2003年12月11日木曜日

旅に病んで(十二月十一日版)


   旅に病んで夢は枯野を駆け巡る
      ――松尾芭蕉辞世の句

地つづきに走ってゆく
 「美しい人よ、
  あなたの名前は何ですか。」
地つづきに走ってゆく
 「美しい人よ、
  あなたの名前は、何でしたか。」

両腕で抱えていた
鳴らないはずの 泥炭の石盤を
それでも歌いはじめていた
しずかに 星の満ちる夜

 覚えていないのです。
 あなたが、どんな手をしていたのか。
 覚えていないのです。
 あなたが、どんな靴を履いていたのか。

裏返し 裏返してきたカードは
喉の奥底で
ひとつになっていた
昼も夜もない 白い太陽

島の寒さに枯れていた
細い枝 そのような腕で
朝の崖から
いつしか橋をかけていた

 墓を見ていたのです。
 島を取り囲んでいた、海の底の墓を。
 昼間なのに、海には星が煌いていて、
 見上げた空にも、星がありました。

 二つの星々の中空で、
 爆発してゆく、ひとつの花火があって、
 海の外へと、空の外へと、
 広がってゆく。それが、
 あなたでした。
 あなたでした。

箱から箱へ
軋みながら 身(ミ)を打ちつけながら
四つの車輪は 転がりつづけた
運ばれてゆく
それは夜の車体

四人の歌声の あるいは青空の底で
「僕達(ぼくら)」は 何度でも出会い直し
出会い直し
そして別れた

 「さようなら、美しい人よ。

  夏休みは終わりました。
  夏休みは終わりました。」

もう 目覚めなければならない
ひとつの夢から
熱を帯びた 混沌の眠りから

わたしは家に帰り
正しい言葉を喋るだろう
祭りの砂利道を
いつも並んで歩いていた あの影を
白い制服で
いつしか置き忘れ

 (しかしその先に、
  再び休みがあるのなら。
  あなたの背中に、
  隠れて、夜道がつづくなら。

  僕は思い出すでしょう。
  海に沈んだ、墓標のひとつひとつを。
  雲の形を。そしてあなたの、
  あなたの、真新しい名前を。
  そのひとつひとつを。)

 名前も忘れてしまったのに、
 あなたの足取りは、なお輝いている。


学校からの帰り道
ひとり ふと口ずさみ
すると振り返る
「孤立した島」 ではない
代わり代わりゆくものはすべて貴(とうと)く

再び前を向いた 「僕達」の足は
真っ白な靴を履きながら それでも
地つづきに走ってゆく
 「美しい人よ、
  なつかしくて、真新しくて、

  あなたはやはり美しい。
  あなたの名前を、教えて下さい。
  また、