2005年11月14日月曜日

入沢康夫「「誕生」へ」のフレーズに基づくRe‐mixed Texts(反復される喪のために)


差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年八月二十八日 二十三時五十七分四十二秒
宛先:    増田考志
件名:    Re:お久しぶりです。

> 栄さん、お久しぶりです。増田考志です。暑い日が続きますが、お元気で
>お過ごしでしょうか。
> 私はいま、人生で初めて、北海道の大地の上にいます。今日の夕方ごろに
>新千歳空港に着き、そこからは空港バスで、ここ、札幌まで来ました。この
>メールは、すすきのの外れにあるインターネット喫茶から打ってます。ホテ
>ルをうろつき出て、人に道を訊き訊きこの店まで歩いてきました。すすきの
>と聞いて、決して変な想像をしないように(爆)。
> 私が北海道に並々ならぬ愛着を持っていることは、栄さんもご存知でしょ
>う。あれほど、ゼミでも発表しましたしね(笑)。けれど、私が初めて北海道
>に来てみて感じたのは、憧れの地に対する感激ではありませんでした。
> かといって、無論、幻滅したわけではありません(笑)。そうではなくて、
>何と言ったらいいのだろう、私は、言葉を失ってしまったのです。ここ北海
>道は、あまりにもすき間が大きすぎるのです。そして、ちょうどそのすき間
>にはまり込んでしまったかのように、というか、そのすき間の中で佇んでい
>る自分にはっと気づいてしまったかのように、言葉が寄りかかる対象を見失

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 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 Mステで初めて見た時はタモリが彼女たちの年齢の小ささに驚いていて、たしか当時は平均年齢十四・五歳だったはずだけどそれは僕が今計算しただけでその時タモリが言っていたかどうかは覚えていないし、どっちにしたって僕はテレビを眺めながら特にその幼さに驚くこともなかった。けれどというか何と言うか僕はそもそも驚くも驚かないもない状態だったわけだが、「それなのにしっかりした歌をうたうんだよねえ」と感心したようにタモリが言った時には「へえ」と少し気持ちがそちらに惹かれて画面を見ていた。それまでテレビを見ていなかったのかと言われると一応見ていたはずだし、見えていた記憶もかすかにあるのだがそれは水の中で写真を見ているように茫洋としていてしかも声も聞こえなくて静止している、あるいはとっても緩慢にゆらゆら動いている。僕の覚えている映像はタモリの言葉とともに唐突に始まっているのだ。テレビの中では、長い椅子に座って彼女たちは他の大人の「アーティスト」たちに囲まれタモリの横でこぢんまりと埋没していた。埋没していたようなんだけれども、それは決して押しつぶされる感じではなくて、四方からの圧力を背負うことで彼女らの内から満ち押し返してくる力が画面の真ん中でじっと腰かけていて、その静かさが逆に怖かった。小さな輪郭と白い肌、意志の強そうな黒い瞳で四人並んでかけていて、一番小さな子の長い髪はまっすぐ下に落ちていた。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 Mステのステージで彼女たちは当時のヒット曲を歌い、僕は切実で澄み切ったその歌声も歌詞を丁寧に胸のうちに置いていってくれるその歌い方も四人それぞれの個性が出ている楽器の演奏も全部それぞれに悪くないと思ったし、それどころかこれはいいとも思ったがそんなことは努めて思わないようにした。いいと自分を納得させられなかったのは楽器の音が小さいとかたしかそんな理由で、僕はたしかに彼女らの楽器の音が小さいことが不満だったのだけど、それは僕自身が必死になって音を小さく聞こうとしていたのかもしれないと今思い出すと思えた。というか、むしろ鳴っていた音がうまく思い出せないくらいだ。何かドでかいガラスを一枚隔てているみたいで、歌っている彼女たちに向けてそのガラスを懸命に押し付けているのはたしかに僕の力だ。当時大好きなバンドが解散したばかりで僕は彼らの代わりに自分の心を引っ張り出してくれる人たちを求めていたし、漫然と音楽番組を眺めては代わりの人たちを探しながらその実在を求めていなかった。

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差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年八月二十九日 四時二十七分九秒
宛先:    増田考志
件名:    Re:お久しぶりです。
 増田くん? お久しぶり。メールありがとう。それから、さっきは変な返信をしてしまってごめんね。
 北海道、いいね。人生初だったんだ? きっと、今頃やっと感激してるんじゃないかな。おいしいものもいっぱい食べてる? また、みやげ話とか聞かせてね。
 そうそう。京都はまだ暑いです。熊本にはまだ帰ってない。学会とかで先生のお手伝いをしたり、色々忙しいからね。それに、院試ももうすぐだから。院試が終わったらまた、帰るよ。
 増田くんは就職先が決まってていいなあ~。じゃあね、また。熊本から帰ってきたら、その時飲みましょう。こちらこそ、久しぶりに喋れるの、楽しみにしています。

