千鶴 千鶴 焔が ふるよ 千鶴 千鶴 焔が ふるよ お前の生まれた半島を辿って 帰ってきた 六月が お前の生まれた十一月に こんなにつめたい 焔をふらすよ 眠ったままのお前 梅雨かもしれないね 千鶴 今はもう 梅雨かもしれない 千鶴 千鶴 焔が ふるよ * 雪をかぶる、 何体ものお地蔵さんに、 手を合わせ、 拝む 一瞬。 幼かったわたしの、 止まっていた、足音が、 お寺の門から、 後ろ向きに遠ざかっていく。 わたしの頭上、高い梢からは、 しずく。 またしずく。 ひかり そうしてわたしは目を開き、 初めてあなたを、 見つけたのでした。 遠くから、 雪玉を投げてよこす、 あなた。 笑いながら、 わたしは逃げます。 どこまでも、 あなたに対して背を向けながら。 (痛くない (痛くない そして、 粉のような雪の中、 ころぶ 雪の上に寝そべって 空を見る、 わたしの頬で、 雪のカケラが、 溶けていきます。 白いかすかさから、 しずくの輝きへと。 そうしてわたしは、 笑っていた口を、閉じられないまま、 ときどき森を見遣りつつ、 息をしつづけます。 ここで ひとりで 「見えますか? そこからは、見えますか? わたしの口の中の、 この、何本もの小さな歯が。 そしてそれは、 この雪と同じように、 白く 見えているのでしょうか? あなたから * 千鶴 千鶴 焔が ふるよ お前の着物の 緋い 袖から こんなにさびしい 波 足跡 * ひじ を見せて、 女(少女?)は歩く 緋い着物が、 風に流されている。 冬の海辺。 下駄の歯が、 湿った砂を食む。 白い日が開く水平線 に、 女は背を向けて立ち止まり、 風の中、 孤独な、 海を想う。 広がっていく、 さびしい海の上、 どこまでいっても、 船は見つからない。 誰も待っていない、 そんな海を眺めながら、 彷徨う 女は 砂にくだけていく。 (細いうたごえ 高い青空 の見下ろす、 半島の、冬の海辺で、 女は下駄を脱ぎ捨て、 岩に背をつけて丸くなる。 足袋は汚れ、 着物の裾も汚れ、 しかし女は、 湿った砂を払おうともしない。 ただじっと、目をつぶったまま、 岩に背をつけて丸くなる。 白い日に晒されたまま、 女(少女?) は、 一本一本の、 髪の輝きへと、 一本一本の、 歯のかたさへと、 うすく開いた唇へと、 そして、緋い着物の胸元にのぞく、 まだ幼さの残る、乳房へと、 見つめられていく、 風の中、 ひかりの中で、 (細い足首 (細い指先 (海 湿った砂浜に残る、 女の、緋い足袋ごしの足跡。 ここには冷たい風が吹くから、 打ち寄せる波の、ほんの近くまで、 まだ、雪が とけないままで、残っている。 * 千鶴 千鶴 お前は どこなの? わたしの娘であり わたしの母である人よ 千鶴 今日も空から お前の名前が ふるのです けれど そこにはお前の 手が 見つからない 千鶴 千鶴 お前は どこなの? どこの世界の縁側に お前は腰かけて いるのでしょう いま 千に裂かれていく ひとつの名前 * 犬 二匹。 わたしは縁側に腰かけて、 ふた所からの僕らの視線に、 ちょっと 興味ないみたいにして、 首を傾げてみる。 足を投げ出して。 (宙ぶらりんの足もとを、 風 が吹いていると思う。) くもり空。 さむい空。 (ここからは見えないけれど。) わたしは正座しなおして、 犬の一匹と、 戯れる。 その手からエサをもらおうと、 犬が 縁側の上で立ち上がり、 その様子を、 はるか遠くから見つめている、 もう一匹の、 僕。 (澄んだ黒の瞳。) 紫の着物を着た、 少女 は、 立ち上がり、 流れるように歩き出す。 光の射し込む手水場で、 溜めてある 暗い水を、 柄杓でかきまわす。 ごぽごぽと、 ごぽごぽと、 かきまわす わたし。 (水を掬い上げ、 また流し落とす。 最後の一滴が落ちた瞬間、 少女の顔は、 まるで死んでいるみたいで。 青ざめた光の中、 じっと 柄杓を見つめている。) 手水場から帰ってきた、 あなた は、 僕らに柄杓で水をくれる。 柄杓を下から押し上げてくる、 犬の舌。 零れ落ちた 何滴かのしずくは、 石の地面を、 黒く濡らす。 わたしの差し出した、 白いただむきを、 かみつく。 そして覆いかぶさっていく、 金色のけもの。 少女は笑う。 埋み火を拾い上げる火箸、 それを繰る両腕のように、 笑う。 息 を吹きかけている。 (今は閉められたガラス戸のむこう、 あなたは 死んでいるみたいだ よ。 ガラスに息を吹きかけて、 灰のように 白くして、 文字を書いている。 その指も、 そのまなざしも、 書かれてゆく 文字さえも、 みんなみんな、 幽霊みたいだね わたし。 ねえ……。 そこはどこなの? * 雪のひかり の 窓 に開いて お風呂 オレンジの 火照り 白い浴衣に 淡く 牡丹の 描かれていて それを着たまま 湯舟に沈んでいく あなた つかる あなた 流木のよう 湯の中を漂って あごを乗せる 湯舟の縁(へり) 目をつむる ハミング 文字もなく ゆらめいていく 雪のひかり オレンジの 火照り 露わになる あなたの背中 に 傷はない 水をはじく腿 なだらかな肩 指先 やがて 湯舟のまん中で 丸くなる あなた ひかりと火照りの 間で しばらく そのしばらくの 後 湯舟から出る 火照りのほうへ 開けた胸元の なだらかな肌 忘れえぬ女の 笑み それはまた 忘れられていく 少女のような しかし 白い浴衣は その裾は なお つながっているのだ あたたかな湯と 濡れて よじれて まるで臍の緒のように (二〇〇三年六月二十四日~七月三十日 以降中断) |