前略 鉄腕アトム様。元気ですか僕は元気です。 この間、夜眠れなかったので朝九時まで起き続け、久しぶりにあなたのアニメを見ようとテレビをつけたら、何か別のアニメがやっていました。 思えば、あなたが復活放送されたのは、もう去年の話なのですね。あなたが生まれたと原作漫画で設定されている年だったこともあっての、何十年かぶりの復活でした。あの時僕は思いました。この何十年間か、僕たちにとってあなたは何だったのだろう、と。そして、復活した新しいあなたは、僕たちにとって何になるのだろう、と。『鉄腕アトム』と二重カギ括弧で囲んでみると、あなたがまるでずっとそばにいるけれど実際にはそこにいない大事な人みたいで、それにしても「鉄腕アトム」とは人間らしくない、人間らしくないくせにそこに愛着というか何と言うか、変な安心を感じてしまって、空の彼方でも海の底でもあなたがそこにいることに対する穏やかで埋めようのない違和感を僕は愛していたのでした。 あなたは『ASTRO BOY 鉄腕アトム』としてアニメの中へ復活しました。あなたがまたテレビに入ることを知ったのは、僕の大好きな某女の子バンドの新曲がその主題歌として使われることを知った時でした。あれは、いい歌でしたね。僕はあの歌が本当に大好きで、あの曲を聴いて彼女達のファンクラブに入会することを決めたのでした。ああ、しかしこれも、もう去年のことなのですね。 去年は、どこに行ってもあなたの名前と行き当たりました。花火とか、お菓子とか、あるいは乾電池にまであなたの絵と『ASTRO BOY 鉄腕アトム』というタイトルが書き写されていて、僕はそれらをいちいち買って歩きました。『ASTRO BOY』として鮮やかなテレビの中に復活した、輪郭もきれいで目も透き通っている新しいあなたが、僕にはなぜか少し誇らしく、少しかなしかった。『ASTRO BOY』という言葉はたしかにかっこよかったけど、あなたの姿、あなたの名前を集めれば集めるほど、僕は欲しいはずの何かから遠ざかっていくような気がしたのです。 原作においてあなたは、科学技術の呪われた子として漫画の中へ復活したそうですね。そして、原作の手塚治虫さんは、あなたがアニメになり、国民的な想像上の(「国民的な想像上の」とは、またなんとも不思議な言葉ですが)ヒーローになっていくにつれて、生まれたあなたに対してますます憎悪というか恐怖というか、どこまでも膨れ上がる怪物を見るような思いを募らせていった、といいます。 この間、『ASTRO BOY』の第一回、あなたが復活するシーンを何かのテレビ番組で見ましたが、二〇〇三年のそれは、クリアーでシャープで輝かしい復活でした。あの女の子たちのまぶしく力強い曲が、感動的にあなたを受け入れて、ふたたび目を開くあなたの背中をあたたかく押していました。僕は、なぜだか涙が出そうになったのです。あなたが塗り替えられることが、そこに生じる、影さえも見えないほどの輝きが、僕を懐かしいようなかなしいような、かなしいくせにどこまでも気持ちが安らいでいくような、そんな気分にさせたのでした。 でも、ごめんなさい、鉄腕アトム様。僕はその感動的な第一話を、リアルタイムでは見ていませんでした。あの女の子バンドの名曲があなたの復活を感動的に彩ることも、彼女達のサイトで知っていたというのに、それでも見逃してしまったのです。ついにその復活に触れられないまま、年月ばかりがたちました。今はもう、二〇〇四年の夏休みです。 鉄腕アトム様。僕はあれから二度入院しました。今も入院中で、一日にいくつもの薬を投与してもらっています。ペンタサ、オメプラール、メチコパール、ロキソニン、クラビット、リンデロンA、ミドリンP、ゾビラックス軟膏。あと、アロセナA軟膏も。面白い名前ですよね。ささやかすぎる愛の呪文みたいで、僕はこういうのがけっこう好きだったりします。でも、そこには『鉄腕アトム』のような、懐かしさと安心と違和感とがありません。それが僕を、時々思い出したようにさびしくさせるのです。 今回の入院中、調子のいい時に一度だけ地下の購買に行ってみました。けれど、あなたの関連商品はもう何もありませんでした。地下の購買は、冷たい質感の壁で囲まれていて、病院らしく光まで清潔でした。去年の入院中はあなたのお菓子が並んでいた棚に、今では何の変哲もない青い紙パッケージのクッキーが並んでいます。僕はそれを買おうとして、結局手が伸びずに水だけを買って帰りました。 今日のような暑い日に、八階の病室から空の青さを眺めていると、あなたのことばかりが思い出されてきます。鉄腕アトム様。あなたの復活をテレビでリアルタイムで見なかったからでしょうか。今でも僕は、実はあなたがどこかで、テレビでも漫画でもないどこかでいるような気がするのです。復活もせず、かといって失われることもないままに、空の彼方か海の底かに横たわっているあなたの寝顔が見えるのです。僕はあなたのことを知らないけれど、知らないからこそ触れられるあなたがいるような気がして、いま、この手紙を必死に書いています。 外では戦争がつづいています。元気ですか僕は元気です。 ああ。それにしても、肝心のあなたは不在のままで、僕は何をこんなに書いているのでしょうね。今気づきました。ごめんなさい。もうそろそろ、筆を置くことにします。それでは。暑い日がつづきますが、お身体には十分気をつけて、お元気でお過ごしください。 草々 |