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 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 部屋の中は乱雑に散らかっていた。何回も着まわしてきた衣服が、いつ着たかの区別もなく一かたまりに積み上げられ、崩れかかったままで止まっていた。丈の長いカーテンがだらしなく半開きになっている。外は夜だ。摺りガラスの向こう、最近出来たばかりの四角い高層マンションの明かりが、点々と白い。
 部屋の真ん中、そのマンションからも見える位置に敷かれた布団は薄汚れていて、長く湿気を吸ってきたためか、生地も風合いも一切の内実を失ってしまった。布団の横には、空になったカップ麺の容器が一つ置かれてある。僅かにスープが残るその底の窪みへと、二本の割り箸が斜めに差し込まれていた。前触れもなく小さくバランスを崩したその瞬間のまま、発泡スチロール製の縁に身を凭せかけて、じっとしている。おそらく、この二日の間、ずっと。箸の先の方には、スープと二日前の彼の唾液とが、穏やかな染みとなって残っている。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 《……は知っている。その部屋にあるのが何であるか。今、この文字たちを繰り返しながら、……は知っている。その部屋の中にあるのが何であるか。……は振り返らない。振り返らなくても知っているからだ。なぜ? それは「彼」が自ら語ってくれる》

 その部屋は、京都市の中心部を縦断する東大路から、路地を少し西へと入ったところにあった。そこは何年も前から新しい建物が建たず、寂れた店舗の閉店や古くなった住居の取り壊しばかりが行われている地区で、ある日、錆だらけになって放置されていた大きな工場を取り壊して高層マンションが建つまでは、その一帯はまるで、京都の中心部に広がる古い木と土と鉄の墓地だった。
 工場がなくなった。マンションが建った。数日の間、そこには何もなくて白っぽいだけの空き地が広がっていた。かつて工場をゆるやかに見下ろして、いつだったかよく見えない空き地を斜めから覗き込み、今では壁のような高層マンションから威圧的に見下ろされる。彼の住んでいた部屋はちょうどそのような場所にあり、それは五階建ての学生マンションの三階の一室だった。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 あとになってから、彼女たちを見るのはその時が初めてではなかったことがわかるのだが、それはまた別の日の話でこの時のこととは関係ない。とにかく僕は後味の悪い思いをしながら、彼女たちの名前を覚えておいた。それがやがて、彼女たちのことを間違いなく好きになるまでにはいろいろと段階があって、今は引っ越した友達の下宿でCDTVを見ていて新曲で踊っている彼女たちの姿を偶然見かけて、その友人からダンスも踊れるということを聞かされた時は冬だったけど部屋の中はほのかに温かくて《誰の記憶だ》、Mステで初めて見た時は帽子をかぶっていてぱっとしなかった髪の短い子のダンスが挑むような目つきでカッコイイというか怖いくらいででも彼女のやわらかな人柄も一緒に滲み出していたから《誰がそれを見たというのだ》、今はない友人の部屋のカーペットの柄やコンポの鈍い銀の光などと一緒にぼんやり覚えているし《誰が覚えているのだ。誰も覚えてはいない。……は知っている》、次の年の六月にポップジャムでその子が片足をぐっと前に出した姿勢でベースを弾きながら大サビを歌う時、客席の心持ち高くてずっと遠いところを真っ直ぐ見つめながら高音部を眉をしかめて歌ってふとその目のままで笑った、その時のはっとしたような感動も彼女のあたたかくナイーヴでたくましい声もその時の白い衣装ときれいになった顔立ちとともに覚えているのに、それらはもう驚きでもなんでもなくて僕を大きく包むばかりだ《「僕」とはどこにいる。増田考志がこれを打っていた京都の一室も、今は人の手に渡っている。それも「今はない」のだ。そして、彼は三重県の実家にもいない。……は知っている》。

