家が一つの楽器のようだった。すでに夜の暗さへと傾ききった夕空は、一面に透き通り、いつまでも留まっている。その空を埋めることもしないまま、さっきからの粉雪が果てもなく降りつづいていた。家が建っている。それは頑丈そうな造りをした二階建ての一軒家で、近くから見ると(いや、遠くから見ていた時でさえ)、まるで空と雪の中に聳え立つようだった。屋根や窓枠には雪が分厚く積もっていた。窓から漏れる光は黄色がかっていてあたたかだった。その家が震えていた。音楽を内に篭もらせながら共鳴し、家はしずかに震えていた。 「ここ?」 僕が訊くと、中島は質問には答えずに、苦々しい表情を浮かべる。 「またやってるな、あいつ」 雪に降り込められていた引き戸を開けると、その向こうにも引き戸があった。二つの戸の間で、中島と僕は服に積もった雪を払い落とした。空気は冷たくもあたたかくもなく、僕らは無言で、ただ、鳴り響く音楽がさっきよりも少し近くなったようだった。近くなったようだったけれど、それは依然ガラス戸の向こうの出来事で、僕の肌にはまったく触れて来ない。他人の家庭に雪を持って入らないように、僕は肩やら腕やらズボンの裾やらを執拗に手で払いながら、地面に落ちては不規則に散らばる雪の白さを見るともなしに見つめていた。 「あ、……起きた?」 僕の顔を覗きこみながら、みどりが訊く。 「うん」 僕はそう答えるけれど、本当に自分が起きているのかどうか、いまいち自信がない。ベッドの中で僕は仰向けで、起き上がることもできないまま、すぐ近くにあるみどりの顔を見上げていた。顎までするっと落ちていく、すっきりした両頬の線。思いつくとおりに切り散らかしたような、雑草みたいな短い金髪。深みのある光沢をさらに深く沈めているために、どことなく緑色がかって見える黒くて細い眉。目も細く、白目がちだけどどこかやさしくて、笑うとその目がもっと細くなる。 みどりはうれしそうな笑顔になってから、僕の隣に身体を戻した。こんな時みどりの目がその眉と同じように黒く深く見えるのを、僕は今さらのように思い出す。そして何度も思い返している。ベッドの上で。すぐ隣から、みどりが満足げにため息をつくのが聞こえた。僕は寝そべったまま、見えないみどりの方へ手を伸ばそうとした。 音楽とあたたかさは際限のない厚みを持った壁のようだった。それに襲われたのは中島がガラス戸を開けた途端のことで、僕は一瞬、どうしていいかわからず立ち尽くしてしまった。しかし、中島はごく普通にその中に歩み入っていく。そうするより他にどうすることもできなくて、僕も中島の後につづいて入った。玄関には何足かの靴がすでに並べられていた。女物の黒いローヒールが一足だけあり、そのサイズの小ささが僕の目を惹いた。他の靴の中にも同じサイズの物があって、そのことには何歩も行かぬうちにすぐ気づいたけれど、それでもそのローヒールだけ一際小さく見えたのは、ただの色の関係だろうか。 玄関からつづく廊下は暖色の豆電球で照らされていた。靴を脱いであがったフローリングの床は、靴下越しにもどこか冷え冷えとしていて、その上を僕は歩いていった。長くもない廊下の途中で折れて、中島が階段を昇っていく。中島と僕が昇っていく。階段は暗かった。暖房の効き過ぎていた一階よりも、ほんの少しだけ涼しく感じられた、気がする。切れ目なく音楽が大きくなってくる。丸木の手すりが僕らの右手側で伸びていて、各段の縁にはゴム製のすべり止めも付けられていた。 |