彼は ガスレンジをときどき きれいにする こびりついたふきこぼれをけずり 濡れた台ふきで 平らに、 ぬぐいとっていく その指のうつくしさを わたしは知っている ときどき、 知っている 彼は 植木鉢にときどき 水をやらない 朝のひかりの中パジャマ姿で立ち ジョーロ片手に 緑の、 まぶしさに目を細めている そのまなざしがないことのうつくしさを わたしは知っていない ときどき、 知っていない 冷えた布団の中からひとり わたしは、 見つめているのだ 台所の彼を ベランダの彼を そして 寝返りをうつ いつだって いや ときどき、 背を向けるわたし まぶたを閉じるわたし 彼のことが見えないわたし に 彼は声なんかかけてはくれない ときどき、 声なんかかけてはくれない わたしの背後から 濡れていくガスレンジの音 あるいは濡れていかない植木鉢の音が聞こえ ゆらめく水面の上で 白い泡になって結ばれていく ときどきのわたし ときどきの彼 ふたりのための小さなプールから うつくしく 流れ落ちていく やがて わたしはまぶたを開け もう一度 寝返りをうつ 振り返ったわたしの前に ときどき、 彼はいる ときどき、 彼はいない (詩集『きみよ きみよ』より) |