2006年1月15日日曜日

小詩集 『鳥、その不在、/三月』


   三月



僕の腕が飛び散った。
裸の僕の腕が飛び散った。
破れた肉の中には中央アジア。
なまめく肩の曲線に、
世界の風と川とが 着地する。

僕の両脚は湾曲している。
血管が脈打ちナイルのようにつづいている。
無数の砂鉄 あるいは軍隊アリ。
身体中の毛穴から這い出して、
僕の皮膚を闊歩してゆく 何ものかがあった。
目の奥が痛い。

なくなった腕の指先のあたりでは、
南アメリカ大陸が蝶のように羽を休めている。
さびしいうみの歌はやむことなく聞こえつづけ、
ひとりの夜は月蝕のように発光する。

裸の僕。

僕のからだ


僕の腕が飛び散った。
裸の僕の腕が飛び散った。
残された片腕を垂れ 湾曲する両脚で立ちながら、
ひとりの夜に 僕はひとつの身体であった。
脳を喰いちぎっていく無数の活字よ あるいは精子たちよ。
NEWSはもう いらないのだ。





   風と骨格



鳥の骨格について考えている。
午後、海のむこうから、
誰かの声が聞こえてくる。

鳥の骨格について考えている。
家を出て、見上げた青空で、
白い雲は流れていかない。
僕は石畳の道を下りていく。

風の午後、誰もいない町からは、
時折、囁き声がもれてくるばかりで、

道沿いの樹々は、人知れず咲いた小さな花を、
音もなく、陽の光の中に散らしている。

海からの風。僕が思い描く青空で、
鳥の骨格は、しずかに翼を広げてゆく。

けれど飛べない。しずかに翼を開いたままで、
吹きつける風を、ただ後ろへとすりぬけさせるだけ。

いのちを守るための、骨だったのだ。
そして空を飛ぶための、骨だったのだ。

鳥の骨格について考えている。
午後、海のむこうから、
誰かの声が聞こえてくる。

鳥の骨格について考えている。
主に、そのかるさについて考えている。
鋭い音を立てて、
青空を戦闘機が通り過ぎていき、

壊された町並みの中、
僕は石畳の道を下りていく。





   夜の子宮

 (AV女優 大空あすかさんに)





 「それが全部表現だと思ってます」



一行の、
沈黙。

夜が孕む、
白い、一本の裂け目のように、
彼女の体内で、
声が、
か細く立っている。

ゆるぎない、
それは誰にも犯すことができない、

一瞬。
または永遠。

二〇〇三年三月二十七日発売、
成人向け雑誌 ビデオボーイの、活字の海で、
渦を巻く淫語の中、
その一行は、
立っている。
沈黙として。
表現する彼女の、
表現されえない、夜の子宮として。
今も、

全国のコンビニに並ぶ、
この雑誌を前に、射精するものよ。
あるいは彼女のビデオを借りてきて、
再生し、巻き戻し、時には一時停止して、
自らの肉棒を、ひとり慰めるものたちよ。僕らは、

僕らの肉棒は、
彼女の子宮口に届くだけの、長さを、
そしてゆたかな孤独を、
その沈黙の中に、
持ちえているか。

ビデオの中で、
大空あすかは今日も性器を挿入され、
絶叫する。

僕らは欲情する。

 「それが全部表現だと思ってます」






   朱鷺



朱鷺がいる。
オレンジの雲が、
棚田の上を流れていく。
アスファルトの街に、
雨が、降っている。

朱鷺がいる。
古代エジプトの小川で、
水中のエサをすくい取っている。
僕のアパートのベランダから、
しずかに、こちらを見つめている。

夕暮れはあかく過ぎてゆく。この世界で、
僕には読めない文字がある。
その形について、
思いめぐらす僕の隣に、
一通のかなしみが、
墜落してくる。
朱鷺は飛び立たない。

僕は、朱鷺の大きさを目測する。けれど、
「これは一羽の鳥である」 と、
つぶやくしかないのだ。結局。
そんな僕の目の前で、
その鳥は、いつまでもつかむことができない。
しずかに、こちらを見つめている。

そして朱鷺がいる、朱鷺がいるのだ!
古代エジプトのベランダに
オレンジの雨が降っている
そんな夕暮れ。

僕は、窓の外に手をのばすということを、
まだ、うまく思い出せずにいる。





   (二〇〇三年三月十八日~四月一日。ただし、
   「風と骨格」の一行目だけ、二〇〇二年十二月二十三日)