2006年5月22日月曜日

報告と告白と次回予告 (2006年5月20日、21日のこと)


 2006年5月20日、21日、私は四回目の北海道を経験しました。
 一回目は、2004年の8月終わり頃。二回目は、2005年1月終わり頃。三回目は、同じく2005年の12月終わり頃。これまで、夏(初秋)、冬、冬と経験してきて、初めて春(初夏)の北海道に降り立ちました。
 北海道に行くこと(往くこと、あるいは還ること)が私の創作に与える影響は、計り知れないものがあります。これまでの三回も、その度ごとに、とても大きなものを得て内地に帰ってきました。今回もそうでした。

 今回の目的でありきっかけでもあった、ZAQ初のワンマンライブ。これが私に大きな力でもって迫ってきたことは、そしてその力を糧にまた私が書いていくことは、語るまでもないでしょう。
 今回のライブでは、ZAQ自身にとってもライブで演奏するのは初めて(か二度目)の曲、「ゆう」も聴くことができましたし、特に大好きと言うわけでもないのに、なぜかこの曲が無性に大切に思える私としても、このことは限りなく幸せなことでした。初めて演奏された新曲群もそれぞれに素敵で、特に「離さないで」は胸の暗く深いところに突き刺さりましたし、今年三月のベッシーホール以来、ZAQ自身二度目となるバンドサウンド(通常のボーカル、アコギ、ピアノに加えて、サポートメンバーとしてドラムとベースが入った形態)で演奏された「淋雨」も圧倒的で、同じくバンドサウンドでの「Box」「Krokos」などのハイスピードナンバーでは、ヘドバンのしすぎで意識が白く焼ききれました。本編最後の「君へ・・・」に打たれ、さらにアンコールの新曲「日曜日」は、もんのすごく楽しかった。

 しかし、私にとって北海道に行くことは、いつだって、このような目的に関したことだけには留まりません。初めて見る(歩く)春(初夏)の北海道の風景、建物、そして人々。それらから得たものは、今回もまた、大きかった。
 それに加えて、今回の滞在で、私はこれまでにないくらいに、話しました。これまでだって、むこうで見つけた同年代の若者や、売店などのおばさん、それに冬の石狩ですれ違った人などと、それなりに話してきたつもりです。でも、今回は、それにも増して、いっぱい話しました。

 まず、今回私は、初めてすすきのの飲み屋に入りました。これは、実は前の旅の時から目標にしていたことでしたが、前回はすっかり忘れていて、無理でした。ですから、旅に出る前から、今回こそはという思いがあったのです(とはいえ、今回もなんだかんだで忘れていて、ようやくその目標を思い出したのは、新千歳空港からバスに乗っている最中のことでしたが)。すすきの中を歩き廻って選びに選んだ末、ようやく決めた店だったにも関わらず、地下に下っていってドアを開けるとお客さんはいなくて、ご主人がカウンターに座って新聞を読んでいました。
 最初はご主人も奥さんも私もぎこちなく、無言の飲食がつづきましたが、お料理のまぎれもなく確かな味わいと、お酒の美味しさにやられて、いつしか私から話しかけていました。最初は店の手作りミックスピザにイカを乗せてくれ、という私のわがままでしたが、そこからいつしか話はふくらんでいき、釣りのこと、音楽のことや芸術のこと、北海道のこと、私のふるさとである東海地方のこと、さらには親と子のことまで、三人で語り明かしました。ご主人もビールを持ってカウンターに座り、笑ったり興奮したり、しんみりしたり、とにかく、いろんなことを話しつづけた。ご主人の奢りでビールをいっぱいサービスしてもらったり、さらには「お酒だけじゃあれだから」と奥さんも一品料理をサービスで付けてくれたり、そんな優しさと和やかさに包まれた、三時間でした。たくさんの味と一緒に、たくさんの言葉を、そしてたくさんの表情と感情と呼吸とを、この身に頂きました。

