2006年2月12日日曜日

小説 「みどり」 (4)


 まず最初に断っておきたいのですが、私はここでは、私と彼のことについて何一つごまかさずに書くつもりでいます。しかし、私の記憶違いから、結果として正しくないことを書いてしまうことはあるかもしれません。そのことについては、どうかご容赦とご理解を。私としてはできる限り正直に書いていきたいですし、嘘をつくのは嫌ですので、そこの所は変な詮索はせずに、信頼して読んでいただけたら幸いです。
 私が彼と出会ったのは、私が小学校六年生の時でした。当時、私の兄は高校に入学したばかりで、そこでできた友人として、彼を家に連れて来たのです。小六だった私にとって、兄やその同年代の男子は大人びて見え、脂ぎった顔や体つきがどこかおじさん臭くも感じられ、その癖変な所で子どもみたいに大騒ぎしたりもするため、何となく苦手で、正直言って少し軽蔑していた部分もあったのだと思います。しかし、兄について二階に上がってきた彼を見た時は、そんなことは感じませんでした。彼の目には、迷いと言うかためらいと言うか、いや、そんな暗いものではなくて、もっと無色の色合いがあり、それが特に印象的だったのを覚えています。
 「あ、どうも。お邪魔します」
 そう言って、彼は頭を下げました。その仕草も風と言うか、雲みたいでした。そして、彼は兄の部屋に入っていきました。ドアは閉められ、その後部屋でどんなことがあったのか、私は知りません。時々、部活でのことやクラスのことなど、脈絡もない話題を得意げに語る兄の声が聞こえてきました。しかし、彼の言葉はぼそぼそと伝わってくるばかりで、何を言っているのかはわかりませんでしたし、そこに時折混じる彼の笑い声は、それにも増してよくわからない感じでした。
 彼とはその時、もう一度会いました。私が一階のダイニングキッチンで冷蔵庫を開いてみていると、兄と彼とが二階から降りてきたのです。兄の後ろから、彼は「お邪魔しました」と言いました。笑っている彼の顔は、その立ち姿まで含めて影みたいでしたが、その体格が兄よりもずっとしっかりして見えることに、私は初めて気がつきました。兄と彼とはその足で、家を出て行きました。しばらくして、兄だけが家に入って来ました。その日はそれだけで終わりでしたが、それからも何回か、彼が家に来ていたことはあったのだと思います。
 しかし、去年の冬にまた家まで来た時、彼はこれらのことを否定しました。彼によると、兄と彼とは大学に入ってから知り合ったのだそうです。高校生の頃、彼はふるさとである三重県から出ることさえあまりなかったそうで、それが本当だとすると、同じく北海道から出ることがなかった兄とは出会うはずもありません。もちろん、家に来て私と出会うこともなかったのでしょう。
 しかし、それでは、私の記憶はどうなるのでしょうか。私はずっと、彼の話に納得がいきませんでした。今では、私には私の記憶があり、彼には彼の記憶がある、ということで一応気持ちを落ち着けています。それ以上の答えを求めた所で、きっと解決できない問題でしょうし、私には私の今が、彼にも彼の今があるのですから。遠く隔たっていながら、隔たったままで時に重なり合う。私と彼との関係はそのようなものですし、今の私にはむしろ、そんな私たちのあり方の方が大切に思えます。この距離を忘れさえしなければ、日々を懸命に過ごす中で、自然と、答えは見出されていくのでしょう。
 彼が再び――私にとっての再びですが、――石狩の家に来たのは、三年前、兄が地元の工場に就職してから初めての冬のことです。私はその時、大学一回生でした。兄と私とは、私が高校二年生になった辺りから次第に仲が悪くなってきていて、兄がたまに石狩に帰って来ても私は話をするのを避けるようになりました。それは兄の就職によって一層ひどくなり、この日も兄は帰ってくるなり私に文句を言っていました。部屋の入り口で兄は顔を強張らせて突っ立っていて、その肩の向こうに彼が見えたのです。昔と変わらない目の色合いに、私は何か、すごく助けられた気がしました。