 階段はマンションの外壁に取り付けられている。深夜バイトを終えて帰ってきた彼は、大体決まって、疲れた足取りでそこを昇っていった。三階にたどり着き、依然昇りつづけている階段からのっそりと外れ、濃緑に塗られた廊下を歩いて自分の部屋の前まで行く。鉄製の重い扉を開けるとその度ごとに、湿気に満ちた部屋の空気が彼の頬を親しげに打った。
 その部屋に彼はいない。十数分前まで彼が寝転んでいた布団の上には、今は一つの死体が転がっている。やせた胴体に淡い水色のパジャマを着、顔には半透明のポリエチレン製のビニール袋をかぶっていて、姿勢は真っ直ぐだった。仰向けになって、布団の上に転がっている。そのまま動かない。
 部屋の空気はずっと滞っている。しかし、それは完全に静止しているわけではなかった。よく見てみると、ついさっき生まれたばかりの小さな埃が、つけっぱなしの蛍光灯の光に照らされてかすかに上下している。様々な菌類を含んだ空気もしずかに渦を巻いていて、その渦がたどり着いた先、家具の裏側や流しの下など目に見えない片隅では、今この瞬間にも新たな命が花を開きつつあった。死体は現れて以来ずっと、この止むことのない腐食にさらされつづけている。いずれ、その皮膚や内臓からも花が咲くだろう。
 部屋の外は一面の雨だ。

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

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差出人:   栄安津子
送信日時:  二〇〇四年九月十九日 〇時十五分二十秒
宛先:    増田考志
件名:    
 増田くん、元気? 栄です。私は昨日、熊本から帰ってきました。増田くんも、もう京都に帰ってるよね。よかったら、今度の火曜日、一緒に飲みませんか?
 まさか、まだ北海道にいたりなんかしないよね。この前一度、聞きたいことがあってケータイにメールしたんだけど、返事ももらえなかったし。最近連絡ないし。どうしてるんだろう、と、ちょっと心配しています。
 それから、もしまだ北海道にいるようなら、お土産はチョコがいいなー、なんて思ったり(笑)。いろんな話も聞かせて下さいね。楽しみ。じゃあ、またね。

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 《二〇〇五年二月二十六日、増田考志は死んだ。その部屋には、彼の怠惰な生活を推測させる衣服の山、食べ散らかされたいくつものインスタント食品の容器や箸、読んだのか読んでいないのかさえ定かではない雑多な本、包丁、数枚のCD、鍵のないキーホルダーなどに混じって、一つのPCが発見された。そこには数多くの文書が保管されていた。どうやら彼は、インターネット上に(もちろんハンドルネームを使って)文章を発表していたらしい。事実、PCに保管された文書に記されているハンドルネームで検索をかけると、優に一万を越える記事がヒットする。しかし、彼が一つのハンドルネームで活動していたとも限らないし、彼の全人間像は、どうしたって収集しようのないものなのだ》

 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭だけが見える。)

 いろいろな段階を踏んで僕らが今ここにいるのはたしかなはずなのだし、その到達の喜びみたいなものも当然こうやって物語る時にはあっていいはずなのだけれど、でも正直なところ段階が今ここにいる僕らの背中の方、振り返って目をこらさなければ見えないような辺りを遠巻きに流れていっているだけのような気がして、それはさびしいといえばさびしいのかもしれないけれど、たとえば夜、橋の下の川が立てつづけるせせらぎの音を思うなら、まるで子守唄に包まれながらそれにも気づかずに眠っている子どもみたいで僕はやはりしあわせだ《彼がこう書いた例のバンドは、二〇〇五年の四月に解散した》。

 僕はやはりしあわせだ。

 外は夜だ。摺りガラスの向こう、最近出来たばかりの四角い高層マンションの明かりが、点々と白い《死体はまだ、そこに転がっている。かつて毛であったもの、かつて指であったもの、かつて性器であったもの、かつて唇であったもの、……それら一つ一つから無数の細かい虫が這い出して、かさかさと音を立てて部屋の四方に散らばっていき、壁と床の隙間、天井の角、窓のサッシなどのところに辿り着くと溶け込んでいくように見えなくなった》。
 《……はそのことを覚えていない。覚えているのとは違っている。ずっと前からそんなことがあったし、これからもあるだろうから、これは記憶などではないのだ。あえて言えば、――いや、これについて語る言葉など、あるはずもない。だから……はいつまでも……でありつづけるのであって、時々それが「わたし」や「彼」になる。それだけの物語だ》
 付けっぱなしになっていたPCの上では、暗くなった画面の上、水道管みたいなパイプが三次元的につながり、枝分かれして、広がっては消え、広がっては消えしている。

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差出人:   増田考志
送信日時:  二〇〇五年十一月十三日 二十三時五十七分二十秒
宛先:    栄安津子
件名:    お久しぶりです。
 栄さん、お久しぶりです。増田考志です。ながらくお返事できなくて、すみませんでした。
 私はまだ、北海道にいます。いま、すすきのの外れにあるインターネット喫茶から、このメールを打ってます。帰るのは、まだ先になりそうですが、京都に戻ったら必ず真っ先に連絡して、おいしいチョコを持っていきますから。食べて下さいね。私も楽しみにしています。

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 (まつくらな画面。岩に砕ける波頭さへも見えぬ。)