらいで書いたものだ。あくまで実例程度のものとして書いたので、自分としては結構納得がいってないところもあるし、いつも僕がこういう風に書いていたと思われては滅茶苦茶遺憾なのだが(大体ふつうは三日くらいかけて書くし。「その時の気持ち」なんて僕はふつう考えないし。実体験に基づくことも滅多にない)、まあ例としては十分だろう。
 見てのとおり、第一連の内容は実体験。で、ここで立ち止まって考えた。ここから「自分の気持ち」をずらずら書いていくことも出来るのだが、それでは大体はつまらなくなってしまう。だからその時の自分の気持ちっていうものをじっと見つめ、それが何であるか耳を澄まし手探りしていると、アルミ製の弁当箱が鰯やらドラえもんやらと一緒に出てきた。
 ここで間違えてほしくないのが、この第二連で行われた作業は、自分の気持ちがこうこうこういうものだったから、それを的確に比喩できるものを探した結果それが弁当箱だった、というものではない。むしろ、自分の気持ちってやつからいっぺん言葉とかシチュエーションとかを奪ってみて、名づけられないそいつをじっと見つめているうちに、出てきたものがアルミ製の弁当箱だったのだ。出てきたというか、見つけたというか、名づけられない気持ちの向こうからこれしかない!という速度でそれは僕の元にやってきた。だから僕はとりあえず採用してみて、それから先を書いていくことにした(ちなみに、この頃僕が使っていた弁当箱は実際はプラスチックだ。そういう所の齟齬なんて邪道詩の上ではどうでもいいことだ)。
 恋している時の気分を感じながら同時にさらにその弁当箱を感じ続けていると、その弁当箱が空っぽであるような気がした。空っぽであるくせにその中で鰯みたいな秋刀魚みたいな魚が泳いでいてその目に見つめられているような気がした。そしてその鰯の向こう側の弁当箱自体に目を向けると、そこにかすかに傷が見えた。
 イメージは大体いくつも同時にやってくる。それらの中からすべてを書くことはできない(いや、うまい人はまさにそれをやるんだが)。だから、ひとつを選んで書いていく。今回はアルミの弁当箱とそれが空っぽという部分を使って書いていった。
 鰯については、透明で弁当箱の中を泳いでいて、とイメージどおりに書いてもよかったのだが、説明的で書いている方もだるいしスケールが小さくなって読んでる方もつまんないだろうと思って、北の海から見つめてくれているようにした。というか、弁当箱の中にいる鰯はどんな感じの鰯だろうな、と考えた時にふと、鰯の透明さが北の海の凍えるような寒さに変わって僕のもとに戻ってきたのだ。これは、その時の窓の外が広大な雪景色であったことにも即している。さらに、第一連で出てきた雪をきちんと活かしたいなと考えたので、鰯と雪を「白く積もっていた」で無理矢理まとめてみた。
 (もちろん、一発できれいにまとめるのは難しい。最初は「鰯の群れが透き通っている」だった所から、「そういえば雪がねえなあ、詩としてのまとまりもねえなあ」と推敲段階で色々試行錯誤しているうちにこの形になった。書いてみたら、本当はこういうことを自分はイメージしていたんじゃないかっていうぐらいにしっくり来たし、詩がそれまでは見せてくれなかった一貫性を初めて明らかにしてくれた。逆に言うと、しっかり感じて出てきたイメージなら、推敲で頑張ればなんとかまとめられるってことだ)。
 鰯のまま突っ走ってもよかったのだが、最後は弁当箱の傷を出してみた。すると、その傷と重なるものとして女の子が椅子を引く音が聞こえた。それだけだった。で、それはその時の沈黙の中での気持ちをうまく現しているな、と思ったので採用してみた。
 
 まあ、あくまで実例として書いたものなので多少不自然ではあるのだが、この詩では恋愛詩が弁当箱を経て北の海の鰯にまでたどり着いているのだ。そしてその鰯がいやにリアルだ。でも、それは単なる奇想ではなく、その時の気持ちや外の雪景色などというものに即した結果でもある。「その時の気持ち」を「そのまま」書くためには、このように「その時の気持ち」から一旦言葉を奪って「気持ち」を「そのまま」から遠ざけることで、より生々しくかつエンターテイメント的に「気持ち」に近づけるのである。