 彼とはその時も、もう一度会いました。私がトイレかどこかに行こうと部屋を出ると、ちょうど兄と彼とも部屋を出たところで、短い廊下を挟んで私たちは鉢合わせしました。私が引き返すわけにもいかず立ち止まっていると、兄は「どうしようもないな」という顔をして、初めて、彼を私に紹介してくれたのです。彼の名前、彼が大学時代の友人であること、そして彼が今年、東京の大学に三年次編入して、そこで西洋思想史を勉強している、ということ。自信満々の兄の紹介に、彼はどこか居心地の悪そうな笑みを浮かべて、立っていました。それが終わると私も彼も「よろしく」と言って頭を下げ、「また、来るかもしれません」と彼は後から付け加えました。その「また」という言葉が、漠然としながらも動かしがたい確かさを持っていたのを、私は今でも覚えています。ただ私がそう感じただけかもしれませんが、この予感は漠然としたまま、翌年の冬に現実になりました。
 彼が一人で来た時、兄は留守でした。平日でしたから、当然のことです。最初は気がつきませんでしたが、私はすぐに彼だとわかって、家に招き入れました。どこをどう歩いて来たのか、彼はとても寒そうで、上着の至るところに雪が積もっていました。
 我が家のダイニングキッチンで、彼は私の淹れたコーヒーを美味しそうに飲み干します。私たちはゆっくりとお互いのことを話して、私は彼の専門にしているフランスの科学史家についてほんの少しだけ知りました。次は、私の番でした。兄も母もまだ帰ってきそうになくて、私は彼を部屋に連れて行きました。知らない男を部屋に入れることに、何の抵抗もなかったと言うと嘘になります。しかし彼は、私にとっては昔から知っている人でしたし、何より、話をしていてもどこにも下心を感じなかったので、――というか、自分を善く見せようと言う姿勢さえ彼にはなかったので、――私はただ、自分のことを伝えられるという思いでうきうきしながら、家の階段を上がっていきました。
 私の部屋で、彼は私の好きな音楽をいくつもいくつも聴くことになりました。コメントなどはほとんどなかったのですが、時々ふと真剣になったり、じんわりと上気してきたりする横顔が、彼がどれほど耳を澄ましてくれているか、私に何より感じさせてくれました。彼はまた、私がベッドの脇にいつも置いているギターに興味を持ったようでした。
 「これ、よく弾いてるんですか?」
 彼は訊きましたが、私は笑顔で応えただけで、ギターのことはそこまでにしておきました。まだ、ちゃんとした音を鳴らせる気がしなかったからです。彼といる自分の部屋というのは、それまでに経験したハコの中で一番難しく、大切な空間でした。そこにいる彼や私にかなうような音を鳴らすには、まだ時間と私の手とが熟する必要がある。たぶん、そう感じたのだと思います。
 彼はその後も、冬が来る度に家まで来てくれました。去年も来てくれたことはさっき書きましたし、今年も、来てくれるのでしょう。メールによると、彼は院に行かずに他の学部を見て回った後、今は修士一回生としてアメリカ文学の研究をしているそうです。フランスの科学史家についての研究もつづけていて、いずれその二つが結びつくのではないか、と思っているそうですが、どうなるかは彼にもわかっていない、とのことです。大学を中退してここに入ったことは、彼にも伝えました。と言うか、去年の夏、私が気持ちを固めた時点で既に彼には言ってあります。札幌でのライブのことも、先日電話して知らせておきました。絶対、聴きに来てくれるのだそうです。その時私に、どんな音が鳴らせるか。あのハコにどんな光景が広がるか。今から楽しみです。
 私と彼とのことについては、以上です。一応、実際に起こった順番に沿って書きました。しかし、――もちろん、言わなくてもわかってくれているとは思いますが、――こんな順番とは関係なく、私の目の前に広がっては消えていくいくつもの景色があります。いくつもの彼がいて、いくつもの私がいて、それらは空気みたいに入り混じり合いながら、今の私とともにここに佇んでいます。それを例えば、思い出と言ってしまってもいいのかもしれませんが、私にとっては、それもまた私たちの現在です。この現在を言葉にすることは、私にはできそうにありません。ただ、まだよくわかってもいないこの広がりを、私の全身で鳴らすことができるなら。そう思うばかりです。
 冒頭にも書いたように、私はここでは、私と彼とのことについて何一つごまかさずに書いてきたつもりです。しかし、私の記憶違いはあったかも知れませんし、そのことについては、ご理解とご容赦をいただけると幸いです。
 最後に一つだけ言えることは、私と彼との関係は、決して皆様にご迷惑をかけるようなものではない、ということです。それでは。長くなりましたが、この辺で。失礼いたします。

   美渡里 (中島 みどり)