2004年7月12日月曜日

廃業


六月よ
初めてもらった歌のことを
覚えていますか
あなたのためだけに書かれ
あなたがまだ
たどたどしかった淡水の胸元で
みんなのために生まれた歌へと
羽化
させなければならなかった
あの あなたの双子のことを

それは
降りつづく小雨に濡らされた
黒光りする鉄製の削岩機

それは
やわらかな毛と毛にくるまれて
丸くなって震えている子ウサギの息

それは
緑の髭の生え初めた原野を
穏やかに渡っていく控えめの風

それは
繰り返し違う名前で呼び直され
その度ごとに振り返る夕暮れ

そしてあなたの羽でした
そしてあなたの羽でした

六月よ
今日は曇っていて京都しか見えない
あなたの元を飛び立った双子の
描いた軌跡も
落としていった影も
羽を失ったあなたが歩む
北海道のゆるやかな傾斜も
ここからは
なんとしても見えないから

痛みつづける左半身を連れて
わたしは病室から出て歩き始める
今日は給湯室まで
明日は地下の購買まで
そしていつしかどこかの喫茶店で
あなたにしずかに追いつかんがために
六月よ
わたしの双子よ
あの歌の残響の中で
あなたがひそかにその身を引いたように
わたしもいま
命を捧げた詩の地獄から
手を 離そうと思います

だから六月よ
これは詩ではない
 「自分の足で歩いていきます
これはもはや詩ではない
 「歌いたい時に また歌えばいい
あなたも歩む
詩も歌もない川辺の散歩道の
むこう
廃れていく家の
廃れていく庭園で
いつか金色の芒が
笑顔みたいにほころびますように



   (二〇〇四年七月六、七、九日)