2004年6月21日月曜日

二〇〇一年八月十六日 京大病院にて


エレベーターで団扇を見たり夜八時



点滴の音を囃子にて人の寄る



北病棟しろき頭に浴衣うつくし



病室の灯を消して見む大文字



送り火を送りてもどる廊下かな



二〇〇一年の夏休みは、私にとって大学生として初めての夏休みでした。そのとき私は、持病の潰瘍性大腸炎を悪化させ、京都大学医学部付属病院に入院していました。私の入院していた北病棟には、面会謝絶の部屋があったり、癌患者の方もいたりして、普段はとてもひっそりとしていました。
 しかし、忘れもしない八月十六日だけは、五山の送り火(大文字焼き)のせいで、たくさんの人たちが行き来して大変賑やかでした。もう外に出られないかもしれない、あるいはこの夏休みのうちに死んでしまうかもしれない、そんな不安を抱えた人たちが笑顔をこぼして歩き回り、病棟全体がうきうきしていたようなあの時の雰囲気は、とてもとても印象深いものです。
 しかし、不慣れゆえ、その場で句を作ることはできませんでした。私の記憶が正しければ、四句目の句を、たしか退院後の八月末か九月冒頭に書いたのが最初でした。そして残りの四句ですが、当時のことを思い出しながら今書きました。参考までに。