2004年9月20日月曜日

( くもりガラス。 ) ほか一篇


   いる兄 いない兄



「YEAH!

 どこまでだって
 生きていってやるぜ

 YEAH!

 そうさ もっと
 もっとうそをつきながら

 YEAH!」



「うなづきながら ほほえむ人々と
 首を横にふりながら ほほえむ人々が
 すれ違う交差点を見ました

 何本も並んだ
 ガラスのビル群がきれいでした」



「すべてが真であることと
 すべてが偽であることとが
 ともに成り立ちうるならば

 それは
 普通のことである

 私の娘は 今日もランドセルを背負って
 小学校への道を
 歩いていって見えなくなった」



「おかあさん
 いるよ

 おかあさん
 ほら

 いるよ」



「肯定しなさい
 いのちを込めて
 肯定しなさい
 鋭い剣を絶つように
 うすものの六月の青空を
 裸足で駆け抜けていくように

 たとえそれが
 悲しい嘘だとしても

 肯定しなさい
 あなたが生きている限り
 肯定しつづけなさい それこそが
 あなたが生きている
 うたごえなのですから

 証 なのですから」



「おかあさん
 いるよ

 おかあさん
 ほら

 いるよ」



「つい先日母から聞いた話だが、わたしには、
生まれてこなかった兄がいるらしいのです。
父母の都合で堕胎させられた兄は、その後、
しばらく母の腰のあたりにしがみついていた
らしいのですが、ちゃんとご供養した後には、
守護霊となって、わたしを守ってくれている
のだそうです。
 だから、今夜も母は仏壇に向かい、今夜も、
わたしは布団で眠りにつくのです。名前も知
らないわたしの兄に、言葉にならない、お礼
を言いながら。」



「おかあさん
 いないよ

 おかあさん
 ほら

 いないよ」



「わたくしたちは
 なんとあえかな鏡のあい間を
 あるいていく
 水面(みなも)であるか

 言葉にはならぬ空無に向けて
 静かなうなづきを返しながら
 わたくしたちは
 あの海へと
 向かう」



「YEAH!

 どこまでだって
 生きていってやるぜ

 YEAH!

 そうさ もっと
 もっとうそをつきながら

 YEAH!」





   ( くもりガラス。 )



うなづいている人の、
横を
過ぎていく。
そんな小雨を、
僕は歩きながら聞いている。
平坦につづく大通り。
やわらかに、
つつまれて


   ……うん、

   ……うん、


あたたかな雨だった。
視界をおおっていく、
春色の水のけぶり。

(こんなにやさしい、
 くもりガラスなんだね。) と、
小さなつぶやきが、
したたっていく。
窓枠はない。
平坦すぎる大通りで、
音もなく回転している、
一年
雨の

そして僕は、
去年の僕に追いついて、
「おはよう」 と、
声をかける
ことはできないから、

まるくつつまれている、
平坦につづく大通りを、
歩いていく。
ただまっすぐに。
視界を遮るくもりガラスのむこう、
彼の背中は、
もう消えたけれど


小雨の中の会話。
どこかで、誰かが、
遠いだれかにうなづいている。




   (二〇〇三年五月、六月)