小説はせいぜい「人でなし(人非人)」である。 詩は往々にして「人がなし(無人)」たりうる。 * * * 学校で教えてくれるのは、散文の読み方ばっかりだ。詩であっても、それを散文として読ませる術しか知らない。しかもいっそう問題だと思われるのは、その散文のお勉強にしても、せいぜい日常的な問題を日常的な次元で扱っているレベルの評論、エッセイ、小説あたりしか教えることしか出来ないのである。時代の意識の限界を突破しようとする論文はもちろん、日常の中に生の豊かさを掠め取るエッセイ、そして世界と浮気がちなしかし純粋な愛を重ねていく小説などがあろうと、誰が知ろうか。 知と言葉の快楽は、現時点では誰にも教えられることはない。 * * * 読み書きは、修行だ。「お願いします」といったら最後、殺されても文句は言えない、修行だ。実際は殺し合いなんて想像できないような型稽古の中に、たとえば残心一つおろそかにするとそこで命を落とすことになる、という文字通りの真剣勝負が宿っていることを、想起せよ。 * * * 身体を使うか、言葉を使うか。あらゆる次元において、ここには違いなど存在しない。 * * * 人は人の心が分かるなんて、誰が言った。われわれは多くの場合、自らの感情の触手でもって世界を恣意的に脱複雑化しながら感受する。疑わしい筋は、ゴダールの『映画史』でも読むがよい。小難しいものが好きならば、そして右の考えが導き出しがちな〝他者〟不在の問題に克服の糸口を見つけたいならば、フッサールの『デカルト的省察』やルーマンの『社会システム理論』でもいいだろう。 とにかく、われわれは皮膚に囲まれていて、その向こうに何があるかなんて知ることはできない。これを知った時に、初めて世界の貴さを知ることになるだろう。初めて、〝他者〟に対して倫理的になるだろう。 そして、言うまでもないことだが、文字も皮膚を持つ。 * * * 声は皮膚を超える。それは、見ても触ってもわからない箱の内部の様子が、叩いて音を出してみればわかることからも容易に推測されよう。 このことは、皮膚によって孤立した人間を世界へ接続する、そして〝他者〟との調和を感覚させることによって人を救いもするが、同時にそこには世界に身を晒すことの危険性も潜んでいる。 (話が横道にそれるが、この声の功罪は、ちょうどセックスのそれとも似ているのだ。そしてAVというのは、性器や性の感覚など、隠されているはずの肉体的な側面を極度に、それこそ内臓が一部裏返るみたいにして晒しているにも関わらず、それが何回でも「再生」可能で複製可能な映像として平面化される、という恐ろしいツールである。だから僕は、ビデオの向こうに、解釈不能で全然僕のことなど知らないし僕からも知ることなどできっこない一人の人間を想定しなければ、AVを見ることが出来ない。彼女達の肉体も演技も僕の興奮も超えた、いわば括弧の外側にいて、それら全てを「それが全部表現だと思ってます」と言って手の上で転がしている、かつその重さをも感じている、一人の人間を想定しなければ。) 声は言葉のいわゆる内容と必ずしもそぐわない時がある。そして、内容と声とが合わさって、初めて言葉は言葉として成り立つ。構築的な散文は内容(意味)を中心に認識を構築しながら、最終的に声(ポエジー)の力でもって既存の認識の限界を超える。詩は、声の力を存分に解き放って世界との調和を生じさせるのが目的であるが、その声を制限しあるいは方向付けるために内容を必要とする。特に、書く詩の場合は詩自体に声がないために、内容を以って声を導き出してくることが多い。 とはいえ、もう一度書くが、言葉は内容と声が合わさったもので、この二つを分けてしまうことは出来ない。むしろ、この二つがどちらがどちらという分け方も出来ないように交じり合っているのが、言葉の現状である。 * * * 言葉の形にその掌でふれること。言葉の響きと、それが消えていく空間に耳を澄ますこと。 * * * 自分を死ぬ気で一回突き放さないで、詩や詩の批評なんて書けるわけがあるか。時には、感動それ自体が自分を突き放してくれることがあるにせよ。 * * * 「自分の感情」とは、本当にあるのだろうか。あるのは、せいぜい「自分の事情」だけで、そこから先は誰のものやら分からないような「感情」があるだけではないだろうか。 * * * 小説を書くことは、夜の駐車場の出口、オレンジ色の街灯の下で、すれ違った女性をレイプするようなものだ。気付かれないような速度で、あくまでやさしく、すれ違っていく時のさびしさそのままで、触れていく。かすめ取っていく。そして余計にさびしくなるのだ。なんか、なんかまあ、そんなもんだ。(小説「四日の間」より) * * * 「わたしたちってな、まっさらな身体でまっさらな土地に生まれて、まっすぐに育ってきたんやないような気がするわ」(小説「八月の終わりに」より) * * * どんな目覚めの言葉よりも速く、黙祷を。黙祷を。 * * * (中断) |