2004年1月4日日曜日

偽書 異本


廊下にまで霊があふれていることを、不思議に思ってはならない。霊たちはいつも立ち止まったままだから、横を通りすぎるわたしたちことを、ずっと見つめつづけている。ちょうどここに降り立つまでのわたしたちの漂泊を、はるか前から、眺めていたように。そしていつのまにか、そばを歩んでいるしずかなまなざし。

わたしたちは、どこかに帰りたいのだろうか。そして、わたしたちの同伴者は。電車の中、単語帳をめくるわたしたちの隣で、吊革を握っている上半身だけの霊。次のホームでは下半身が待っていて、そこで彼らは、ひとつになろうとする。それが繰り返されていく、毎日。そのホームに、わたしたちもまた、毎日降りる。もちろん今日も。

「ただいま」と言いながら誰もいない台所を過ぎ、西の窓を開け放つ、いつもどおり。空の彼方でセイラムの木が、魔女(男女問わず)の死体を鈴なりにして、ゆったりとたわんでいる。その空と雲、そして舞い散る木の葉の清潔さが、今日もわたしを激しく苛立たせる。学校の廊下と、あまりにそっくりで、あふれていた霊のうつろな瞳を思い出す。

いま、ここで、試しに仮定してみよう。何も生まれなかったと。そして、何も死ななかったと。それでももはや、何も変わらないだろう。レンジが回る一分三十秒。それが終わると、仮定は自動的に保存されて目の前から消える。証明も反証もないままに。西の空で、時計を提げたウサギが出入り口を見失う。宙吊りになって動かない、縛り首の木は真っ黒な影になっている。

コンビニのおにぎりだけで、ここまで大きくなってこられた生命の不思議。そして、太柱を塗り固める丹塗りのように、その上に重ねられた度しがたいうそ。ついさっきまで苛立っていたことを真っ白に忘れて、わたしは、わたしたちは、躊躇うことなくまた箸を割る。誰もいない台所で。同伴者は、すでに壁にかけられ、等身大のフィギアで叩かれて、押し花のようになって重ねられている。


参考 『偽書』