 私にとって旅行の目的は、ひとつには、風景や建物や人々を見ること(歩くこと、感じること)にあります。そして、もうひとつ、人と話すこと、そこに生きている人の言葉や表情や呼吸をこの身に頂くこと(あるいは盗むこと)。これが、本当に大事だった。ですから、これまでだって、バスに乗っていても人々の仕草や会話に耳を澄ましていたし、店などに行ったら必ず、何でもいいからそこの人と話そうとしてきました。
 その点で、今回の滞在は、この飲み屋での三時間だけで、すでに大きすぎるくらいの成功を収めていたといっても過言ではありません。しかし、私は良くも悪くも愚かな人間です。「これでもう満足だ」と思う自分を振り切って、もうひとつの目標に向かって、私は夜のすすきのをさまよい始めました。
 そうです。夜のすすきのを歩くこと四回目にして、私は初めて、そこの風俗店に足を運んだのです。実際の話、私は風俗店に行ったことは、それまで一回しかありませんでした。それも、京都にいた時分、cさんやIさんと作る予定だった同人誌の第一号の企画に「ピンサロに言った後で鼎談して詩を書こう」というものがあって(当時、私もまだ詩人の一人でした)、その兼ね合いで行ったものです。むろん、それは京都のお店でした。ですから、私にとってはすすきのの風俗店に入るのも初めてなら、自発的にそういうお店に足を運んだのも初めてのことだったのです。
 ぼられたり無駄に終わったりすることのないように、いろいろ歩き廻って探した挙句、私は香港式マッサージのお店に入りました。お店の様子とか、そういうことは書かないことにしておきます。とにかく、私は普通に普通のマッサージを受け始めました。話しかけたのは、私が先だったのか、あの人が先だったのか。とにかく、飲み屋の時のように、いつしかまた、話は広がっていました。拙い日本語に時々中国語も交えつつ、私たちは会話をつづけました。故郷のことや仕事のことなど、話しに来たのか何しに来たのかわからないくらい、二人の話はつながっていき、その途中で、あの人が涙ぐんでいたこともあったのだと思います。
 商売の上のことだったのかどうだったのかわかりませんが、とにかく、帰る時にはいっぱい頭を撫でられて、キスまでしてもらい、この後もつづく仕事のこと(これから外に出てお客さんを呼ぶのだということ)を言ってもらったり、「ホテル帰って寝る」「また仕事頑張る」「彼女ツクル」「あなたはイイ子。おとなしくて、心配」「私はあなたのお母さん」(そこまで年も離れてなかったし、赤ちゃんプレイとかは断じてしてないし、それどころか甘える言葉のひとつもかけなかったのですけど)などいっぱい応援もいただいたりしながら、私は店を出ました。

 その後、言われたとおり、私はホテルに帰って寝ようとしました。しかし、やはり私はイイ子ではなかったようです。良くも悪くも、やはり愚かなのです。私はまた、夜のすすきのに出かけていきました。そして、(私にとって)二軒目の店に入りました。そこでは、最初の間はイメプレと言うか、ロールプレイングというか、とにかく相手もこちらも役に入り込んでしまわなければならなかったのですが、それが終わると、唐突に、相手もこちらも普段着の自分になりました。その人がまた、とてもさっぱりした性格の人で(少なくとも、とてもさっぱりしたリズムで話をしてくれる人だったので)、私は助けられました。かつてここでも書いたように、私は風俗で働いている人などに自分の幻想を重ねるのがとても嫌なのですから。
 何の飾り気もないシャワー室で、あるいは白のタオルケットがかぶせられた平たいベッド(というか、敷布団)の上で、私たちが話したことはとても他愛ないことばかりで、実際、その人にとっても、商売上のありふれたトークがほとんどだったかもしれません。けれど、そのところどころに、なんともいえず大切なものがよぎることがあって、それを見てしまった(見た気がしてしまった)私はもう、そこにあったそれについて、この散文で書くことはできません。私にとってはそれは小説でしか書けず、もっと言えば、それこそが小説であり、詩でした。
 そこでの時間が終わった後、私は冷たいお茶をもらってから、やっぱり最後にキスしてもらい、店を出ました。それからはもう、他の店には行きませんでした。ホテルに帰って、眠りました。

 翌日、私は石狩に行きました。三度目にして、初めての春(初夏)の石狩。そこでのことも、また、ここに書くことはできません。言語を絶するとは、あのようなことを言うのでしょう。何気ない景色の、ものの、風の、空の、そして人の、どうしようもないくらいのまぶしさと尊さ。「ここで死にたい」と、私は思いました。冬に来た時も思ったことでしたが、それと同じことを、それでいてまったく違うことを、私は心の底からもう一度経験したのでした。「ここで死にたい」と思い、そして私は歩き、ただ歩きながら、いつしか泣いてしまっていたのでした。

 私は、今回のことを、また小説にするでしょう。たぶんそれは、「無煙浜まで」「Ishkar」につづく、三回目の挑戦になると思います。いつ書けるのか、果たしてそれが書けるのか、自分でもわかりませんし、もしかしたらそれを完成させる前に、この私が死んでしまうかもしれません。しかし、願うならば、この小説を書いてから、私は死にたい。いや、この小説を「ここで死にたい」と思えるような小説にして、そこからまた、歩いていきたい。
 今日は月曜日なので、二軒目の風俗店で会ったあの人は仕事をしているのでしょう。あの人とまた夜のすすきので会い、他愛のない言葉を交わしたい。今回の言葉を、今回のわたしたちを、あの人(あの人たち)が覚えていてくれるなら、どれだけ幸せなことか。そして、春(初夏)の石狩を、二人で(一人で/パレードみたいに)歩きたい。そんな夢を春のように見晴るかしながら、今はここで、筆を置こうと思います。
 お読みくださった皆さん、ありがとうございました。



   (2006年5月22日 あをの過程 増田考志)