丘はなだらかに下りに向かった。左右に広がる雪原を眺めながら、無いかもしれない道を僕は降りていった。下り坂は徐々に急になっていて、大きくカーブを描いていた。カーブの入り口付近まで来た時、僕の左手に壁が剥がれ落ち、窓も割れたままになっている廃屋が見えた。廃屋の横には、タイヤのないバスの残骸が置かれてあった。何のために残っているのかわからない状態で、しかしその錆びも暗い内側も白い雪に穏やかに埋められていた。そこを過ぎると道の右側に、木のような電信柱が並んで立っていた。細い電線は重く垂れ込めた空の下、何本も長く横に走りながら、風に揺らされてびょうびょうとうなり声をあげていた。 カーブを曲がりきると、そこには傾斜の終わりが見えていた。大きな雪道が積もった雪を割って左右に伸びていて、その向こう岸にごたごたした雪が一連なりになって隆起していた。雪の一部が抉られていて、僕の歩いている細道は、どうやらそこへとつづいているようだった。道のゆったりとした上り下りから見て、雪の下にはもう一つ丘があるらしい。その手前、左右に走る大きな道の上には、タイヤの跡がいくつか押し付けられて、残っていた。 足元の雪を大股でまたぎ越して、僕はその車道の上に立った。左を向くと、道はどこまでもまっすぐつづいていて、どこまで伸びているのか、その先は雪にかすんで消えていた。そのさらに向こうに、青紫色にけぶった山脈が遠い幻のように浮かんでいる。山脈よりはずっと手前、しかし僕からは十分離れた道の片側に、黒い壁と黒い屋根をした大きな建物が鎮まっていて、要塞みたいだった。その要塞も、ここから見ると小さく見えた。タイヤの跡の残る大きな道。その片側に、ところどころ土色に汚れた雪の固まりが、むき出しの岩石のように積み上げられている。 僕は途中で立ち止まっていた道を渡りきった。「石狩あそびーち」と書かれた色褪せた看板に雪が積もっていて、白い壁を持つ海の家も寂れるがままになっていた。その右手、雪の壁が崩れて口を開いている所まで来て、僕は足元の雪を大股でまたぎ越し、もう一つの丘へと足を踏み入れていった。そこはたしかに道のはずなのに、踏み出した足がまた、膝下まで雪に沈んでしまう。足を取られながら、重いその足で雪を蹴立てて、僕は歩きつづけた。道は上り坂になっていた。僕の左右には相変わらず雪原のなだらかな起伏と、その中に立つ枯れた植物の一本一本とがあって、広がっていた。 意外にも、この上り坂はすぐに終わった。そこでは少し先の頭上を電線が横切っていて、その向こうに、黒々と海があった。僕は下り坂を無我夢中で降りていった。僕の左側にはまた廃屋が建っていて、その隣で畑が雪を被っていたけれど、それらの景色もすぐに通り過ぎた。雪は浅くなり、そこに黒い砂が混じっていた。両側の雪の壁も低くなってきて、僕の足元とゆるやかにつながっていく。流れ出すように雪と砂とが扇状に広がって、そこが海岸だった。海が、重々しく波打っていた。濁った波が白く崩れ落ちながら、黒く濡らされた砂浜に何回も何回も打ち寄せていた。打ち寄せては引いていくその辺り、真っ白な曲線が幾重にも交わって見えているのは、波が凍ってできたものだろうか。海は暗く、仄かに緑色がかっていて、あるいはどこまでも深い青紫色だった。鉄の色をした空では、粉のように小さな雪が圧倒的な広がりを埋めることもできないまま、風に巻かれてちらちら乱れ舞っていた。僕の身体を風が打ちつけ、吹き抜けていった。その度に、積もった粉雪が僕の足元から、海の方へとささあっと駆け出していく。白い風紋が濡れた砂浜に描かれて、細かい一粒一粒は動きつづけ崩れつづけ、そのうちのいくつもが駆け出したままのスピードで暗い海の中に消えた。海は重々しく波を打つ。また波を打つ。またまた波を打つ。何回でもずっと波打ちつづける。 振り返ると、自分の降りてきたなだらかな丘があり、その頂上付近で、さきほどの廃屋が見えていた。等間隔に並んで立つ電信柱が、あてどなく横へ横へとつづいていく。丘を降りてきた所には、何のためにあるのかわからない、骨組みだけの粗末な観測台が建っていた。無人の観測台からは紐が垂れていて、逆巻く風にあおられて、大きく揺れたり小さく揺れたりを繰り返していた。時々、静止して力なく垂れ下がった。観測台は一つだけではなく、海と平行に点々と建っている。それを追って視線を横に移動させると、電信柱も丘も砂浜も果ててしまった彼方に、凍った山脈が鎮座していた。先ほどと同じように青くかすんでいたけれど、さっきとはまったく違う存在感で、恐ろしいまでに確かで、しずかだった。反対側を向いても、黒く伸びる砂浜の彼方で、山々は海へとせり出しながら鎮まっていた。かすみながら見えている山と、濡らされながら平らにつづく砂浜とが、別々のものに思われた。どれほど歩いても、あの山には辿り着かないだろう。そう、僕は考えた。この砂浜を、舞い散る雪と繰り返す波音の中で、僕は一人でどこまでも歩いていける。ここで死にたい。ここでいつまでも歩きながら、死にたい、死んでいたい。山を遠くに眺めながら、僕は歩き始めていた。砂と雪とが入り混じった海辺には、白々とした流木が、何年も前に焼かれた骨のように転がっていた。その横を通り過ぎて、僕は立ち止まることもなく歩いていった。凍った山脈は近づいてくることもなく、黒い砂浜も暗い海も歩く僕とは無関係に、いつまでもそこで見えつづけていた。 |